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平行線


ここはアブドゥヴァという国で、キリルの生まれ育った国らしい。


今はこの国の街の宿を何軒か貸し切り、ティングの兵やギルドメンバーが滞在している。その一軒に私とキリルも滞在中だ。


「傷口は必ず水で洗ってから薬を塗って!」


「はい!」


「たくさん血が出ている人はできれば血が出ている場所を胸より高くして、この止血薬を傷口にバシャバシャかけてからこの綺麗な布で患部を強く押さえて血を止めてください!」


「おう」


「魔力切れの人には魔力回復薬を飲ませて下さい!これ!ここに置いておきますから!」


「レイニアちゃん!足から血出てるやつは胸より高くできないぞ!?」


「そういう場合は、患者さんを横にして足を高くするんです!」


「なるほど!」


「止血薬を傷口に振りかけた後にはこれ!増々血薬を飲ませて!」


「分かった」


「ああ!?駄目です!骨が折れてる箇所は動かさないで!木の枝か板かありませんか!?」


「―――これはどうだ?」


「ありがとうございます!ちょっと痛いかも知れませんけど我慢してくださいね!―――骨が折れているところにこうして添えて、包帯でぐるぐる……と、こうして固定します!」


「やってみる」


「あ!止血薬掛けて増々血薬飲んだら、押さえていた手を放して。血が出てこなくなってたら押さえなくていいです」



助かった余韻もなく、あの後すぐに負傷者が目に入ってゆっくりすることはできなかった。


キリルが私のポシェット型マジックバッグを持ってきてくれたから、すぐに薬作りをした。


敵味方関係なく負傷者に薬を渡したり、私が知っている限りの治療を施したら、アブドゥヴァ国の兵士から「女神」やら「聖女」と呼ばれて困惑した。




あの後、キリルはとても忙しそうにしている。


私も今回のことで負傷した人への薬作りや治療に忙しかったけど、キリルの忙しさは意味が違う。


何しろこの国の王が死んで、血の繋がった子供はキリルしかいなかったというのだから…―――




「俺は関係ないって言ってるだろ。あんな奴父親じゃねぇし」


「キリルさんが認める認めないの問題ではないのですよ。誰かが跡を継がなければならないのです」


「じゃあこの国の偉い奴を王にすりゃあいいじゃねぇか。血がどうこうなんて関係ねぇよ。いっそのこと国自体無くせばいい」


「高官を王にすると以前のように扱い難い国になってしまいます。それにこの国は今、事実上ティングに征服されたのです。元々いた高官を王にするわけには参りませんし、国を無くすこともできません。国をなくせばこの土地をめぐって再び争いが起こり、民が犠牲になる。周辺諸国の争いの火種にもなる。それだけはなりません」


「ならお前が王になればいいじゃねえか。ティングが征服したことになってるならティングの者がこの国の王になるのが妥当だろ。俺は王になんてならない」


「はぁ……困りましたね」


第3王子とキリルの話し合いは平行線を辿っている。





キリルが産まれたのは、アブドゥヴァ国の国境付近の山間にある小さな村。未婚のまま孕った母親が親戚を頼ってたどり着いた場所だった。


当時まだ王太子にもなっていなかった若干13歳の少年は、王子宮に勤めていたメイドに無体を働き、何度もメイドを寝所に連れ込んだ。


既に残虐性を持っていた少年は、初めは泣いて許しを乞う姿も愉快だと思っていたが次第に不快に感じ始め、将来の王になる男からの施しに泣くとは何事かとメイドを解雇した。


まだ若かったため解雇で済んだのは幸か不幸か……ただ、その時には既にメイドの腹には子が宿っていた。


王子がメイドに手をつけていることなど隠し通せることではない。当時の高官はしっかりと把握していたのである。


王になり子孫を残すことを求められ、後宮に見目麗しい沢山の女を入れたが、一向に子供は出来なかった。


段々とプレッシャーを感じていたのか、次第に女を前にすると使い物にならなくなってきて、魔女に極秘に薬を作らせた。


その頃、最初に手をつけたメイドとの間に息子がいる事を高官が打ち明けると、その子供―――キリルだけを呼び戻そうと使者を遣わすが、『父親は別にいる。子供は渡さない』と母親に突っぱねられた。


母親が別の男の子供だと言った事を知った王は、あの時のメイドの子が王の子供だと言ったのは虚偽だとし、高官を処刑した。


が、その後魔導士の弟子として城に来ていたキリルを自分の目で見た王は、嘘をついていたのが母親の方であると気が付く。


残虐性を増していた王は他国を脅かす兵器としてではなく、ただ苦しむ様子を見て楽しむためだけに人工的にキルブラッドウォーターを作り出す『死の血』を王宮魔女に作らせていた。


キリルの母が嘘をついていたと知った直後に運悪く死の血が出来上がってしまい、最初の実験場所に選ばれたのが、キリルが生まれ育った山間の村だった。



山間部にあり、他の街とも離れて孤立している村。小さくて人口も少なく、その村の水源は小さな湖。


誰にもバレずに実験をするのに好都合な村で、さらに王に子供を渡さぬ憎々しいあのメイドがいる村だった。


他にも実験の候補地があったが、母親が死ねば子供は父である王を頼らざるほか無いと思い、迷わずその小さな山間の村を実験場所に選んだ。



死の血の実験は成功した。


同時に作らせた中和剤も、下級兵士を実験台にしたところ症状が出て48時間以内の投薬で全員が完治した事も確認できた。


これで面白くなるし後継者問題も落ち着くと思ったが、魔導士に師事していた息子は王の目論見通りには動かず、父である王を頼る事はなかった。



息子が師事する魔導士はSSランクの実力者であったため、魔導士を城で取り立てて事故に見せかけて殺した。


その後から息子は姿を眩ませてしまった。


王宮魔女に作らせた薬を毎夜飲み、後宮に通うがどの妃にも一向に懐妊の気配がなく、ついには魔女まで出奔する。



老婆などすぐに見つかると思ったが、見つけるまでに15年もの時間を要し、既に死んでいた。捕らえたと報告を受けた弟子も崖崩れに巻き込まれて、不自然に土砂の中から取り出されていた馬車の中にはいなかった。


己の力で新たに後継者を残す事ができないと諦め始めた王は、再び各国に息子の捜索願を出した。



同じ頃、遠い国で王宮魔女が作っていたものと同じ効果がある薬が出回り始めた。


あのメイドの妹である第5妃が確認に名乗りをあげた。あのメイドの妹ならば子ができやすいだろうと5番目の妃として高官から推薦された女だった。


姉妹でも妹の方には結局子供はできなかったが、王の考えを先回りする能力に長けていたため、5番目でありながら寵妃になった。


もっとも、1から4までの妃も6番目以降の妃も王の不興を買い、既に亡い。今いる妃は一体何番目かもわからない。


それでも己が娘が王の子を身籠る事を期待した貴族がどんどん若い娘を後宮へと送り込んでいる状況だった。


享楽主義でひどい残虐性を持っていた王の元、まともな部下などいるはずがなかった。



だから王が死んだ今、ティングから遠く離れた国とはいえ、アブドゥヴァに元々いた高官から王を出すわけにはいかないのだ。


結局すぐに結論は出なかった。

どう説得してもキリルはこの国の王になる事を了承しない。


結局、ティングから率いて来た軍と文官を駐留させ、ティングで話し合いが行われることになった。





「レイ」


「キリル!おかえり!」


「ただいま」



宿の部屋でゴリゴリと薬の材料を摺っていると、キリルが帰ってきたので飛びついてハグをする。


再び会えた嬉しさで、再会してからずっと帰宅の挨拶はお互いにぎゅうとハグをするのが習慣になっていた。



安心感があって良いんだけど、そのままキリルが髭の生えた頬でスリスリしてくるので、私の髪がボサボサになるのが難点だ。



「帰ることが決まったぞ」


「本当!?良かった。やっと帰れるね!」


「そうだな」



キリルと再会してからずっとキリルは「早く帰りてぇ」と口にしていた。最早口癖と言って良いくらいにメイリスへと帰りたがっていたのだ。



キリルにとってこの国は長居したい場所ではないらしい。




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