髭を剃らないと決めた
幼い頃は父親が誰なのか聞いても母親は一切答えなかった。
子供がどうしてうちには父親が居ないのかと不思議に思うのも無理はないだろ。だから何度も聞いたが、母親は絶対に何も言わねぇの。恨んでたのかもな、アイツを。
ある日、村に偉そうなやつらが来て、母親と話しているのを聞いてしまったんだ。その時に国の王太子が自分の父親だと知った。
子供ながらにすごい人が自分の父親なんだと誇らしい気持ちになったな……あの時は。だけど、周りの噂話で王太子ってのは最悪な奴だとすぐに分かった。
誇らしい気持ちになった分、失望も大きかった。
偉そうな奴は頻繁に来るのに、父親は一度も会いに来なかったし、いつしかその偉そうな奴も来なくなった事で、父親として愛があるわけではないということも気付くしな。
子供にはそれで充分だった。子供ながらに父親の愛情を求めてなかった訳ではないけど、会ったこともない会いにも来ない評判の悪い父親なんて嫌いだと思ってたよ。
俺は王族の血をひいてることで他人より体に秘めた魔力が多いのか、次第に自分では制御できなくなっていった。
母親としてはずっと手元に置いておきたかったみたいだけど、小さな村で魔力のコントロールを教えられる人もいなかった。
それでも運が良かったのは、1番近くの街に行った時に師匠に出会ったことだ。
手っ取り早いと思って、その街のギルドへ魔導士の師匠を探すために行ったのに、ギルドに辿り着く前に自分の中の魔力で体調を崩した。母親もどうしたら良いのかわからずにオロオロしてて。
『ぼうず、どうした!?あぁ?こりゃあ魔力コントロールができてねぇな!?誰も教えてくれる人がいないのか?』
気さくな気の良いオヤジだったよ。
大きな手でフラフラするぐらいガシガシ頭を撫でられて。俺はただでさえふらふらで足元おぼつかないのによ。
『なら俺とくるか?弟子なんて取ったことはねぇけどよ。今のままだといつか周りを巻き込むぞ、お前。旅しながら俺が教えてやるよ』
そう言いながらまだガシガシ撫でまわされていたら、不思議と少し楽になって来て『これで少しは楽になったか?』って。それで俺は偶然知り合いになったおっさんの弟子になる事にした。
その時、俺はまだ10歳にも満たなかったから師匠は俺の事を自分の息子のように接してくれて、魔法のことだけじゃなく生きていく上で必要なあらゆる事を教えてくれた。
俺も実の父親のように慕っていたし、父親に求める愛情を師匠に求めていたところもあったと思う。
実際俺は師匠の事を「親父」と呼んでいたし、師匠も俺の事を「息子」って言ってくれることもあった。髪の色が俺と同じで黒かったから本当の親子と間違えられることもよくあったな。
最初は2年くらい旅をした。いろんな国に行って、金が尽きそうになったらその土地のギルドで金を稼いでまた旅をして。
Aランク以上だと協会からランクの認定を受けているから、自分の所属ギルド以外でもそのランクの仕事をさせてもらえて、一回やればまあまあ稼げるんだ。だからそんな生活でも困ることがなかった。
『おい、キリル!一度国に戻るぞ。そろそろお前が立派に成長してるところをお袋さんに見てもらわねぇとな!たまには帰ってやらねぇと俺は人攫いって言われたかねぇからな』
自国へ帰ってきた実感の無いまま、その街のギルドに寄った時、そこが師匠の地元だと知った。そこがアブドゥヴァ国の王都だとも知らない程俺はまだ子供だった。
師匠はあの国のSSランクの魔導士だったんだ。
だから、所属ギルドへ戻れば王族からの依頼も来る。
『今回の任務はちぃとばかし危険だからお前は連れて行けねぇわ。俺が戻って来るまでキリルはお袋さんに会いに行け。色々魔法を使えるようになったところを見せてしっかり親孝行してこいよ』
言われた通りに久しぶりに実家に帰ったら、俺の姿を見て立派になったって母親は泣いて喜んでくれたよ。今思えばまだ11歳かそこらで、立派になったっていうには子供だったのにな。
俺たちが国に戻った時にはあいつが王になっていた。
任務帰りに迎えに来てくれた師匠に付いて城まで行った時、偶然王と会った。会ったっつうか、偶然見ただけだけど。
会った瞬間に、こいつが俺の父親なんだという事は分かった。俺とアイツは色合いが似ていたから。
それは向こうも同じだったみたいだ。王子として城にとどまるように言われたけど拒否した。そんな気はさらさらないし。
師匠の任務がひとつ終わった後、またすぐに旅に出た。
でも王族から呼び出されて結局戻る事になったんだ。
ちょうど旅先と王都の中間に村があったから、師匠と村に寄ったら地獄のようになってた。
キルブラッドウォーターという現象は知っていた。師匠と旅をしていた時に人が住まない山奥で起こったって噂を聞いたことがあったから。
だから、師匠が村で『キルブラッドウォーターがなんだってこんなところで…』と言ったのを聞いた時には戦慄した。
人里には現れないはずなのにどうしてなんだって。
母親も昔の知り合いも皆亡くなってしまった。何も手を施すこともできず、見ているしかいなかった。
あの時、例え薬が手に入ったとしても、俺たちが村に着いた時点で症状的にもう手遅れの段階だったと思う。すでに血を吐いてたから。
それでも、あの時薬があればと思わずにはいられないけどな……
―――唯一の救いは死に目に会えたことと師匠が色々と助けてくれて、すぐに母親や村人を弔うことができた事くらいか。
その後、王族からの呼び出しに応じて王都に向かった。
アイツは俺が師匠の弟子になっている事を知って、師匠に無理な依頼を何度も出した。何の意味もない、ただ俺を師匠から引き離すために。
今思えば無理矢理師匠から俺を引き離すこともできたはずなのに、子供だった俺は師匠から離されたら死んでやる的な事を言ってたし、唯一の息子だから手荒な事ができなかったのかもな。
その時には俺も王族からの任務に同行する事も増えてた。
あの日、他の魔導士とパーティーを組むように言われて、その魔導士が任務中にヘマをした。師匠はそいつを庇って死んだよ。
俺から見てもありえないミスだと思ったら、あの王の息がかかった魔導士で、ミスはわざとだったと知った。
当時は俺が師匠と行く事を選んだから師匠が殺されたと思ったけど、まだ子供と言ってもいい歳の俺から頼れる大人をなくす為だったんだな…―――
俺が師事しなければ師匠は死なずに済んだ。俺の事を欲しがっているあいつに殺された。俺は誰か大切な人を作るのは許されないのかも知れない。
悲しみと罪悪感でぐちゃぐちゃな気持ちで行き場をなくしたのに、帰る場所ももう無い。
帰る場所も頼る人も無くなった俺は師匠と出会った頃のように旅をする事にした。アイツにだけは絶対に頼らないと誓って。
子供でも師匠から生きる術を叩き込まれていたから何も困らなかったけど、旅を始めた時はギルドに行くたびにEランクの仕事しかさせてもらえなくて、不思議で。
師匠はどこへ行っても高ランクの任務をこなしてたから、最初は俺が子供だからだと思ってた。だけど誰かが教えてくれたんだ。Aランク以上はギルド協会が定めた試験を受けるからAランク以上になれば高ランクの仕事をどこででもできるって。
その時にいたギルドに少し留まって昇格試験を受けた。Aランクの実力はもうあったし、もちろん一発合格だ。
ただ、まだ14〜15歳では他所のギルドに行ってもなかなか割りのいい仕事はさせてもらえないし、Aランクだと言っても舐められた。
すげぇ悔しくて、俺の口が悪いのは周りに舐められないためにどんどん口が悪くなっていったのがもう癖になったからだ。これでも少しはマシになったと思うぞ。師匠も口が悪かったから、その影響もあるかもな。
後は、髭が生え始めてからは髭を生やすことで幼く見えないように工夫もした。まぁその頃には体もデカくなり始めてて舐められる事はなくなったけどな。
そして、いくつかの国やギルドを点々として、一旦腰を落ち着けるかと思ったのがメイリスだった。ここは環境も良いし、ギルドメンバーは良い奴が多いし、森にポツンと空き家があったのも良かった。
―――俺が任務の前に髭を剃って、無事に終わるまで髭を剃らないのは師匠の影響なんだ。
師匠もいつもそうしていたのに、あの日は任務の都合で任務完了前なのに髭を剃らないといけなくて……そうしたら死んでしまった。
だから、俺は任務完了まで何があっても髭を剃らないと決めた。




