人の悩みって、それぞれ
第三章スタートです!
「レイニアちゃん。これ、おすそ分け」
「わぁ。いいんですか?ありがとうございます!」
「もう香りも強くなってきているから食べごろだと思うわ」
「そうですね。甘い香りがします。早速今夜のデザートで食べます」
ロラさんがメロンをくれた。前世で人気だった皮に網目のあるタイプはこの世界ではお見かけしたことがなく、網目のないタイプだ。
しかも、甘みも品種改良されたような甘さはないため、どちらかと言えばウリ科の野菜に近い。薄甘い感じだけど、このティングの暑い季節には瑞々しくてさっぱりしていて良いのだ。
「レイニアちゃんはどうやって食べるのぉ?」
「ひとつはそのままいただこうと思います。あとは最近暑いし砂糖で煮てからキリルに凍らせてもらってシャーベットにしようかなぁと思います」
「あ、それ良いわね。最近流行ってるやつよねぇ。どうやって作るの?」
「果汁をボウルに入れて、外側から魔法で凍らせるように冷却してもらいながら、中身を撹拌したらできるんじゃないかと思うんです。私はもう少し甘くしたいので、砂糖で果肉を煮てから潰すように混ぜつつ冷却して貰おうかと」
「なるほど、ダーリンにお願いしてうちもそうしましょう。シャーベットなら孫も喜んで食べそうだわぁ」
「え?孫?ロラさんってお孫さんいるんですか!?」
ふわふわのピンクの髪に20代前半と言ってもおかしくないスタイルを維持しているから、孫といても親子に見えるだろう。
「あら?言ってなかったかしら?2歳の孫がいるのよ。まだほっぺがぷにぷにしているのぉ。もうね、食べちゃいたい位可愛いのよぉ」
「それは可愛いでしょうね。子供のほっぺには魅力が詰まってますもんね」
「そうなの。でもあんまり触るとぷんぷん怒るのよぉ。それがまた可愛くて構っちゃうのよねぇ」
今日は結構暇で、ロラさんのお孫さんの話を聞いていたら、あっという間にキリルが迎えに来てくれる時間になった。
「レイ、終わったか?帰るぞ」
「はーい。それじゃあお先に失礼します」
「はぁい、お疲れさまぁ!」
家に帰って早速、メロンはひとつをそのまま以前キリルに作ってもらった冷蔵保管箱へ入れて冷やした。これに入れれば明後日くらいまでは持つはず。
1つはそのまま切ってから器に入れて食べる時まで冷蔵保管箱へ。残りの2つは、タネを取って皮を剥いて適当に切ったら鍋に入れて、砂糖をまぶして火にかけた。
ただ切った果肉を砕いて凍らせても良いけど、シャーベットにすると冷たくて甘みが余計感じにくくなってしまうから、砂糖を追加して少し加熱すると甘みが増して良いだろう。
「キリル、これを鍋の外側からゆーっくり冷やせる?」
「ゆっくり?」
「うん。シャーベットにしたいんだけどね。一気に凍っちゃうとカチカチになって食べられなくなってしまうから、少しずつ凍らせながら混ぜたらシャーベットになるの」
「ふぅん。できるぞ。もうやって良いのか?」
「うん。お願い」
キリルが鍋に触れそうで触れない位置で手を翳すと、鍋の中の砕けたメロンが冷えて端から固まりだしたのが分かった。
「このまま私が混ぜるから、キリルはそのまま続けてもらっていい?」
「おう」
木べらで鍋の中身をかき混ぜていると、段々と重たくなってくる。中身が凍っていくのを感じた。
一生懸命かき混ぜて練っていると、もったりとしてジェラートのようなシャーベットが出来上がった。
「もういいよ!完成。ありがとう」
「おぉ。最初と全然違うな」
「うん。早速食べてみようか」
ガラスの器に盛り付ける。
「はい、どうぞ」
「あ、美味い。さっぱりしてる。今日は暑いしこれ良いな」
「ね。キリルがいればシャーベットが作れるってわかったから、他のフルーツでもやってみようか」
「他でもできるのか。楽しみだ」
もしかして、牛乳と卵と砂糖があれば、アイスクリームも作れるかな?
この世界ではまだアイスクリームには出会った事がないんだよね。シャーベットは王都に行った時の露店で『魔術師の冷たいおやつ屋さん』というお店があって、この世界でもあるんだと知った。それは結構良い値段がしたし、貴族とかはシャーベットを好んで食べているらしい。
アイスクリームは是非とも今度試してみよう。もしもアイスクリームが作れたら、結構良い商売ができそう。キリルは仕事にはしないだろうけど。
◇
「あの、こんにちは」
「こんにちは。あ!前にもいらしてましたよね?」
「はい。夫の毛生え薬をいただきに」
「そうでしたね。今日はどうしたんですか?」
「毛生え薬、すっごく効きました!」
「そうでしたか。良かったです」
「それで、ご相談があって参ったのですが」
「はい。なんでしょう?どうぞおかけください」
以前、毛生え薬を求めに来た恐らく裕福なご婦人が、急にこそこそしだした。これは、きっと人に知られたくない悩みなのだろう。
「その、お恥ずかしい話なのですが……」
「はい。ここで聞いたことは内緒にしますのでご安心ください」
「最近、歳なのか夫との営みが減っていまして……」
「は、はあ」
まさかそんな悩みとは。そりゃあコソコソするね。
「その、王都の薬屋さんにも相談して、もらった薬を試してみたんですけど、あまり良くなくて……」
「そうですか」
「こちらの薬は凄く効いたので、こちらではそういう薬は作っていないかなと思い立って伺ったのですが、ありますでしょうか?」
「はい。ございますよ」
「まぁ!あるんですね!」
「はい。ただ、どれくらい効果があるのかはあまり期待なさらないでいただきたいです」
「そうなんですか?」
「えぇ。そういうのは個人差もありますし……今ある能力を引き出すに過ぎないので、その」
「なるほど。夫個人のその能力が失われていたら戻らないと……」
「そう言う事です」
「分かりました。それで構いません。お薬をいただけますか?」
「はい。でも今は材料の在庫がないので、えーっと2週間後にまた来れますか?」
「もちろん。2週間後にまた伺いますわ!」
妙な力強さで返事をされた。人の悩みって、それぞれだよね。
でも前世ではそれで離婚問題になる夫婦もいたし、デリケートで深い悩みなのだろう。
うーん。あれの増強剤か……
実は、ダリアさんから作り方を教えてもらった最初の一度しか作った事のない薬だった。
自分で飲んで試せるタイプの薬ではないし、今まで求めるお客さんがいなかったから、どれくらい効果があるのか正直なところよく分かっていない。
教えてもらうために作った薬はダリアさんがその日薬を買いに来た中年の奥さんに試供品と言ってあげてて、少ししてからまたあの薬が欲しいとやって来たけど、その値段の高さに買わずに帰ったことがある。
だから、効果はあるはず。
でも、傷薬とかそのほかの薬のように、どれくらい効果があるのかよく分からない代物だ。その効果が現れている時は私は見られないし。商品として販売したこともないし。
「キリル。今週薬の材料集めに行きたいんだけど、行ける?」
「あぁ。いいぞ」
「じゃあ次の休みに一緒に行こう」
「おう」




