保護者みたいなもん
「レイニアちゃん!いらっしゃい!」
「………………」
「ん?どうしたの?」
もうすぐ50と聞いたけど、本人を目の前にしてもやっぱりとても信じられなかった。
間近でじーっと見てもシミひとつない透き通るような白い肌にきゅっと締まった細い腰。顔も体もたるみなどひとつもない。
前世では30歳くらいまでは生きていた記憶があるけど、当時シミやお腹周りが気になり始めていた。
30歳位で加齢が身に染みていたのに……この若さの秘密は一体なんなんだろう?
「おばはんが50だって知って信じられねぇんだと」
「はぁああ!?キリル!あなた何言ってるの!?まだ50じゃないわよぉ!まだ48歳っ!」
「同じようなもんだろ」
「まだ1年以上先じゃない!あと!おばはんって呼ぶのやめてって言ってるでしょう!?」
「どうでもいいわ」
本当に50手前なんだ!?
美魔女も真っ青の若さだわ。
「もおっ!―――…で、レイニアちゃん。昨日の話、考えてくれた?」
「そのことでレイニアから相談があるんだとよ」
「相談?報酬の金額とか条件とか?」
「いえ。それも大切ではあるんですけど、それ以前の問題で」
「それ以前?なぁに?」
「専属になれるならなりたいとは思うんですけど、私、自分が魔女だって信じられないんです。ずっと普通の薬だと思って作っていたし。魔法薬だなんて初耳なくらいで、師匠からも聞いたことがなくて……だから、先に私の作る薬が本当に魔女の薬なのかを確かめてもらえませんか?雇ってもらってから普通の薬屋でしたってなったら迷惑かけますし居た堪れないんで」
「あぁ、そんなこと。それはもちろん!事前に確認させてもらうから大丈夫よ。それじゃあ早速だけど、作ってもらいたい薬を指定していいかしら?魔法薬だと分かれば、試作分も買い取るから安心して」
「はい。お願いします」
そして、受付のおね…おば……お姉さんから薬の名前を伝えられた。
やっぱりダリアさんから『元気を出したい時用』や『筋肉痛を防ぐ用』と説明されていた薬がそうだった。他には傷薬。
今回は言われなかったけど、痛み止めや解毒薬もギルドで常時販売している薬らしい。
指定された数種類の薬を作ったら、またギルドに持って来て確認してもらう事になった。
私がお姉さんから指示を受けている間、キリルは『あっちにいるから終わったら来て』といわれた。ギルド内にあるカフェのようになっている場所で、昼間からお酒を飲むようだ。
お姉さんからの指示を聞き終えて、キリルのところへ行こうと思うと、キリルの腕には女の人が絡みついていた。
見事な赤髪で、見てる方が寒くなりそうなほど面積の少ない服を着て、その大きな胸を惜しげもなくキリルの腕に押し付けている。
(もしかして、彼女?)
あーなるほど?……そうか。そうなのか。
いつもあのサイズ感を押し付けられていたら私のこのミニサイズの胸には気が付かないかもしれないな。うん。
くそっ。男なんて。男なんて…………!
「そうそう、マルティナが言ってたんだよね。キリルが予定より遅れてるからって『こんな事初めてだわ!』って凄いソワソワしてさ」
「ちょっとティモやめて!でも、寂しかったのはほんとうよ、キリル。今まで何をしていたの?」
「大袈裟だな。任務完了の魔法報は送ってただろ?」
「それは聞いたけど……任務完了後はいつもすぐ帰る人が帰ってこなかったから心配するのは当然でしょう?」
「でもマルティナが心配するのはキリルだけだよね。他の人がなかなか帰還しなくても気付いてもない時さえある」
「そうそう。俺たちが待ち合わせに少しばかり遅れただけでも心配するどころか置いていくじゃないか」
「あら。それは遅れる方が悪いんじゃない」
なんとなく近寄りがたい。
キリルに絡みついている女の人だけじゃなく男の人も同じテーブルを囲んで笑い合っているけど、そこには気安い雰囲気が流れている。そこにあるのは仲間との一体感だろう。
私の知らない空気感。入っていけない世界がそこに広がっている気がした。
それに、あの女の人がキリルの彼女だとしたら、今日もキリルの家に泊まらせてもらう訳にはいかない。
野宿できる場所を探さないといけないけど、ひとりで野宿はしたことがないからできれば避けたい。
(ギルドの端っこにでも泊めてもらえないだろうか)
そんな事を考えていると、キリルと同じテーブルを囲んでいる一人の男の人が私に気付いて微笑みかけてくれた。微笑み返したけど、ぎこちない微笑みになっていなかっただろうか。
この世界ではあまり人と関わってこなかったから気が付かなかったけど、少し人とコミュニケーションを取るのが苦手かも……。相手が複数人になると尻込みしてしまう。
微笑んでくれた男の人の視線で気付いたのか、背を向けていたキリルが振り返る。
「レイニア、終わったか?」
「うん」
「じゃあ帰るか」
「えー!?キリル帰ってしまうの!?まだ全然飲んでないじゃない。どうして?いつも通りご飯も食べてから帰れば良いじゃないの」
「いや、いいや。レイニアの作る飯のが美味いし。じゃあな」
「あっ…」
「おう、またな」
「またねー!」
私に気付くと腕に絡みつく女の人をバリっと剥がしてすぐに来てくれた。
女の人には睨まれたけど、2人の男性は私にも手を振ってくれる。
「いいの?」
「うん。帰るぞ」
ポンと軽く背中を押されて出口へ促された。
あの女の人は彼女ではなかったってことかな。
それなら今夜もキリルの家に泊まらせてもらっても大丈夫かな。
それに、なんだか私の方を選んでくれたようで嬉しくなる。
料理も頑張ろう。
「なによ。あれ……」
「へぇ。酒好きキリルが女の子優先するなんてなぁ」
「ちっちゃくて控えめそうな感じするし庇護欲は湧くね。可愛かったし」
「なによ!ただのお子様じゃない!」
「まぁまぁ………」
「落ち着け、マルティナ」
◇
「薬の材料集めに行きたいんだけど、この辺でヤマタトカゲのいる場所とか爬虫類系魔獣の脱皮した皮が落ちてそうな場所知らない?」
「その程度のやつならここからちょっと行った場所にもいるはずだぞ」
「そうなんだ。近くにありそうで良かった」
「ひとりで採りに行くつもりか?」
「うん。あ、もしかして危険な魔獣が出る?」
「この辺は爬虫類や小動物系の小型しか出ねぇけど。とりあえず初めてだし俺も行く」
「いいの?キリルの仕事は?」
「俺はある程度稼いだら休むスタイル。この前のお嬢様の護衛はなかなか良い額を貰えたし、元々あの仕事が終わったら暫く仕事はしない予定だった。疲れるしな」
今までも材料集めは一人で行っていたから多分大丈夫だけど、キリルの心遣いが嬉しい。
初めての森だと迷う可能性もあるし、森によって生息している生き物が違うから、どんな危険な生物があるか分からない。
正直、キリルが来てくれるならとても心強い。
「休みなのに付き合ってくれるの?ありがとう」
「家で待ってる方が心配だからな」
なんだろう。気持ちは嬉しいんだけど、最近のキリルはちょっと過保護っていうかお父さんみたい。
保護者みたいなもんだって言ってたけど、本当に保護者感覚になっているのではないだろうか。
実年齢は2~3歳くらいしか離れてないのにな。
全然女として意識されてなさそう……