髭を剃って
メイリスの街へ帰ってきて1週間経った。
すっかり平穏を取り戻したように見える。アブドゥヴァ国がどうなるかについてはまだ何も決まっていないみたいだけど。
キリルとはまだちゃんと話せていない。
あの城の中で知った色々な事について。
触れて良いのか分からないまま。
薬作りの忙しさを理由にして、なんとなく触れずに来てしまっている。
キリルからは何も言われていない。
何も言わないということは話したくないって事なんだよね、きっと。
私も、あの王が『死の血』と言っていたキルブラッドウォーターを人工的に発生させるものを作ったのがダリアさんだったと知ってショックだった。
『あの様に危険なものを人工的に作り出す時には薬や解毒薬を一緒に作るのが定石ですからね』
ティングの王都で起こった時に、第3王子に言われてから薄々はもしかしてって思っていた。でも、そうだと思いたくなかった。疑いたくなかった。
薄々気付いていても事実を突きつけられるとこんなにショックを受けるのに、お母さんはあの狂王に殺されたのだと知ったキリルのショックは計り知れないと思う。
それに、どんなに憎んでいても、血の繋がった父を手にかけたのだ…―――
私もキリルになんと声をかけていいか分からないでいる。
「レイニアちゃん?ぼぉーっとして、大丈夫ぅ?やっぱりまだ無理しない方が良いんじゃないかしら?」
「あっ、すみません。大丈夫です」
「本当に無理しないでね?」
「はい」
ロラさんにも随分と心配させてしまったのに、これ以上余計な心配はかけたくない。
アブドゥヴァへ助けに来てくれたギルドメンバーのみんなと一緒に帰ってきた私達は、メイリスへと帰着した足でそのままみんなと一緒にギルドに顔を出した。
すると、すぐにロラさんが飛んで来て涙を浮かべて抱きしめてくれた。
「大変だったわね。おかえりなさい、レイニアちゃん!」
「ただいま、戻りました。ご心配をおかけしました」
そして意外な事に、ギルドに残っていたマルティナさんまで目に涙を浮かべていた。
「心配したじゃない!無事に帰ってこられて良かったわ…」
「マルティナさん…ご心配をおかけしました」
「本当よ!キリルにあんなに心配かけて!小娘はキリルの側から離れちゃダメじゃない!」
「―――…マルティナさん。それって私とキリルの事、認めてくれるんですか?」
「し、しょうがないじゃない!小娘が居なくなってからのキリルは見てられなかったんだから…キリルにとって小娘の存在が大きいって嫌でも分かったわよ」
「おい、マルティナ。余計なこと言うなよ」
「キリルもおかえりなさい!無事に帰ってきてくれて嬉しいわ!」
「マルティナさん……―――認めてくれて、心配してくれて、ありがとうございます!〜マルティナさんっ!」
「ちょっと!だからって懐かないでちょうだい!小娘に抱きつかれても嬉しくないんだから!」
マルティナさんって結構ツンデレなんだよね。
憎めない人だ。
ティモはアベルがスパイだった事にショックを受けていた。
でも、結果的に私の事を助けてくれたのだと説明すると、「あいつは結構良い奴なんだ」と言っていた。ティモはアベルと1番仲良くしていたから、アベルが悪い人じゃないって思いたい気持ちもわかる。
スパイだった事は許せないけど。
私はギルドのみんなに心配と迷惑をかけたし、お詫びと助けに来てくれた感謝の気持ちを形にしたくて、1人1種類、無償で薬を作る事にした。私にできる事は薬を作ることしか思いつかないから。
みんなから「レイニアちゃんは被害者なんだからそんなことしなくて良いんだよ」と言われたけど、何かさせて貰わないと私の気が済まない。みんながあんな遠くまで助けにきてくれたのが本当に、本当に嬉しかったのだ。
「無償提供は毛生え薬もですよ?材料が希少なので1人3粒が上限ですけど」
「なん、だと……!?」
「通常の薬作りの合間になるので時間は掛かりますが、私の気持ちを受け取ってください。希望の薬を聞くので考えておいて下さいね」
毛生え薬も無償提供の対象にすると伝えるとざわついて、おじさん達が色めきたった。『あら。それならうちの人、禿げてるから旦那用に貰おうかしら』という主婦のギルドメンバーもいた。
帰着翌日はキリルと泥のように眠って過ごした。やっぱり家は落ち着くし、キリルと一緒に眠ると安心できる。
その次の日から早速仕事に復帰した。
ギルドに出勤した後、薬に必要な材料を確認した後、キリルと材料集めに行き、それからはせっせとギルドの指定薬を作っている。
私がいなかった間は以前使っていた王都の魔女から薬を仕入れていたらしい。何人かに「こうして使い比べると、レイニアちゃんの薬の効き目がよく分かった」と言われた。
指定薬作りの合間にギルドメンバーに希望する薬を聞いているけど、髪が薄くなり始めた方々は揃って「本当に毛生え薬をタダで作ってもらえるのか?」とコソコソ聞いてきた。
「もちろん。約束ですから。でも、上限は3粒ですし、効果は一年なので、そこのところはご了承下さいね」
「おう。お言葉に甘えて俺は毛生え薬で頼むわ」
「任せて下さい!」
材料は希少だけど、キリルに2匹分の毛を刈ってもらったし、後の方は羽化直前で巨大化してたから、ここのギルドメンバー全員が毛生え薬を希望してもまだ余裕があるくらいに材料がある。希少な苔も家の周りの森に結構はえていたし。
それから数週間経って大体のお詫びと感謝の薬を作り終わって気が付いた。
そういえばロラさんやギルドマスターから薬の希望を聞いていない事に。迷惑も心配もかけているのに不義理をするところだった。
「ロラさんは何かありますか?最近のお悩みとかあればそれに合わせた薬も作れます」
「まぁ。私にも良いの?」
「もちろんです!心配や迷惑をお掛けしてしまいましたから。寧ろ後回しになってしまってすみません」
「そんな事は無事に帰ってきてくれたからいいのに。でも、そうねぇ。実は最近老眼が気になっているのだけど、何かいい薬はあるかしら?」
「それなら良い目薬があります。老眼を元から治せるわけではありませんが、一度点せば約半日焦点を合わせやすくなるやつが」
「そんな良いものがあるのね!早く相談すれば良かったわぁ」
「できたらお渡ししますので、お待ち下さい」
「急がなくて良いわよ。無理しないでね」
「はい。ありがとうございます」
マスターからは、次回毛生え薬を頼む時に3粒分無料にすることを希望された。前回5粒だったから、次回も5粒作って3粒は無料提供ということになる。
因みにマルティナさんは冷え防止になる薬。
「それならもっと服を着れば良いのでは……」
「何を言ってるのよ。これは私の戦闘服なの。これは譲れないわ」
体が冷えるなら服を着るのが1番良いのに、服装にはこだわりがあるらしい。こだわりがないのに常にあの格好の方がヤバいから、ある意味こだわりがあって良かったのかもしれない。
マルティナさんには飲むと体の芯から温める薬を何粒か渡した。ついでに、前世の使い捨てカイロ的な役割の薬草などを入れた巾着も作った。
これは冬に材料集めに行く時にダリアさんが寒がる私のためによく作ってくれたものだ。
巾着の上から揉むと中の材料が反応しあってほわんと発熱する。発熱が終わった中身はポットに入れてお湯を注げばお茶として飲める。薬ではないけど温かいお茶を飲めば体が温まるから一石二鳥なアイテムなのだ。
おまけで作ったこれが女性陣から好評で、予想外に注文が殺到している。
ティングは温暖な気候の国だけど、そこに住んでいるとその気温に体が慣れるから、寒い国の人からすると全く寒くない気温でも、いつもより少しでも気温が下がると寒く感じるらしい。
「キリルは欲しい薬ない?」
「無い」
「ないの?なにも?なんでも良いんだよ。作れるかわからないけど言ってみて」
「いや、俺にはレイがそばにいてくれる事が1番の薬だからな」
「―――っキリル!大好きだよ!」
家に帰って来てから、そういえばキリルにも聞いてなかったと思って聞いてみると、予想外に甘い言葉を返された。
嬉しくて堪らずぎゅっと抱きつくと、危なげなく抱きとめてくれたけど、ふっと笑われる。
「なに?なんで笑うの?」
「いや、レイからちゃんと好きだと言われんのは初めてだと思ってな」
「え、うそ?言ったことなかった?」
「あるにはあるけど、ちょっと違った」
「うん?」
「まぁいいんだけど。直接言われるのって良いな」
そんな風に言われると恥ずかしくなる。
「なんだ。いまさら照れてんのか?」と顔を覗き込まれて、またぎゅっと抱きついて顔を見られないように阻止すると、髪を梳くように撫でられた。とても優しい手付きで心地が良い。




