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緑燐―異彩の炎使い―  作者: 天津麻羅
修羅の国《アスラ》編
3/5

蝕む炎、其の参

蝕む炎、其の参



鮮やかな彩りが膨らんだ。


その時初めて、イブキは本当の意味で自分の炎を目にしたのかもしれない。

初めて緑色が綺麗だと、感じたのかもしれない。


彼は死んでいる筈だった。

このままなら重量級の突進に為す術なく、無様に貫かれ潰されて地面の染みになる末路だった。


それがどうだ、目の前で起きた光景は違う。

それはイブキに対して有利に働いていた。


『フゴッ!ブギギギィ……』


苦しむファグの声。

素早くも力強い魔獣の突進は不自然に狂い、イブキは幸運にもファグの対となった牙の間に身を置いて無事だった。

ファグはカガヒサの魔法で左前脚を負傷していたのだ。

魔獣を怒らせる為とはいえ、大怪我を負わす手抜かりをするほどカガヒサは魔法士として未熟ではないが、現在カガヒサの意図せぬ結果が起きてしまった。


牙は深々とイブキの背後の木に突き刺さりメキメキ音を立てて木は裂けて軋んだ。

そこにイブキが手のひらに纏わせていた炎が、ファグに触れた時。


緑炎は真に性質を顕とした。


ろくに物を燃やせないと笑われた魔法が嘘かのようにファグの全身を覆い炙る。

事実、ファグ身体はどこも焼けた様子がなかったが、両者の間に内面の変化が起きていた。


あれほど生命力に満ちていたファグの巨躯が苦悶の呻きとともに翳り、萎み、カガヒサから今にも死にそうな有様と評されたイブキの弱った肉体へ流れ込むようにその命が漲る。


生命力の強奪(エナジードレイン)

生命ある者へ真価を発揮する力であった。


人は身体が弱まれば精神の力も翳り脆くなる。

だがその逆もある。

彼の魔法はファグから生命の源を強奪し、イブキの枯れた身体へ容赦なく注いだ。


緑炎が燃え上がりイブキの中へ一部が吸い込まれる。青白い肌に赤みが増し細身の体躯こそ変わらぬものの、溢れんばかりの命の奔流によってイブキの精神面は強固に変わりつつあった。


影が一際膨らむ。


「これが、僕の魔法なのか」


徐々に理解しつつある魔法の本質。


この炎は目に見えるものを燃やしていたのではなかった。

そういえば生物に対して使ったことはなかったな、とイブキはこの状況で乾いた笑みを浮かべる。

急激に快癒する身体を自覚することで余裕が生まれていた。


そしてファグの巨体が崩れ落ちる。

傷一つない遺骸には濃密な緑色の死が纏わり着いていた。


イブキは立ち上がり、命を糧に燃え上がる炎へもうひとつの命令を発した。


「燃やせ」


緑炎の勢いが変わる。

ファグの巨躯が虫食いのようになったと思えば――所々が液状化して気泡となり弾けた。

この世のものとは思えない燃焼現象。


薄茶色の結晶が見えたところでイブキは燃やすのを止める。


驚きと、やはりそうだったのかという思いがイブキの中に過ぎる。

初めに試しの儀で藁人形を燃やそうとしていた時、彼は倒れた。

二度目には炎は出たが何も燃やせなかった。しかし今は燃やせた。代償となったのは往来奇跡の対価となる魔力だけでなく、身に宿る生命力そのもの。


真髄に触れた今は理解出来る。

この炎の性質は二つあったのだと。


魔力で発現させた炎は命を奪い蓄積し、集めた生命力を糧とし常軌を逸した燃焼を可能にした二つで一つの魔法能力。


こんなところだろうかとイブキは自分の魔法に検討をつけた。


そして我に返ったイブキが見たのは、辺り一帯に薄く広がる緑の焔。

このまま放置はまずいと考えイブキは意識を集中させる。


長年使用を禁じられていた彼にはこの規模の魔法の行使は初めてだ。

魔法制御の訓練を体感していない身には必死に収まるよう祈るしかない。


荒れ狂う死の奔流を、我が身の元へ。


幸い炎は意識下の統御に従ってイブキの身体へ舞い戻る。

霧散せずに身体へ回帰する現象も普通では無かった。

イブキの知識の外にある常識だが、炎使いでも己の火に焼かれるのは道理である。

彼は燃えなかった、やはり普通の炎では無いということ。


そして、緑炎に呑まれた跡地では。


樹木は色褪せ、背後で監視していたヒノ家の兵士は倒れていた。

無傷だが、植物同様に命の色が消えている。

目は開き切って瞳孔が動かない。

間違いなく彼は死んでいるだろう。


「不味いな……もう帰れない」


イブキの表情が安堵と危機感が綯い交ぜとなり引き攣った。

兵士が生きていればイブキは始末されたかもしれない。殺されなくてよかったという安心と……兵士が死んだ事実をどう対応せざるべきかという今後への憂い。

この手で人を殺したことに対する動揺。


自分の中で屈折した無数の心意が織り交ざり、その隙間から何かが顔を出そうとした瞬間にイブキはその心を雑念と振り切り、正気に戻った。


そもそも帰る必要などあるのかとイブキは自分に言い聞かせる。

あの家に自分の居場所など暗い部屋の隅にしかない。

暗い気持ちを殺して、同時に読み漁った物語のひとつを想起する。

まだ見ぬ国や知られざる秘境への冒険、憧れは常にあった。


横たわる暗い現実と、このまま帰ることにより起きるであろう事への想像。

何よりも夢に過ぎなかったものへ踏み出すチャンスが転がり込んできた。


今なら逃げ出せるのではないか――そう、国外へ。

自分も物語の中で躍動するもの達のように、輝けるのではないかと。


きっかけは既にこの身に宿っていた。

理解した今かつての自分に戻る必要などあるだろうか?

否、無い。


イブキは決意した。


そうだ、今しかない。


豹変した精神面が目まぐるしく思考を回転させる。

外交都市ホンカイが隣国のトロッケンとを繋ぐアスラ国唯一の国交の場であると彼は知っていた。


アスラに居場所は無い。

何としてでも隣国へいく。

手元に路銀はないものの先程斃した巨大種ファグの肉から覗く結晶――魔石が金銭と引き換えに出来ることも、冒険譚から得た知識に存在する。


動きが決まってからの行動は早かった。イブキはファグの身体から魔石だけを取り出すように慎重に燃やした。

異質な燃焼からか綺麗に取り出せず、魔石が若干溶けていたものの手のひら大の塊を手に入れる。


そして。


「燃えろ」


イブキは半身から巻き上がる緑の炎を操り、痕跡を全て消す。


魔石を抜かれたファグ、不自然に変色した木々、最後に息絶えたカガヒサまで。

彼の炎は全て平等に焼き尽くした。既知の理を無視した炎の中で彼らは泡末となって散り、跡には灰すらも残らない。


蒸発した現場をイブキは去る。


目指すは外交都市ホンカイ、その先に座すという大砂漠と遺跡群の国。


黄沙の国トロッケンだ。





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