何も知らないのね
「レイ、そろそろ起きろよ」
「んぁ?ふあい…―――」
お城のベッドはマットレスが私好みの硬さで、掛け布団もふわふわで、シーツも枕カバーの生地もふんわり柔らかくて、寝心地最高〜……――――――
「―――レイ!起きろ!観光する時間なくなるぞ!」
「んあいっ」
耳元でキリルが大きな声を出したので、反射的に飛び起きた。
「びっくりした……」
「起きたか?朝飯用意してくれてるっていうから、顔洗って着替えてこいよ」
「ん。分かった…」
スリッパをペタペタ言わせてまだ半分寝ている状態で、部屋の奥にあるバストイレへと向かう。
ガチャっとドアを開けて一歩踏み出した瞬間、後ろの方でキリルが焦ったように何かを叫んだような気がした。
「え?」
振り返ろうとしたら、強烈な眩暈に襲われた。
◇
「うっ……ぐ……ゔぅ…………」
(頭が割れそうに痛い……)
手で頭を触ろうと思ったのに、ガシャっと音がするだけで全然動かせない。
(何?何これ?うぅ、痛い。痛い!いたーい!)
頭が痛すぎて眉間に力が入る。薄く目を開けると、紫の瞳がこちらを見ているのが分かった。
(キリル?)
「……ゔ……っ………」
(何でこんなに頭が痛いの?もしかして脳卒中とか?目を開けていられない位に痛い。手を頭に添えたいのに、何で動かないの?)
「やめよ」
ガンガンと頭の中で響いていたのが嘘のようにスッと消えた。ただ、眉間に力を入れすぎてたせいで別の痛みがある。
薄く目を開けるとまだ紫の瞳がこちらを見ている。
(キリル……?)
もしかして倒れた私を心配しているのだろうか。
視界がはっきりしてくると私を見ているのはキリルではないと分かった。瞳の色はキリルよりも少し濃い紫。
年齢はひとまわりくらい上に感じる。
「……え?誰?」
「起きたな。魔女」
「誰……何ここ……」
「我はこの国の王である」
「お、おう……?…………え?」
自分のことを王と言った人は、昨日の夜に会った王様とは別人だった。
どういう事?王様って普通ひとつの国に1人だよね?
国のトップとして王と首相とかなら分かる。
ここは確か君主制の国だったと思うけど、一晩で王が代わるって事ある?急死かクーデター?まさかね……。
ここは魔法があって瞬間移動もできる世界だから、私が別の場所にきたと考えるのが自然?
そう思うと、今朝感じた強烈な眩暈は初めてキリルと転移をした時に感覚が似ていると思った。何度かキリルの転移は経験しているけど、段々眩暈を感じなくなっていたのに急だとやっぱりダメらしい。
それよりも、どうして私は見知らぬ場所にいて、ベッドに拘束されているのだろうか。
大の字に寝かされて、鎖で繋がれているから手足共に5センチ程度しか動かせない。
「口の利き方を知らぬ娘のようだな」
王と名乗った男性が黒く長いローブを纏って銀縁の眼鏡をかけた少し神経質そうな男性を見たと思ったら、また頭が割れるように痛くなった。
「ゔっ……ぃ、痛い……」
「躾せよ」
「御意」
「うぅっ……やめ……」
どれくらい頭痛が続いていただろうか。
すぅと痛みがひくと、気が付けば王と名乗った男性がいなくなっていて、部屋の中にいるのはローブを纏った男性だけになっていた。
「なに……どうなってるの……」
「陛下に少しでも不敬な態度を取るとこの様に躾されますのでよくよく解する事です」
不敬な態度なんて取っただろうか?王だと分からなかったのが気に障った?
初対面なんだし、自分が置かれている状況も分からないんだから、仕方ないと思うんだけど。
それよりも、ここはどこで何のために私はここに捕らわれたのかをまずは知りたい。
あ………
―――捕らわれているって、もしかしてダリアさんを探しに来て私をどこかへ連れて行こうと拘束した人達と同じ?
「ここはどこ?…ですか?」
「あなたが知る必要のない事です」
「さっきの人はこの国の国王なんですか?」
「そうです」
「何ていう名前の王様なんですか?」
「尊き方の御名を下々の者が口にするなど畏れ多い事です」
ここがどこなのか素直に教えて貰えなさそうだから、王様の名前がヒントにならないかと思ったのに王様の名前も教えて貰えないか……。
「私はどうしてここにいるんですか?」
「私があなたをお招きしました」
「―――あなたが?…お招き?」
「ティングの王城のドアとこちらの部屋のドアを繋いだのです」
ドアとドアを繋いだって、あのどこでも自由に行き来できるピンクのドアみたいなこと?
私が前世で通勤ラッシュにヘトヘトになるたびに心底欲しいと思っていたアレみたいな事ができるの?
魔法ってなんて便利なの……って今は感心している場合ではない。
「どうしてですか?何故私を?」
「ダリアレルファの弟子だからです」
やっぱり。
ここは1年以上前に私を捕らえて連れて行こうとした国なんだ。それがどこの国かは知らないし、目的も分からないけど。
どうして私の居場所が分かったんだろう。最近はすっかり忘れていたけど、私がティングに入国するくらいまでは追っ手はいなさそうだったのに。もしも追っ手がいればキリルが気付きそうだし。
足音が聞こえてきたと思ったら、ベッドに張り付けられている私の顔を覗き込む人がいた。豪華なドレスを纏った緑色の綺麗な髪の女性。
(どこかで見たことがある気がする……)
「はぁい。魔女様、お元気かしら?」
「……」
「精力増強剤の効果はばっちり確認できたわ」
「!?」
「フフ。分かったかしら?」
「な、なんで」
「魔女様には毛生え薬と増強剤をもっと作って欲しいの」
「なんで……どうして私を攫ってまで?」
「あら?ダリアレルファから聞いていないのかしら?あの薬はね、ダリアレルファが開発した薬なの。精力を増強する薬は媚薬として流通しているものもあるけれど、あんな理性を飛ばす下品な薬じゃなくて、程よい効き目で依存性もなくて流石なのよ。それに、特にあの毛生え薬。あの薬はこの世にふたつとないの」
「え」
毛生え薬はこの世にあの薬しか無いの?
だから、王都からも買いに来る人がいたの……?
キルブラッドウォーターに効く薬も他に無いって聞いたし、もしかして私って自分で自分の居場所を教えたようなものなの?
「本当に何も知らないのね。良いわ、少しだけ教えてあげる。ダリアレルファはこの国の王宮専属魔女だったの。ここで働き出した時点でとても高名な魔女で、間違いなくこの世で1番の実力だったわ。陛下の為に色々な薬を生み出した。それなのにある日出奔したの……
上手いこと姿を隠していて、見つけ出して迎えに行った時には呆気なく死んでいたわね。あなたに全てを託して。フフ。
でも、酷いわよね?何も言わずに高度な調薬レシピまで伝授しているなんて。おかげで魔女様がこの世に全く知られていない毛生え薬なんて物を何の疑問も持たずに作って色んな人に売ってくれるんだから。フフ」
―――…本当に。まさか、毛生え薬で居場所がバレるなんて。
「フフッ。こちらが指定した薬さえ作ってくれるなら命は保証されるから安心して?」
「拒否権は?」
「あると思って?」
「……ですよね」
「恨むなら肝心な事を教えなかったダリアレルファを恨んでちょうだいね。さぁ、少しじっとしていて」
カチャカチャと音がして、首に金属の首輪が付けられた。
「これはね、指定の場所から離れたら爆発する魔石が仕込んであるの」
「え!?」
「一応爆発前に警告音は鳴るわよ。いきなりドカンとはいかないから安心して。フフ」
いや、フフじゃない。
なんて物を付けてくれてるんだ…………
「あの、材料が希少なので作れって言われても簡単に作れる薬ではないのですけど」
「大丈夫よ。材料はこちらでたっぷり用意してあるから」
「あーあの、毛生え薬の調薬レシピは覚えてますけど、あっちの増強剤の方のレシピは覚えていないのですけど。調薬レシピのメモは持ってきていないし……取りに帰っちゃ駄目ですか?」
「それでも作ってもらわないと困るのよ。思い出すためのお手伝いはしてあげられるわよ?」
「それって……つまり、拷問してって事ですよね?」
「ウフフッ。勘のいい子は好きよ」
怖っ。
女性が私に首輪をつけたら、ずっと黙っていたローブを纏った男性が手足の拘束を解いてくれた。
手足は自由になったけど、ただの鎖より首輪の方が怖い。




