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緑燐―異彩の炎使い―  作者: 天津麻羅
修羅の国《アスラ》編
1/5

蝕む炎︎、其の壱

アスラ国編はプロローグと思ってください。

蝕む炎、其の壱



――はぁ、はぁっ、はぁ……


荒い青年の吐息が森の中に溶け込む。


苦しげな呼吸を繰り返して彼は木陰に隠れていた。

単純な肉体疲労だけでない、恐怖を由来とする精神的圧力も重なった故の呼吸不全に陥っていた。


それでも……彼の目はある一点を離さず注視し続けている。

否、目線を話すなどできるはずもない。

胸の内にどうしようもない絶望を抱えながら彼は緊張で震える体を小さくした。


(む……無理だ、あんなのどうしようも出来ないッ)


視線の先、拓けた獣道を悠然と歩く生き物――魔獣と呼ばれるソレを目にした彼、ヒノ家のイブキは微かに抱いていた淡い期待さえも粉々になったのだ。



イブキはアスラ国でも四大に数えられる貴族家の直系である。

しかし今は眼前の魔獣をたった一人で、しかも実戦経験を積んでいないイブキへ討伐命令が下っていた。


それも全てコレのせいだ――


虚ろに嘆くイブキの手のひらには炎が揺らめいていた。彼の魔法、だが尋常とは明らかに異なる、毒々しいまでに濃緑の異彩を放つ緑色の炎が。



彼はこれを呪いだと思っていた。



イブキの生まれであるアスラ国は、他国と比べると統治体制が変則的だ、と言われている。


国の象徴、人の身にして神なる聖性を内包する(みかど)を掲げているアスラ国。

だが実の所、国家の運営に携わっているのはその直下にいる四大貴族であり、帝はあくまでも最終決定権を持つにすぎないとされている。


四大貴族は現人神の四肢であり、その意志に沿って国を動かす者達。

民草にとっては滅多に姿を現さない帝に神秘性を抱いてはいても、国家の統治者としての認識は薄い。


そして四大貴族はそれぞれが〝血統魔法〟を代々受け継いでいる。

イブキの場合、彼はヒノ家の血筋に流れる〝炎の血統魔法〟に目覚める筈だった。


しかし結果は悲惨なものだ。


イブキは直系でそれも次男。

傍系に当たる分家の者でもなければ、徹底的に血の選別が行われた直系の人間が血統魔法を使えないということはほぼありえない。


事実彼は齢十の頃に覚霊の陣を乗り越え、炎を操ることが出来た。

周りと比べれば早いうちに素質の片鱗を見せ、若き身には危険の伴う覚醒術式を潜り抜けたのだ。


本来ならば、喜ばしいことだ。


しかしイブキの炎は普通では無かった。


覚醒を遂げ、アスラ国で魔法に目覚めたものが必ず通る道、試しの儀の途中でイブキは血を吐いて倒れたのだ。


医師の見立てでは身体が非常に衰弱しているとの事。精製魔力(マナ)の欠乏ではなくその奥底にある深層生命力(オド)の急激な枯渇により、純粋に肉体が弱まっているという話であった。


だが試しの儀自体が過酷な内容というわけではない。

そもそも儀式としては魔法であれ血統魔法であれ、目覚めた事実を家内に知らしめるためのものであり、目覚めさえすれば魔法を使うだけなのだから、こなすのは幼子でも容易なのだ。

周りには熟達した大人の魔法士が付き、万が一も起こさない、筈だった。


ヒノ家の場合は用意された藁人形を燃やすという非常に単純な内容であった。


だがイブキは藁人形を燃やそうと炎を纏わせた途端に吐血した。

周りにいた魔法士達も原因がわからぬ異常。


そしてその後に再度行われた儀では、藁人形を僅かにも燃やすことが出来なかったのである。


緑色の炎というだけで奇異に見られていたイブキは儀式以降、完全に居ないものとして扱われ始めた。


業火の一族に紛れ込んだ異物。

由緒ある血統を穢す汚泥。

最早血統魔法とは呼べぬ――


貴族は体面を重んじる。

故に直系の次男でありながら奇怪な炎を持ち、しかもろくにモノを燃やせぬイブキはヒノ家の汚点と言っても過言ではない。


国は一枚岩ではなく潜在的な敵は他の三貴族がいる。


帝の元に一連結託の彼らであっても神ならぬ人間。

己の一族を繁栄させる為、より多くの利を得る為、他の派閥が弱みを見せればあっという間に利権を削りに来るだろう。


だから幼子であったイブキはヒノ家の中で秘匿され、元々三人の子が居たヒノ家は、表向き二人の子供という扱いになった。



そこから五年……望めば大抵のものを与えられても炎の扱いは禁じられ、家族すら蔑ろにされ続けたイブキは歪んだ。

望めば与えられる、だが人との関わりは閉ざされ、まるで飼い慣らされた獣のような扱いに心は淀んだ。


父母には会えず、唯一関わる兄弟に至っては、


「何故父上はあのような甘い決断を下したのか、お前など――ねばいいのに」長男だった兄の言葉がイブキの心を抉る。


「気持ち悪い、消えて」とイブキを目にして発せられた嫌悪に満ちた妹の声。


僕が、何をしたと言うんだ――?


自らの血の価値を示せなかった。

歪な魔法を持って生まれた。

つまり、四大貴族の正しさから零れた。

言葉では分かっていても、当時幼かったイブキにこれを呑み込むのは難しい。


寂しい。


しかし温もりを求めれば向けられるのは冷たい悪意と存在を認められない拒絶。

与えられた個室で蹲るイブキがやがて行き着き、ただ一つ縋ったのは本だった。


そこに救いは無かったが逃避の道は無限大であった。


本は面白い。

人と関われないイブキにとって本から得る知識は貴重で、綴られる物語の人物たちは家の者とは違い様々な情動に溢れる。

常識の外にある文化、アスラの海を越えた先にあるまだ見ぬ営みや、遠い国々の大地で広がる話は彼の心を強く揺さぶった。


そして、


――外を見たい。


イブキがそんな想いを抱くようになったのも当然の定めだった。


秘境と異国を巡る冒険に憧れた。

護るべき何かを胸に秘め、怪物と戦う英雄譚に心躍らせた。

己の命を賭けにして魔の巣窟に挑む挑戦者たちの浪漫に心が熱くなった。


しかし現実の自分は暗い部屋の隅で……とても本の中の輝かしい人物たちとは程遠くて。


欲求だけが燻り、その身を炙る。

時は流れる。

結局自分は、憧れを見ることも無くここで終わるのか。


イブキの外の世界へ向ける想いが渦巻く中、突如思わぬ形で叶えられることになる。


五つ上の長男が成人を迎え、正式にヒノ家の跡継ぎとなった翌日。


「グレン様よりイブキ様へ言伝が届いております」


前触れもなくイブキの部屋に訪れた召使いの一人が彼へ告げたのだ。


十年近く関わっていない父からの言葉。イブキは最初、それが誰のことか思い浮かばなかった。

彼の心は物語の中にあり、両親への思いなど霞んでいた。


しかし届けられた言葉は彼の想像を超えていた。


「〝イブキへ、ヒノ家が管理する国境沿いの巣窟(ネスト)から人里近くへ流れ込んだという魔獣の討伐を命ずる。拒絶は許されない。逃亡はヒノ家への謀反となる。魔獣討伐の暁にはイブキを正式にヒノ家の一員として迎える〟」


イブキは手に取っていた本を落とした。


魔獣?討伐?誰が……僕が?


困惑するイブキを他所に見届け人としてやってきた分家の兵士が彼を強引に立ち上がらせ、連れていく。

あっという間に連れ出された。

戦いで磨かれた屈強な兵士に貧弱で実戦経験も無いイブキが抵抗出来るはずもなかった。


粗末な戦装束に着替えされられ、馬車に乗ってトロッケン国との国境沿いに作られた外交都市ホンカイに到着する。

たった二日でだ。魔獣一匹を殺す為にしては用意周到すぎて、だからこそイブキに任せれる意味がわからない。


答えはすぐに分かった。


「貴様が逃げ出せば俺が殺すからな、逃げようと思うんじゃないぞ?」


気だるげな兵士の言葉でイブキは悟った。

魔獣の討伐を目的とした出征ではなく秘密裏にイブキを消すための地獄の門への参道だと。


今頃になって始末される理由をイブキは知らない。

結局抵抗という抵抗も出来ぬままに鋼鉄製の刀剣を持たされ、仮の目的である魔獣のいる森へ足を踏み入れた。


そして物語は冒頭へ戻る――




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