今まで知らなかった
「ここが俺の家。狭いし散らかってるけど入ってくれ」
「お邪魔します」
結局、キリルが何も言わないのをいいことに家までついて来てしまった。
ギルドの裏の方に10分弱歩くと森があった。その森に入って5分位歩くと、ポツンとログハウス風の平家があった。
街中の住宅街の家でなく、ポツンと森で暮らしているのが、なんだかキリルらしい。
中に入ってみると、玄関ドアを開けて直ぐの部屋に大きなソファが置いてあって、奥の方にテーブルと椅子があるからここがリビングダイニングのようだ。
それよりも、中に入って気になったのは散らかり具合。服や本、なんだかよく分からないものまで、本当に散らかっていた。
「………」
「こんなに散らかしてたか?散らかしてたか―――…片付けるからちょっと待ってろ」
「私も片付け手伝うよ」
「すまん」
散乱している物はどこに片付けたらいいのか分からないから、私はとりあえずキッチンの掃除をした。
ダイニングの奥にキッチンがあって、お風呂など水回りもその奥にあるようだった。
(おぅふ…カビが凄い………… )
使ったまま放置してある皿や鍋を一心不乱にガシガシ洗っては拭いて、空っぽになっていた食器棚や戸棚も拭いて埃を取った後、きれいに洗った物からどんどん仕舞っていく。
シンクまで磨いてから振り返ると、部屋はまだ半分も片付いていなかった。
片付け下手か。
「お?キッチンもう終わったのか?早いな」
決して早くない。それ程大きくもないのにキッチンの片付けと掃除に1時間は費やしたし。
その後、2人でダイニングとリビング部分を片付けてから食事をした。
キリルの家は森の中にあるので、私がお風呂やトイレの掃除をしてる間にキリルが食材を採って来てくれたのだ。
後は、キリルの家にあった小麦粉を使ってすいとん入り野菜スープような料理を作った。
「はい、どうぞ」
「お、いただきます。―――美味い!やっぱりレイニアの飯は美味いな」
ここ数日は街道を来たので食事は食堂や酒場だった。
私が料理するのも数日ぶり。
美味い美味いと食べてくれるのを嬉しく思いながら見ていると、キリルがふと真面目な顔になる。
「なぁ。聞きたい事ないか?俺で分かる事なら答えるぞ」
「聞きたい事?」
今更だけど、キリルの家に滞在させてもらって良いのかって確認した方が良いのだろうか。
食べたら帰れとは言われないとは思うけど。
確認せぬままぬるっといさせてもらえないかな。
それに、ほんと今更だけど、家族とか、奥さんとかいないんだろうか。
散らかり具合を見ればひとりで暮らしているんだろうとは思うけど、年齢的に家庭を持っていても不思議ではないし。
家族がいなくても恋人がいたら家に泊めてもらう訳にはいかないだろう。後々トラブルになったら困る。
(やっぱり恋人の有無とか確認した方が、)
「ギルドの事とか、魔女の事とか。自分が魔女だってことも気付いてなかったんだろ?」
そっちの聞きたい事か!
見当違いな事を口走らなくて良かった。
危ない。
「うん。普通の薬屋だと思ってた。というか今も信じられないんだよね」
「魔女と普通の薬屋の違いは、扱う材料が違うから材料ですぐ分かる。薬草や木の根とか植物だけで薬を作るのが普通の薬屋、植物以外の材料も使うなら魔女。で、魔女の作る薬は魔法薬と言われてる。効果も全然違うから値段も高いが。―――レイニアの作る薬はどうだ?」
「……薬草以外も使うけど」
「じゃあ魔女だな」
「でも!風邪薬とか胃腸薬とか、後はせいぜい傷薬とか痛み止めとか、そんな普通の薬ばかりだよ?私が作る薬なんて。それに、使う材料が違うからって何で魔法薬ってよばれてるんだろうって。私は魔力なんてないのに、魔法薬って魔法とか魔力とか何か関係あるんじゃないの?」
「よく知らないけど確かに魔力は関係あるな……でも、―――」
話の途中でキリルにじっと見られた。
顔を見ているというより、ぼんやり全体を見られている感じ。
「レイニアは魔力なくはないぞ」
「え?」
「微量だけど、魔力あるぞ」
「ええ!?私って魔力あるの!??」
「あぁ。とはいえ魔法が使える程じゃないから自分でも気付かなかったのかもな。でも、魔力があるからレイニアの師匠はレイニアを弟子にしたんじゃないのか?そのよくある薬ってのには薬草以外の材料は使わないのか?」
「魔力あるんだ私……―――殆どは薬草が主な材料だよ。その、薬草以外も使うけど、どの薬も」
「じゃあ魔女じゃねぇか!それは正真正銘の魔法薬だ!」
そんなこと言われても、魔女の定義を今まで知らなかった。
魔法も使えないのに急に魔女って言われても、どうしたらいいのか分からない。今キリルに教えてもらうまで自分の中に魔力を持ってることも知らなかった。
ダリアさんは何にも言ってくれなかったし。何で、何も言ってくれなかったんだろう……
それに、普通の薬だと思って作ってた薬が魔法薬だと言われても簡単には受け止められない。
加えて思い出した前世の知識で魔女という響きから私が連想するのはあまり良いイメージではないのが引っかかる。
あの国民的というか世界的にも有名な女の子と黒猫が出てくるアニメみたいな可愛らしい魔女もいるけど、私のイメージは「イヒヒ」って笑って毒作ってそうな圧倒的に悪役の方だ。
私が不服そうな顔をしていたのか、キリルが片眉をあげた。
「なんだよ。何がそんなに嫌なんだ?」
「魔女ってなんか意地悪そうだし怖そう」
「は?」
「魔女って怖そうなイメージない?毒作ったり、大釜で怪しい薬煮込んでいたり、悪い魔法かけたり」
「そうか?」
実際に毒の作り方も知ってはいるけど。
それは薬屋として解毒薬を作るためであって、毒物を商品として作ることはない。
それにダリアさんと一緒に住んでいた村で私達のことを怖がる人も多かった。
ダリアさんがあまり村人と関わろうとしなくて一定距離を保っていたせいかもしれないけど。
15年住んでても、子供の頃から私相手でもフレンドリーさは皆無だった。薬を買いに来る常連さんでさえ一定距離を保っていた。
そういうものなのかと思っていたけど、それはダリアさんが普通の薬屋ではなかったからだったのだと今更分かった。
「魔法を使う奴に必要な魔法薬を作る薬師を分かりやすいから魔女って呼んでるだけだろ。俺は値段は高いけどよく効く薬屋って程度にしか思っていないぞ。俺ら魔導士やギルドの奴らには魔女の魔法薬ってのは必需品のありがたい存在だし」
「そうなの?」
「魔女の作る薬は魔導士や冒険ギルドの奴らには必需品と言っても良いからな」
「そうなんだ……」
そんな役に立ちそうな薬あったかな?
でも、もしもキリルの役に立つならギルド専属になりたい。開業するよりも安全らしいし、専属になればきっと開業資金が抑えられそうだし。
「どんな薬が役に立つの?私、そんな薬作った記憶ないんだけど……」
「よく使うのはポーション。魔力回復や体力回復の。あとは、筋力強化や体力強化なんかを使ってるやつは多いんじゃないか。ギルドに登録しているやつはお守り的に一つは必ず持ってると思う。任務に出る時は持って行くぞ」
「キリルも持って行くの?」
「いつもじゃないけどな」
…………うーん。
あ、もしかして栄養ドリンクのことかな。ダリアさんは元気を出したい時用の薬って言ってた気がするけど。後は、筋肉痛に効く薬がもしかしてそれなんだろうか。
でも、魔導士と会ったのも初めてなくらいだし、そういう使い方をして正しく効果があるのかさえも分からない。
そういえば、ギルドの受付で記入した紙に当然のように魔力の有無と魔力量の欄があった。もしかして国が違えば魔導士って結構いるのだろうか。
「で、どうするんだ?ギルドで専属になるのか?おばはんはギルドマスターの嫁さんだから、希望すれば本当に専属として雇ってくれると思うぞ」
「ん?おばはんって誰のこと?―――…まさかあのお姉さんのこと言ってる?」
「お姉さんって。まあ、確かに若く見えるけどな。あのおばはんはもうすぐ50だぞ」
「えぇ!!?」
あのピンクの髪が可愛いお姉さんが50歳!?
是非とも美容法や秘訣を教えて欲しい。
「で?どうするんだ?」
「あ、えっと。私の作る薬が魔女の薬なんだったら、ギルド専属で雇ってもらえるとありがたいと思ってる。普通の薬だったら、とりあえずギルドに登録して働こうかな。薬屋の開業資金も必要だしね」
「了解」