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2回の瞬きの間に



「いい加減肉が食いたいな」


「そうだね。近くに町か村があれば良いけど」



確かに。キリルと一緒に旅を始めてもう20日位経っているけど、山菜や果実、魚ばかりだったからそろそろお肉も食べたい。



「ん?野鳥の肉で良ければ狩ってくるぞ?」


「私、鳥というか動物捌くの苦手……」


「捌くまでは俺ができる。その後は丸焼きしかできないけど」


「ほんと?じゃあ捌くまではキリルにしてもらって、調理は私がやるね」


そうしてキリルが狩ってきた野鳥はキリルによって羽をむしり取られ、内臓を出され、綺麗に捌かれた状態で私のところへ来た。



目の前には表面がカリッと焼けた野鳥の丸鳥がある。串に刺して火の上でロティサリーチキンを焼く要領でひたすらくるくる回したから地味に大変だった。


今回はシンプルに噛むと塩気を感じる野草とニンニクに似た香りの山菜を使って味付けしてみた。


ニンニクの香りがする山菜がいい仕事をしている。


「いただきます!」


焼き上がった野鳥をキリルが風でスパッと半分に切ってくれたので、半身ずついただく。


「うま!」


「うん。良かった、成功だね。我ながら美味しくできた」


シンプルな味付けが功を奏した。ニンニク風味の山菜が野鳥の少し癖のある肉とも合っている。

丸鳥のまま焼いたからジューシーさもあって、野鳥にしては美味しく仕上がった。



今回はデザートもある。


シナモンの香りがする葉っぱを見つけたので、山リンゴをその葉っぱで包んで火に入れてみた。


砂糖はないけど、包み焼きにする事で薄らとシナモン風味の焼きりんごに似たものが出来上がった。


生で食べると結構酸っぱい果実だったけど、加熱したことでトロッとして酸味が抜けて美味しいデザートになってくれた。


キリルはそのワイルドな風貌と裏腹に、意外と甘い物も好きらしく、とても喜んであっという間に平らげる。




「明日か明後日には俺の国に入る」


「ティングって国だったっけ。初めて聞くなぁ。どんなところだろう」


「結構でかい国だと思うが聞いた事ないか?そういえばレイニアはなんて国に住んでたんだ?」


「レボノスって国だよ」


「レボノス―――あの崖崩れがあった場所からだと、3つくらい離れてる国だな。すげぇ遠いじゃねぇか。レボノスからだと5〜6個くらい先の国がティングだ」


「そんなに!?」


「山ん中を通って来たからわかんなかっただろうけど、俺達はここまでの間にある国を横断してきたからな。だから、あの兵士はこの途中の国のどこかのやつだったんだろうな。ティング周辺の国であの軍服は見たことないし。崖崩れから逃れた奴らかも知れないが、追加の兵士だとしたらあの場所にすぐ来たってことは、やつらの国はあそこからすぐ近くだった可能性があるな。あそこはダルティーア国で隣国との国境に近かったが…―――」



そう言ったキリルの目が少し眇められた。


確かにそうだ。崖崩れがあってからどれくらい時間が経っていたかわからないけど、すぐに同じ軍服の人が来るなんて、奴らの国が近かった可能性が高い。危なかった。


キリルに助けてもらえなかったら、私は今頃死んでたか、生きててもあの人たちに捕まってた。そう考えると本当に怖い。




キリルの家がある国ティングに近づいて来たので、これまでの山道とは違いそろそろ街道に出て歩かなければいけないらしい。


というのも、ティングはちゃんと国境沿いに入国審査の為の検問があるのだという。


だから山から入るのは都合が悪い。それが自国民でも出国手続きして外国に行ってるはずの人が国内にいると不法入国扱いになるから。



私はキリルについて歩いて来ただけだから、今どこにいるのか街道までどれくらいの距離があるのか分からない。置いて行かれないように後をついて歩くだけだ。



今日も獣道のような道を歩いていると、3メートル程先を歩いていたキリルがピタリと立ち止まった。私もつられて立ち止まる。



風が木々を揺らす音の中に、微かに水の流れる音が混ざっている。どこかに川があるのだろうか。


飲み水が少なくなってるから補給したいって話してたから、川がありそうな方へ歩いていたのだろう。


昨日は水場が近くになかったから川があるなら水浴びするチャンスでもある。


私は突然捕らえられたせいで着替えなんて無かったけど、服も川で洗えばすぐに風魔法でキリルが乾かしてくれる。ほんとに魔法って便利。


それにしても―――



(? なんで動かないんだろう?)



「どうし、」


「しっ!」


「!?」



キンと鋭さを増したキリルに息を呑み、左足が微かに後退る。

小枝でも踏んだようで、足元でパキリと小さな音がしたその時、グルルと獣が唸った様な音が微かに聞こえた。



(な、なに!?)



何か上の方で軽い音がしたと思ったら、黒豹の様な魔獣が私の目の前15メートル程上空に現れて私に影を作っていた。


背中に翼が生えているので飛んでいるように、浮かんで見える。



初めて見る大型の魔獣を唖然と見上げると、魔獣の特徴である真っ赤な目と視線が合う。


目が合うと同時に、魔獣がその背中の大きな翼に似つかわしくない静かな羽音をたてた後、急降下してきた。


一瞬の事のはずなのに、スローモーションの様に魔獣の動きも造形も細部までよく見える。




黒く艶めく毛皮や無駄のないしなやかな体躯は美しく、羽ばたかせた翼は濡羽のよう。


皺を寄せながらグワッと大きく開いた口には鋭い牙が、今にも届きそうな太い前脚には鋭い爪が見える。



逃げなければ…そう思うのに金縛りにあった様に身体はピクリとも動かない。


魔獣に魅入られたかの様に、目が離せないままただ襲われるのを待つのみ。



―――……これは死んだな



ただただ魔獣が襲いかかって来るのを待つだけとなった私の耳に、ヒュンと何かが空を切るような音が届く。


聴覚までやられたのか、近いようで遠いような不思議な音の聞こえ方がした。



自分の瞬きさえもスローモーションの様に感じ、ゆっくりと閉じた瞼が次に開いた時には目の前にキリルの背中があった。



キリルがそれまで背中に背負っていた大剣を掲げて魔獣の牙や爪を受け止めているのが見える。


また近いのに遠くで聞こえる様な不思議な聞こえ方がして、魔獣の唸り声とピキ…ピキ…という異音が耳に届く。


こんな時なのに、これは一体何の音だろうとぼんやり思った。




もう一度瞬きをして次に目を開けたときには―――


大型魔獣の氷漬けが出来上がっていた。



薄ら青くて透明度の高いクリスタルの様な大きな氷の中で、黒豹に似た魔獣が牙を剥き出しにして、今にも獲物を捕らえようと片手を前に差し出している。少し開かれた指の先端についた爪は鋭く、今にも肉を抉ってきそうで、広げた黒い翼は羽ばたく瞬間かのような躍動感まである。


目の前に突然現れたのはまるで芸術作品のような氷の塊。


怖いはずなのに何度でも見たくなるような、閉じ込められている中の魔獣さえも美しくその全てで見た者を魅了する程の氷塊。




  ―――……わたし、いきてる ?




ゆっくりキリルが振り向くのと同時に、急に体の力が抜けてどさりとその場に尻餅を突いて座り込む。




「レイ!?おい、大丈夫か!?まさかどっかやられたのか!?」




今頃になって緊張感、緊迫感、恐怖、絶望感、色々な感情に襲われる。


一気に血の気が引いて寒気を感じてガタガタと勝手に体が震えた。


ヒュッと喉が鳴り、うまく呼吸ができない。




「はっ、はっ、はっ、はっ……―――」


「お、おい!?大丈夫か?」



過呼吸だった。


キリルがぎゅっと抱きしめて「大丈夫だ!もう大丈夫だ!怖かったな。もう大丈夫だぞ」と何度も言ってくれた。息苦しいほどに強く抱きしめてくれたからか、胸に顔を押し付けられたのが良かったのか、呼吸が落ち着いて来た。


完全に呼吸が落ち着くまでキリルは私に氷塊になった魔獣を見せない様に背を向け、彼の胡座の中に座らされて胸にもたれ掛かった状態だった。


ずっと背中を撫でて落ち着かせてくれた。




「ごめんなさい……迷惑かけて」


「レイニアのせいじゃない。魔獣を見たのは初めてか?」


「あんなに大きいのは。うん」


「そうか。初めてならしかたない。驚いただろ。逃げずに立ってただけ偉い。下手に動かれた方がやり辛いからな」


「うん……こわ、怖かっ…っ……」



逃げなかったのではなく逃げられない程の恐怖に支配されていただけ。


怖かったと口にしたら今度は涙が出てきた。


感情を解放したようにわんわん泣いてしまったけど、まだキリルの膝の上にいたからすぐに背中を撫でて慰めてくれた。





私が泣き止むと直ぐにキリルの転移魔法で安全な場所まで移動した。


この場に留まると他の魔獣に遭遇する可能性があるからだ。大型魔獣が出没しやすい場所は大体決まっていて、1度遭遇するとまた遭遇する確率が高いと言われている。


前回は目眩がして気を失ってしまった転移魔法。


今回は突然ではなく事前に転移すると分かっていたからか、軽い目眩だけでなんとか持ち堪えられた。



魔獣との遭遇は「水場が近かったから水を飲みに来た所に運悪く遭遇してしまったんだろうな」とキリルが言っていた。


昨日は水場が無かったし、この辺では貴重な水場なのかも知れない。





その日の夜は久しぶりにキリルの丸焼き料理を食べた。


夜にはもう精神的にも回復していたけど、「いいからレイニアは座っとけ」と過保護なまでに世話してくれたのだ。



そういえば、キリルの背負っている大剣が使われたのは初めて見た。


魔法はちょこちょこ使ってるけど大剣は初めて会った時から一度も使う所を見たことがなかった。だから、使わないのに背負ってるのは邪魔じゃないのかとちょっと思っていたけど、そんな事ない。お陰で助かった。



大剣だから振り回すとブンという音がしそうだけど、あの時聞こえて来た音は軽いヒュンと空を切る様な音だった気がする。あの音はきっとキリルが大剣を振った音のはず。


背に背負うほどの大剣をあんな軽い音をさせられるほど軽々扱えるってことだよね。凄いな。


それに、一瞬にして魔獣を閉じ込めたあの氷塊。



それらが2回の瞬きの間に全てが終わってるなんて。


もしかして、キリルって凄い人なんじゃないの?




その日の夜、寝る前にその日1日あった事を思い出していると、ふと疑問が。


「ねぇ、キリルは魔法で氷を作れるって事は、水も作り出せるの?」


「おう」


「え。じゃあ、飲み水を求めて川を探す必要無かったんじゃ……」


「あー。すげぇ不味いんだ、なんか。だからどうしても見つからない場合以外は川の水の方が良い」


「へぇ。そういうものなんだ」


なんでだろう?魔法で作る水にはミネラル分が含まれていないからとか?


名水の湧水とか美味しいもんね。




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