稲妻と雷鳴
鎖を繋がれてやって来たのは、ド派手な装飾が施された広間だった。一段高いところに豪奢な椅子があり、足を組んで踏ん反り返る様に座ってるのは王様だ。
「第5妃レギーナ様お越しでございます」
私達3人が広間に入ると、どこからともなく涼やかな声が響いた。レギーナさんが私とローブさんを入り口付近に置いたまま静かに進み、王の横にある椅子へ座った。
(第5妃……レギーナさんってこの国のお妃様だったんだ。って事はやっぱり薬を使ってたのは王様で間違いなかった)
『夫は長年薄毛に悩んでおりまして』『夫との営みが減っていまして』って言って薬を買いに来ていたもんね。
ここに来てから聞いたら『あれは、ダリアレルファの薬で間違いないかを確かめるために行ったのよ』とは言ってたけど。
「魔女よ。其方を助けるために我が国へ愚かな国が宣戦布告をしてきおったぞ。どう思う?」
「どうって……」
「なんと愚かなのであろうな。たった1人の魔女のために自ら国を捧げに来た様なものよ。そう思わぬか?」
それって、返り討ちにして尚且つティングを討つと言ってるんだよね。絶対に勝つ自信があるって事なんだ。
もしも本当にそうなったら、罪のない人まで巻き込むことになるんじゃ―――
「なんだ。返事をしろ」
「……」
「躾せよと言うたはずだが」
「はっ。申し訳ございません」
「うっ、いっ痛い……やめ……っ…………」
ローブさんが謝罪の言葉を口にすると、すぐに私の頭が割れそうに痛くなった。
その時、ビカっと強い光と共に、ドドーンとお城が揺れるほどの衝撃があった。
雨は降っていなかったはずなのに、一瞬で辺りが薄暗くなって、突然の雷雨。雷は明らかにこのお城に落ちた。
「調べよ」
「はっ」
ローブさんが素早く移動してどこかへ行ってしまった。ローブさんが居なくなったから頭痛は治まって良かったけど、手枷から繋がった鎖は床に放置されたままなのはいいのだろうか?
「っ!?」
外では稲妻と雷鳴が鳴り止まない中、広間の窓ガラスが急にガシャンと音を立てて割れると、突風とも言えそうな強い風が吹き込んできた。次々と窓ガラスが割れる音が響く。
すぐにバサバサとカーテンが靡く音、ガシャンガシャンとシャンデリアが揺れている音が聞こえる。目を開けているのも辛いほどの強風が広間の中を吹き荒らしていた。
不意に風が止んだので目を開けると、広間の中は闇に包まれていた。強風でシャンデリアの火が消えたのだ。
夕方に差し掛かっていたとはいえ、室内が真っ暗になるような時間ではなかったはずなのに。
雷光で時折室内が照らされると、沢山の人がいるのが分かった。
ついさっきまで、部屋の奥に王とレギーナさん、入り口付近にローブさんと私、それと王の周りに護衛らしき数名の人しかいなかったのに。
えんじ色の軍服を着た兵士と濃紺の軍服姿の兵士が入り乱れている。その中には一瞬、見知った顔を見た気がした。
(ティング軍がここまで来たって事?それにギルドのみんなもいた様な……)
ぽぽぽとシャンデリアに火が灯って行き、室内の様子が分かる様になると、やっぱりさっきの一瞬で見た光景は間違いではなかったと分かった。
王とレギーナさんの前にローブさんが立ちはだかっていて、入り口付近にいる私と彼らの間にはこの国の兵とティングの兵、ギルドメンバーが入り乱れていた。
(! キリル……キリルはどこ?)
「っひゃ!?」
キリルを探して忙しなく視線を動かしていると、ぐいっと後ろから引っ張られた。バランスを崩して後ろにいた人の胸に体を預ける体勢になる。
(キリル!?…―――)
◇
「そんなに睨まないでよ。レイニアさん。事情があるって言ったよね」
「ここはどこなの!?」
「城の離れ。魔法で外からは分かりにくくした部屋の中だよ」
あの時、腕を急に後ろに引かれたから、キリルが来てくれたのかと思ったらアベルだった。がっかり感が半端ない。
相手がアベルだと気付いた瞬間、軽い眩暈とともにあの広間とは違う部屋にいた。
もう少しでキリルに会えそうだと思ったのに……。
「簡単に会えたらつまんないし、少しすれ違って焦らした方がロマンチックじゃない?」
「あそこでの再会で充分だったのに」
「んー。でも、あの場には余計な人もいっぱい来ちゃったからね。ここは選ばれた人しか辿り着けないから、もっと面白い展開が待ってる気がするんだよね!それに、あそこでレイニアさんだけを助け出されても困るし、こっちの準備もあるから」
アベルが何を期待しているのか全く分からない。最後の方はぶつぶつ言ってて聞き取れなかったし。
ブゥンという虫の羽音のような小さな小さな異音が聞こえたと思ったら、王とレギーナさんとローブさんが現れた。
転移すると転移先には今みたいな音が鳴るの?人が転移してくる瞬間はみたことがなかったから、知らなかった。静かな音だから、うるさい場所なら聞こえないだろう。
王は苛立って荒れている様だ。
私の事など気にもとめず、置かれていた椅子にどかりと座ったまま、ローブさんに何で侵入されたのかと叱責している。
そうだよね。少し前まで自信たっぷりで、逆に征服するつもりだったようだし、まさかピンチに陥るとさえ思っていなかったのだろう。
王を感情のこもらない視線で見ているレギーナさんに少し違和感を覚える。
第5妃なのに王と並んで座っているって事は、5番目の妃でも寵妃なのか力を持っている妃のはず。あの薬も夫婦仲を深めるために使っているのかと思っていたけど、今王へと向けている視線からは感情が窺い知れない。
ブゥンとまた微かな異音がしたら、キリルがえんじ色の軍服を着た人の襟首を掴んだ状態で現れた。
「っ!キリル!!!」
「レイッ!無事か!?」
首根っこを掴まれてぐったりしていた兵をポイと投げ捨て、直ぐに私の元へ駆け寄ってきた。
「うん!キリルは!?無事?」
「無傷に決まってるだろ」
「良かっ」
「キリル、だと?」
私の声に被せる様に、王の声が響いた。どこか喜色を含む声色が気になって王を見ると、その視線はキリルに定まっていた。
「おお!良いところに参った!我が国を侵略せんとする不届き者達を討て!!」
(え?なに?どういう事……?)
王は明らかにキリルに向かって話しかけている。
キリルって王と知り合い?
ううん、多分知り合いなんて軽いものでは無さそう。だってキリルが第3王子を、ティング軍を討ってくれるって信じてる様に見える。
私の肩に置いた手を下げて、キリルはゆっくりと振り返った。
「それは俺に言ってんのか?お前を殺す理由ならあるが、お前に従う理由はない」
「なんだと?親に従うは子の務めであろう!」
「誰が親だよ?俺の親父はお前に殺された師匠だけだ」
「…―――っ。折角お前の母親を殺してお前が慕うあの男も殺して、漸く我の元で力を与えてやろうと思えば姿を眩ませおって!反抗するのも大概にしないか!」
「は?殺した?母さんを?」
「なんだ、気付いておらなんだか?王宮魔女に作らせた死の血の実験場としてあの村は都合が良かったのだ。あの女も始末できて実に好都合。呆気なく死んだのだろう?ふはははは!愉快よのぉ?見られなんだが残念だったわ」
キリルが無言で背に背負っていた大剣を頭上に高く掲げると、その瞬間雷が屋根を突き破った。
剣に落雷したのではなく、剣から雷が放たれた。
「っ!レイニアさん!」
キリルが現れて直ぐにどこかへ姿を消していたアベルがいつの間にか戻ってきていた。
私の周りに結界を張ってくれたようで、崩れ落ちてくる天井の一部が私の横を滑り落ちていく。
キリルは王の息子?
お母さんを殺したって、どういう事……?
それに、『王宮魔女に作らせた死の血の実験場』って、王宮魔女ってダリアさんだよね。
死の血って、人工的にキルブラッドウォーターが発生していたのは、ダリアさんが作り出した血が原因なの?
だから、ダリアさんは中和薬の製造方法を知っていた…―――
信じがたい真実に目を背けたくなるなか、キリルが王に大剣を振り下ろした。
ローブさんが王の前に立ちはだかって、キリルの攻撃を弾いてる。
キリルがいつも背負っている大剣からはバチバチと音がして、相変わらず見惚れそうな程綺麗な魔法―――青にも紫にも見える雷光が迸っていた。
部屋の中なのに落雷があったり、壁に大きな氷の塊が突き刺さっていたり、室内はめちゃくちゃになっていく。
実力に差があるのか、キリルが王の息子と知って手加減せざるを得ないのか、キリルが押していてローブさんは何とか耐えているような感じがする。
キリルの魔法が綺麗すぎるのも手伝い、魔法に疎い私は目の前で繰り広げられている様子がファンタジー過ぎて、(室内にいるのに雷って凄いな。こういう時に繰り出す魔法ってきっと自分が1番得意としている魔法だよね?ってことはキリルって雷が1番得意な魔法だったんだ。大剣は雷魔法の為に背負ってたのかな?剣としてではなく媒体として使ってる感じだもんね。それにしても綺麗だなぁ)と、現実逃避的なことを考えていた。
そんなことを考えていると一際眩しい閃光が放たれて、咄嗟に目を瞑る。
目を開けても視界が白い。パチパチと何度と瞬きをして強い光を見た事による陽性残像も治ってきた時にはキリルが難しい顔をして私の前にいた。
(…………え?)
ガシャリと音がして、キリルが私の手枷に付いている鎖を持ち上げた。眉間に深い皺を刻み、鎖と手枷を睨んでいる。
「キリル…―――」
「これは何だ?とにかくこんな場所から離れるぞ」
「あ、待って!だめ!待って!!お願い待って!!転移しないで!!」
キリルが私の身体に触れようとしたから、慌てて後退る。
身体に触れられた途端に転移魔法で飛ばれたら、私の身体はその瞬間にバラバラになってしまうかもしれない。そんな事になったらキリルには心の傷どころの話ではなくなる。
「なんだ?迎えが遅いって怒ってるのか?」
「一定の場所以外に行ったり無理矢理壊すと爆発するって言われたの!だから転移魔法はだめ!壊すのもだめ!」
「爆発?……チッ。首にもついてるな」
構造を調べようとキリルが身を乗り出して私の首輪を覗き込んでいると、不意に影が落ちる。
視線を上げると血に濡れた王がゆらりと剣を振り上げ立っていた。
「キリル!」
ドスという音とドサという音、そして、私の身体に少しのしかかる様な重みが伝わる。
「キリル!?キリ……っ!?……レ、レギーナさん?」
怖くて咄嗟に閉じた瞼をあけると、キリルの上に覆い被さる様にレギーナさんがいた。レギーナさんの背中に剣が突き刺さっている。
(何で?)
「レ、レギーナさん!」
「レギーナ、叔母さん?」
「キリル…―――ごめんなさい…キリ……」
「クソが」
低く呻くように言うと、膝をついていた王に向かってキリルが手を翳した。
その瞬間、紫色が混ざったような美しく見えるほどの青白い炎が王を包み込んでいた。




