誤魔化せません
「今のって第3王子じゃねぇか。俺に手伝えることあるか?」
「あ、じゃあこれを摺鉢で摺ってもらえる?粉々の粉末状になったらここに入れて行って。ここにあるもの全部摺っちゃって良いから」
「任せろ」
「ありがと。あっ、ここは魔法使わないと火をつけられないんだ。キリル、お願い」
「おぅ。―――点いたぞ」
「ありがとう……って、え?第3王子って言った!?」
「遅っ。あの名前はこの国第3王子だぞ。あいつ、第3王子だったんだな」
頭の中では別の事を考えてたから、第3王子って言葉が遅れて届いた。だから、みんな道を開けていたわけだ。名前は覚えられなかったけど、第3王子なら忘れないからそこは良かった。
「国名が苗字じゃないんだ」
「この国の王族は違うな」
「ところで、キリル。第3王子にあいつなんて言って、不敬罪とかにならない?気を付けてね?私も結構生意気な感じで話しちゃったけど大丈夫かな」
「あぁ。王族ってのが嫌いなんだよ」
「何かあったの?」
「昔ちょっとな」
この言い方は、話す気がないんだろう。 少し気になったけど、今はそれどころじゃないので黙々と作業を続けた。
途中、第3王子が言ってたように何人か人が来た。
「うん。これで大丈夫です。これは経口補水液といって嘔吐や過度な下痢で失われた水分を素早く補う為の飲み物です。脱水症状を起こさない為にも飲ませて下さい。吐いてしまう場合は少量ずつ飲ませて下さい。
もしも既に意識がない人がいる場合は、布に浸して唇を湿らせるイメージで飲み込むのを確認しながらで。意識があっても自力で飲むのが難しい人にはスプーンで少量ずつ口に流し入れて下さい」
「分かりました!」
「ちなみに、脱水症状があるかは手の甲をこうして引っ張って確認できます。普通ここを引っ張ると、こうしてすぐに戻りますが、脱水症状を起こしているとすぐに戻らなかったり戻りにくいです。患者さんに一気に行き渡らないと思うので、脱水症状を起こしている人からできるだけ優先的に与えて下さい」
「はい!」
「魔女様!薬の材料をお持ちしました!」
「ありがとうございます。そこに置いて行って下さい」
「はい!先程、王宮専属魔女1名と王都の魔女殿が2名いらして、別の部屋で調薬のレシピ通りに薬の作成を開始したとの事です!」
「よかった。不明点があればなんでも聞いて下さいって、伝えてもらえますか?後もう少ししたら、30人分の薬が出来上がりますので取りに来て下さい。それと、薬を入れる瓶がもっと必要になりそうです」
「畏まりました!瓶を調達してから戻って参ります」
王都の魔女が来てくれて良かった。
顔も知らない人のレシピで薬を作るのは嫌って言われたらどうしようか少し心配だったけど、とりあえず3人でも来てくれたのなら、同時に作れる薬の量も増えるから、助かる。少し安心できた。
「キリル、これできたの。魔法で冷ましてもらっても良い?」
「任せろ」
「その後は今届いた材料を魔法で乾燥させて欲しい」
「分かった」
「ありがとう!キリルって頼りになる!」
「俺がついて来て良かっただろ?」
「うん!大好きキリル!」
「だから、その言葉はもっと違う時に聞きたい……って、もう聞いてねぇし。…………レイ」
「―――…ん!?今呼んだ?」
「あぁ。冷めたぞ」
「ありがとう!」
できた薬を冷ましたり、材料を乾燥させたり、キリルが来てくれて本当に良かった。私は魔法は使えないし、キリルがいなかったらもっと薬作りに時間が掛かっていただろう。
「レイ」
「―――…ん!?今呼んだ?」
「あぁ、少し休憩したらどうだ?」
「ありがと。でも今は休めない。もう少し作ったら休むから」
「それ、聞くのももう3回目だ。飲み物くらい飲め」
「うんー、後でね」
「それはもう聞き飽きた。レイ…レイ。レイ!こっち見ろ!」
「うん?!なに?―――っ!?んぅ〜!!っ!」
振り返ると、首の後ろをガシッと持たれて飲み物を無理矢理口移しされた。 いきなりすぎて咽せそうになった。
「な、なな…………なに!?」
「ずっと休憩もせず飲まず食わずで薬作って、このままだとレイが脱水症状を起こす。もう朝だぞ。少し休め」
「うん、ごめん。でもまだ休むわけにいかないから」
「おい、レイ。せめて水は飲め」
あれから第3王子は顔を出していないけど、雑用係の人たちが患者の数が増えて1200人に達していると言っていた。
私が1度に作れる量は30人分位、一晩で180人分程度が限度だから、患者全員に行き渡る量にはまだまだ届かない。
キリルが差し出してくれたコップの水を一気飲みし、また調薬に取り掛かる。 私が休んだ事で助からない人が出たら、後悔してもしきれない。
今はできることをしないと。
◇
「失礼。魔女殿は?」
「あの通り、飯も食わずトイレ以外で休むこともなく薬を作り続けているよ」
「そうですか。ひとまず現状で把握している患者には薬が行き渡る目処がつきました。かなり患者も落ち着いてきましたし、別室にも協力してくれている魔女達がいますし、こちらの魔女殿にも休んでいただくよう部屋を用意しました」
「そうか」
「―――あの調子だとまだ休まれなさそうですね。部屋の場所をご案内しますので、来ていただけますか?」
案内が必要な程遠い場所に部屋が用意されたのかと思ったら、調薬室からほど近い場所だった。口で説明するだけで済むような場所にわざわざ呼び出す意味とは?とキリルが訝しむ目を第三王子に向ける。
「部屋はこちらです。ご夫妻とのことですから、一部屋のご用意でよろしいですね?」
「あぁ、良いけど。案内する程の距離でもねぇのに、ご丁寧にどうも」
「この国にとって恩人でありますから。しかし……あなたがメイリスのギルドに所属していたとは」
「は?何の話だ?」
「キリル・アズレートさん。いえ、キリル・ファルマ・アズレート・アブドゥヴァ殿ですね」
「なんで言い直した?誰だよ。人違いしてないか?」
「ティングにまで捜索願が出されたことがあったのですよ。御父君とそっくりなその色をお持ちですから、メイリスのギルドでお会いした時に直ぐわかりました。少々調べさせてもいただきましたし、我々王族は誤魔化せませんよ」
「―――――…だったら何だ?報告でもするのか?」
「いえ。民の命の恩人である魔女殿の御夫君にそんなことはいたしません。あの方のご子息があのように善良な魔女殿と結婚していたとは…と、意外でしたが、貴方様の境遇を思えば御父君と似ていなくても不思議ではありませんね。
これは言うなれば、私のただのお節介です。最近また熱心にあなたを探しているようだと情報が入っていますので、お気を付けください」
「そうか……」
第3王子が部屋から出て行くと、キリルは床を睨んでいた。




