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祝福されて


「やぁ。ここ空いてる?座ってもいい?」


「アベル。うん。空いてるよ」



少し前にこのギルドに加入したアベルが、私の座っていたテーブルに来た。


人懐っこい性格のようで、歓迎会でみんなとすぐに打ち解けていた。特にティモと仲良くなったみたいで、2人で飲んでいるのを何度か見かけたこともある。


今日は仕事が早めに終わったのでキリルが迎えに来るまでカフェスペースで休んでいたけど、時間帯的に込みやすくて空いているテーブルがなかったらしい。



「レイニアさんってあんまり魔女っぽくないよね。魔女の人って人嫌いな感じの人が多いけどそんな感じしないし」


「うん。自分では魔女って思ってなかったんだけど、魔女みたい」


「そうなの?魔女に弟子入りしたんじゃないの?」


「師匠はいたけど、その師匠が魔女だとは知らなかったの。師匠は何も言ってなかったし、ここから遠い田舎の村で薬屋をやっていたから、言ってくれる人もいなかったし」


「へぇ。でも、凄いね。ちょっと前のあの騒ぎもレイニアさんの薬ですぐに収まったし。僕も少しだけど手伝ったから、凄かったの分かるよ」


「私が凄い訳じゃないよ。私は師匠から教えられてた薬を作っただけだし」


「やっぱり謙虚だ。でも、すぐにレイニアさんが薬を作ったおかげで死者が出なかったって、奇跡だってみんなが言ってるよ」


「うん。でも、ほんと、私は全然凄くないから」



確かに、あの一件以来私への評価はうなぎ登りだと思う。


結果的にうまく収束できたけど、過大評価な気がしてならない。



「レイニアさんって本当に謙虚だね。いいな。ねぇ、なんでキリルさんと付き合ってるの?」


「え!?」


「だって、キリルさんって結構面倒くさがりで、Sランクとは聞いたけどあんまり任務にも行ってないみたいだし。本当のところの実力ってどうなんだろう?それに口も悪くない?」



私がキリルの彼女だって認識しているみたいなのに、彼女の前で彼氏のことそんな悪く言うかな。



「う、うーん。キリルは優しいよ?強いし」


「ふーん。レイニアさんは優しくて強い人が好きってこと?なら、僕もSランクになったら可能性あるってことだよね?」


「えっ?えぇっと……」


「おい、小僧。なにレイニア口説いてんだよ。手出すなって言ったよな?」


「キリル!」


「別にまだ手は出してませんよ。それにお二人は付き合ってるだけですよね?結婚しているわけじゃないなら、僕にもチャンスがある訳じゃないですか?」


「はぁ!?何言ってんだお前。レイニアは俺の女なんだよ。諦めろ」


「ちょっ!キリル落ち着いて!本気にしなくていいって。アベルも冗談はやめて」


「冗談ってわけでもないんですけどねぇ?」


「チッ。帰るぞ、レイ」


ギルドを出てキリルの横に並ぶと、いつもより少し強めに手を握られた。明らかにご機嫌斜めだと分かる。



「ねぇ。もしかして、嫉妬した?」


「あぁ?」


「アベルのあれは本気ではないと思うけど。ちゃんと話したのは初めて位だったし」


「本気でたまるか。あんなクソガキ」



うん。確かに口は悪いね。優しさを知ってるから私は口の悪さも全く気にならないけど。


気取ったお貴族様よりずっといいと思っていたけど、たしかに口は悪いわ。



「ねぇ。パン買って帰りたい」


「一番近い店で良いのか?」


「うん。バゲット買いたい。あと、家に帰ったら凍らせてある鶏肉を解凍して欲しい」


「分かった。晩飯はチキンか。腹減ったな…」



その日の晩御飯は、チキンソテーとマッシュルームとブロッコリーのアヒージョとトマトスープにした。薄切りにしたバゲットにアヒージョのオイルをつけて食べるとどんどん食欲が増していくような気がする。


キリルは結構晩御飯を食べながらお酒を飲むから、アヒージョはおつまみにも良いと思ったのに、今日はお酒を出してきていなかった。



「あれ?そういえばお酒は?今日のご飯はお酒が進むと思うんだけど」


「あぁ。美味い。でも、今日はいいや」


「どうしたの?体調悪い?」


「いや……あのクソガキが言っていた事を思い出してた」


「ん?なんか重要な事言ってたっけ?」


「二人は結婚してるわけじゃないって言ってただろ」


「あー。言ってたね」



確かに私たちは結婚していない。


以前ロラさんから聞いたけど、この世界には結婚制度もちゃんとあるらしい。前世の日本みたいに戸籍があるわけじゃないから、平民の場合は教会で宣誓するのと揃いの指輪を身につけ共に生活するだけで、自分達や周囲がそうだと認識しているだけだけど。


指輪はファッションとしても身につけるアクセサリーだから指輪だけでは既婚か判断しにくく、その場その場で外すこともできるため、中には重婚をしている人もいるという。バレると勿論トラブルに発展する。



私達は指輪もないし結婚もしていないけど、この世界の結婚の定義に近い生活―――すでに1年以上一緒に暮らして生活している私にとっては、それ程重要な問題ではなかった。


前世で言うならただの同棲カップルだけど、この世界では一緒に暮らすことが結婚状態と言っても過言ではない。


だから、私が初めてギルドに行った日にキリルが『帰るぞ』と私に声をかけた事やその後キリルの家に泊めさせて貰っていると知ったロラさんは、キリルの気持ちを察したし、キリルは最初からそのつもりなのだろうと思っていたらしい。いつか聞いてみたい。


あ、マルティナさんの事を何でかあんまり責めようと思わなかったのはこれも理由かも。ロラさんからこの世界の結婚の定義を聞いたから、心のどこかで妻の余裕みたいなものがあったのかもしれないな。


私が今更自分で納得している間もキリルは何やら難しい顔をしていた。



「どうしたの?何かあった?」


「いや。あのガキに言われたんじゃなくて、前から考えてたんだけどな。……きっかけとしては良いからであって、前から考えてたんだぞ。本当にあのガキに言われたからじゃないからな?」


「うん?どうしたの?」



キリルが皿に向けていた視線をあげて、しっかり私の目を見た。



「結婚しないか?」


「えっ」


「えってなんだよ。嫌か?」


「ううん!全然嫌じゃないよ。嬉しい」


「そうか。良かった。もう一緒に住んでて夫婦みたいなもんだと俺は思ってたけど、やっぱりどっかでちゃんとけじめはつけなきゃなと考えてたんだよ」


「そうだったんだ。私も、私たちってもう夫婦同然かなって思ってた」



キリルが、「そうか」と言って少し俯いた。俯いた顔が嬉しそうにはにかんでいるのが見える。


なにそれ。キリルが可愛い!やばい!



「せっかくだし、王都の教会で宣誓するか」


「なんで?この街の教会でも大丈夫だよ」


「夫婦の証に揃いの指輪が必要だろ。この街じゃあんまり選べねぇし。レイは王都行ったことないだろ?今度連れてってやろうと思ってたんだ」


「確かに王都には行ってみたい」


「よし。次の休みに王都一泊で行くぞ」


「うん!あ、そういえば聞いた事なかったけど、キリルの家族って?挨拶とか了承取らなくていいの?」


「あぁ、もう死んでるから関係ない」


「そっか」





それから3日後の2連休でキリルと王都へ行った。


初めて来るティングの王都は人が沢山いてお店も沢山あって、お祭りのように賑わっていた。



王都の教会は大きくて、綺麗で、厳かな雰囲気のある教会だった。こんな素敵な場所でキリルと結婚の宣誓をするなんて。



宣誓の後、キリルにきつく抱きしめられたけど、抱きしめられる直前にキリルの瞳が潤んでいたように見えた。それを見て、私も涙が出た。



「キリルって、アズレートって苗字だったんだね」


「言ってなかったか」


「うん。ってことは、私は今日からレイニア・アズレートになるんだよね?」


「そうだな」



私は孤児だし、幼くて元々の苗字は覚えていなかったから、ずっと名前だけを名乗っていた。この世界の平民は苗字がない人も珍しくない。


苗字があるってなんだか嬉しい。前世の記憶があるから、苗字がある方がしっくりくる気がするんだよね。



「わぁ!綺麗!……でも、高そう。大丈夫?」


「大丈夫だ。値段は気にすんな。これから一生つけるんだからな」


「うん。じゃぁ、私はこれが良いなぁ。これに、アメジストを入れたい」


「じゃあ指輪はそれで。俺の方にはシトリンを入れる」



小さな宝石が埋め込めるシンプルな指輪を選び、私の方の指輪にはキリルの瞳の色であるアメジストを入れることにした。キリルは私の金色の瞳の色と似ているシトリンを選んでくれた。


前世では日本人って大体みんな黒やこげ茶か、たまに茶色って位だったけど、この世界の人間は瞳の色や髪の色がカラフル。だから、装飾品や服には好きな人の色を取り入れることがあるけど、そういうのに密かに憧れていたんだよね。


私はキリルの瞳の色が好きだから、迷わず紫色の宝石であるアメジストを選んだけど、キリルも私の瞳と似た色を持つシトリンを選んでくれたことが嬉しかった。


予定通り王都の宿で一泊して、翌日に指定した宝石が埋め込まれた指輪を受け取る。定番の形を選んだから翌日には仕上がったのだ。



「指輪はキリルが私の指に嵌めて。私がキリルのお嫁さんだって証だから」


「おう。……大切にするからな」


「ふふっ。ありがとう。キリルも手を出して」


「ん」


「キリルのこと幸せにするからね!」


「ふっ―――そうか、頼む」


この世界にはそういう習慣はないみたいだけど、指輪の交換らしくキリルの指輪は私が、私の指輪はキリルに嵌めてもらった。


宝飾店の店員さんが私達の行動をみて「それ、良いですね!他のお客様にも提案してみます」と言っていた。


ちなみに、この世界では『結婚指輪は夫婦が同じ指にする』のが決まりなだけで、どちらの手のどの指にするか決まっていないらしいけど、中指を選ぶ人が圧倒的に多いそうだ。私は当然のように左手薬指を選んだから、キリルも同じく薬指で作った。



何度も薬指に嵌った指輪をニマニマしながら見ていると「そんなに嬉しいか」とキリルに聞かれた。嬉しいに決まってる。



店を出て歩いていると魔石を使ったアクセサリー屋さんが露店を開いていた。



「へぇ。魔石がアクセサリーになってるのか」


「魔石?普通の宝石に見えるけど」


「これはまだ空の魔石だからな」


「空?」


「魔石に効果を期待する術式を展開しながら魔力を注ぐと、魔石の中に文字が刻まれるんだ。文字が刻まれて初めて魔石の完成形になる」


「へぇ〜」


「買うか。迷子にならないように居場所が分かる術式でも入れるか」


「子供じゃないから迷子にならないよ。それに、結構高いからいい。今日はほら、結婚指輪が出来上がってきたばかりだし。一気に買わなくて良いよ」


「そうか?」


「うん。また来たいし、次の楽しみにしておこうよ」


「分かった」



そうして私達はメイリスへと帰った。


今回は週末の2連休で王都へ行ったからあまり観光できなかったけど、今度はゆっくり観光したいな。



その翌日、結婚の証である揃いの指輪をつけてギルドに行くと、今までアクセサリーをしていなかった私達の指輪を目敏く見つけたロラさんが「まあぁぁぁ!レイニアちゃん!キリル!ついに結婚したのねぇ!?」と大きな声を出した。


たまたま近くにいたマルティナさんが「うそ!?うそよ!!嘘だと言って!!キリルが!キリルがっ、キリルが小娘のものになったなんてぇ!!」と叫んだから、みんなにすぐに知れ渡った。


アベルは「あれ?もしかして僕の言葉に触発されて焦ったんですか、キリルさん。焦って結婚って、失敗するのが目に見えてますよね。キリルさんに飽きたら、僕がいるって覚えておいてくださいね、レイニアさん」と言っていて、キリルがひと暴れしてしまった。


マスターに「夕方にまたレイニアを迎えに来るまでお前は帰れ」と、ぽいっとギルドの外に投げ出されていたけど。


皆に驚かれながらも祝福されて、嬉しいし照れくさいそわそわした気持ちで一日過ごすことになった。



第二章完結です。

次話から第三章が始まります。


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