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お父さん……



私は今、綺麗に髭を剃ったキリルに抱きしめられながら見下ろされている。


頭ひとつ分以上身長差があるから見上げている私は首が痛い位だ。



「じゃあ行ってくる」


「うん。気を付けてね」


「おう。レイも、仕事の行き帰り気は付けろよ」


「うん」


「暗くなるまでに絶対家に帰るんだぞ。1人の時は電撃スティックを手に持って歩けよ。小動物が可愛いからって容易に近づくな。

それに、材料集めに行く時は1人で行くんじゃねぇぞ。ジーニアスに一緒に行ってくれるよう頼んどいたから。ジーニアスがいない時はギルド職員でも良いし。できればAランク、最低でもBランク以上の奴と行けよ。遠慮して1人では絶対に行くな。

あと、俺がいない間に何かあれば遠慮せずマスターかおばはんを頼れよ。

それから、もしも暗くなってから帰るようなら誰かに送ってもらうかギルドに泊まれよ。夜行性の魔獣もいるんだからな」


お父さん……。


ほんと意外と心配性なんだから。ここまでの過保護発言は久々な気がする。



「分かったから!大丈夫だよ。キリルも絶対無事に帰って来てね!」


「当たり前だろ。必ずレイのところに帰ってくるから、ちゃんと待ってろよ」


「うん。待ってる。ちょっと離して…―――これを持っていって。傷薬とか、瓶にそれぞれ用途が書いてあるから」


「ありがとな。じゃあ、そろそろ行くわ」



キリルは今日から魔獣討伐に出掛ける。


少し前から隣国で魔獣が大量発生している森があるらしい。ティングの国境にも近い森という事で、この街のギルドにも討伐依頼が来た。



隣国だしこの規模だと長期で家を空けなければいけないから、キリルは全く行く気がなかった。


結構報酬が良いのでギルド内で話題になったけど『俺は行かねぇよ』と興味なさそうにしていた。


でも今うちのギルドでSランクで空いているのはキリルしかいなかったから、キリルはマスター命令で行くことになってしまったのだ。


暫くブーブー文句を言ってたけど、昨夜からは文句ではなく留守中の私へ釘をさす言葉に変わった。


予想では1カ月位不在になる予定だ。心配になる気持ちもわかるけど、寧ろ私よりも危険な場所に赴くキリルの方が私には心配だった。


そんな私以上にキリルは私の事を心配してくる。



でも、材料はこの前キリルとたくさん取ってきたからギリギリ間に合うと思う。帰ってくるまでできれば材料集めに行かないで乗り切りたい。


通勤も普段から明るい内に帰ってきてるし、この家からギルドまでは歩いて15分掛からないくらいに近いから、問題ないはず。


だから、キリルが心配するような事はない―――







キリルが魔獣討伐に出て間もなく1カ月。


予想通り薬草は1カ月近く持ったけど、そろそろ薬の材料の在庫に心許ない物が出てきた。


報酬額が良かったから魔獣討伐に行ってるメンバーが結構いた。その人たちが最近ちらほら怪我をして帰って来ていて、薬の消費が増えているのだ。


これからもっと怪我をして帰ってくる人が増えるかも知れない。そうなると今の薬草の在庫だと、メンバーが帰ってきた時に薬が足りなくなってしまう可能性がある。



「あ、ティモ!今日、ジーニアスは?」


「ああ。ジーニアスは今日来られなくなったんだ。昨日の夜にぎっくり腰。ごめんって謝ってたよ。僕が言伝頼まれてたのに言い忘れてた、ごめん」



数日前にそろそろ材料を採りに行きたいとジーニアスに相談すると、今日なら空いてると言われて約束してた。


ジーニアスとティモは同じAランクらしいけど、キリルがティモではなくジーニアスと行くように言ったのは、ティモは私と同年代で独身なのに対し、ジーニアスはおじさんで既婚者だからだろう。『ジーニアスは愛妻家だから安心だ』とキリルが呟いてるのを聞いてしまったし。


そんなジーニアスと午前中から行く約束をしていたのに、ジーニアスがギルドに来ないままお昼が過ぎてしまった。


でも、ぎっくり腰なら仕方がない。後でジーニアスの家を知ってる人に湿布を届けてもらおう。



「僕が一緒に行ってあげたいんだけど、今日はアベルと組む約束しちゃったんだ。ごめんねぇ」


「ううん。仕方ないもの。それにアベルは新人だしティモがいてくれると心強いと思う。私はどうしても今日じゃないとダメな訳じゃないし、他に誰か行ける人がいないか探してみるから大丈夫だよ」


「ごめんねぇ。レイニアは優しいね!」


「それなら私が一緒に行ってあげるわ」 


「え!?」



ティモの横にいたマルティナさんが急に自分が護衛として付き添うと言ってくれた。


キリルとギルドのカフェで飲む場合は私もマルティナさんも同じテーブルを囲むので、最近は少しだけ言葉を交わすこともあった。とはいえ、仲良く話す程ではない。


キリルと付き合い始めの頃よりはマルティナさんの私への態度が軟化したように思うけど、私のために何かしてもらえるほどの関係ではないと思う。



「小娘のためじゃないわ。小娘の薬でも無くなると困るメンバーがいるでしょう?この前だってそれで助かったから。だからよ」


「え、でも……」


「来ないの?置いていくわよ」



私の戸惑いを無視してマルティナさんは歩き出してしまった。ついティモの方を見てしまう。



「あー、マルティナはBランクだけど、草原の護衛としては問題ないと思うよ」


「う、うん。あ、ロラさんにマルティナさんと材料集めに行ったって一応伝えておいてもらえる?」


「任せて。いってらっしゃい!」


「行ってきます」



マルティナさんと無言で歩いていつも薬草を採っている草原にやって来た。草原までは結構距離があるから、なかなかに苦痛を感じる時間だった。



「私はあちらの方で採取するわ」


「えっ。採取もしてくれるんですか」


「待ってるだけなんて暇じゃない。何かあれば大声で呼びなさい」


「わかりました。ありがとうございます」



意外と面倒見のいい人なのだろうか。キルブラッドウォーターの時も、生まれ育った街ってこともあったんだろうけど実は結構尽力してくれたんだよね。



暫く集中して薬草集めをしていると、最初に採り始めた場所からかなり移動してしまったことに気付いた。立ち上がって見回してみるが、見える場所にマルティナさんの姿がない。


キリルに『採取するときは周りを見ながら移動しろ』っていつも言われてるのについうっかり。キリルにバレたら怒られそうだ……。



「マルティナさん?マルティナさーん!………あれ?」


ちょっと大きな声で名前を呼んでみても反応がない。


気付けば日が傾き始めているし、そろそろ切り上げた方がいいだろう。



サクと草を踏む音がしたので、振り返ると犬がいた。目が真っ赤の犬が。


(! 魔獣だ!)



「マ、マルティナさん!魔獣が出ました!マルティナさーん!?」



電撃スティックを魔獣の方に向けて、魔獣と目を合わせたまま声を張り上げるが、期待したような反応はない。



(まさか、置いていかれた!?)



マルティナさんの援護が期待できないとなると、自分でどうにかしなければならない。



ダリアさんと一緒に村に住んでいた時は、高齢のダリアさんに代わって薬の材料集めは私の担当だった。あの辺りはあまり魔獣がいないのか、魔獣が出るのはかなり稀なことだったし、遭遇してもうさぎサイズ位までで、なんとかなっていた。


犬サイズを1人で相手するのは初めてだけど、小型の部類だし落ち着いて対処すれば大丈夫なはず。



(大丈夫。落ち着いて……!)



電撃スティックをしっかりと魔獣の中心に来るように構えて、目を合わせたまま、後退る。このまま距離を取って逃げ切れれば、それがお互いにとって良いはずだ。


この世界では魔獣は必ずしも駆除しなければいけない訳ではない。人を襲ったり害をなす危険がある場合は駆除対象になる。前世の野生動物みたいな感じだ。だからこのまま距離をあけて逃げられればそれで問題ない。


ジリジリと足を後退させて一歩一歩距離を取っていく。


グルルと唸っているけど、開いた分の距離を詰めようとしてこないようだ。このままなら充分な距離を取れそうな気がする。


しかし、そう思って油断したのがいけなかった。



「うわっ!?」



後ろに引いた足が何かにぶつかって、ぐらりとバランスが崩れて後ろに倒れそうになる。


咄嗟に後ろを確認するために、魔獣と視線を外したのも悪かった。


少しだけ青からオレンジに変わり始めた空が視界に入って来たけど、慌てて魔獣がいた方に視線を戻すと、魔獣は私に噛み付こうと飛び掛かってくる瞬間だった。



(っ!)



後ろに倒れこみながらも、兎に角魔獣目掛けて電撃を乱射した。


こうなってしまうと冷静に狙いを定める余裕などない。闇雲に撃っているので照準が定まらず、魔獣の横を電撃が走り抜けていくのが見える。



ドサリとお尻や背中に強い衝撃が来た。後ろに倒れ込んだ時の衝撃で目を瞑ってしまう。


このまま魔獣に襲われる覚悟をしたが……来ない。


肉を切って骨を断つ覚悟もしたのに。



恐る恐る目を開けてみると、足元に魔獣が倒れていた。どうやら間一髪電撃が当たっていたらしい。


魔獣の生死に構ってる暇などない。とにかく、街の方へと走った。



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