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失敗を恐れて迷うより


「えっ…………」


(これってまさか…………)


「―――は?キルブラッドウォーターか?これ。……まさか、な?」



キリルと一緒に夕陽を反射する綺麗な池をみて少し癒されましょうとの思いで池の近くまで来て、驚いた。


夕日が反射して水面がオレンジに煌めいているのだと思ったけど、水の色が赤みのあるオレンジ色と言うのか黄色みのある赤と言うのか、まるで濃厚なブラッドオレンジジュースのような赤い色をしていた。


水の色が透明、薄茶、緑程度なら池として違和感がないけど、この世界の池としてこの色は異常。



その池の水を見た瞬間、私はひとつの可能性が思い浮かぶ。この世界にある病のひとつ。


特定の種の魔獣の血を1滴でも混ぜると水の色が変わっていく。最初は無色だから知らずに摂取すると下痢や嘔吐、発熱を起こし、やがて内臓が爛れて吐血と血便が出る。そして、死に至る病。


水の色が完全に血のような色になると、ひと舐めしただけで、激しい症状が出て死ぬと言われている。


でも、私はダリアさんから聞いたことがあるだけで、実際に見た事はなかった。


何かは分からないけど、バクテリアが繁殖してこんな色にしているとか、土の中の成分が溶け出して水の色があり得ないような色に変わるケースも考えられると思う。


信じられなかったから、信じたくなかったから、自然の超常現象だと思いたかった。前世のようにこの不思議な現象も誰かに科学的に証明して欲しい……


けれど、私がひとつの言葉を頭に思い浮かべた瞬間、同じ言葉をキリルが呟いた。


この池の水はその名の通り、飲んだ者を殺す血の水。


この世界では人々から恐れられている病のひとつ―――




(―――…っ!)


唖然と見ている場合ではなかった。


マジックバッグのポシェットから、調薬レシピのメモ束を出してページを捲る。


教えられた最初の1度しか作ったことのない薬だから、何冊目のどこに書いたか記憶が曖昧だった。10冊以上あるメモ束がもどかしい。


(どこだっけ…、どこかに……違う、これじゃない。違う、違うっ…………あった!…やっぱり。症状も一致してる。整腸剤も解熱剤もなんの役にも立たない。この薬しか治せない)


「キリル!これ!これって本当にキルブラッドウォーター!?」


「あ、ああ。多分。昔見たことがある。この水はこれからもっと赤黒くなっていくはずだ」


「キリル!私、急いでギルドに戻るね!早く薬を作らなきゃ!」


「薬を作れるのか!?」


「うん!急がないと手遅れになるかも!私はギルドに戻るから、キリルは念の為この辺の住人に水を口にしないように伝えてもらえる?料理に使ったりもだめだから」


「分かった。でも、まずはギルドまで転移で送るぞ」


「うん!あ!その前に一応この池を凍らせられる?これを飲む人はいないと思うけど、これ以上被害出したくないし」


キリルが一瞬で池の水を凍らせてくれたあと、すぐにキリルの転移魔法でギルドに移動した。



「きゃあっ!?」


帰ったはずの私達が転移でギルド内に急に現れたから、というか、偶然ロラさんの目の前に転移したから、ロラさんが腰を抜かす勢いでびっくりしていた。


申し訳ないけど今は構ってる暇はない。この病は嘔吐や下痢の症状が出てから48時間以内に薬を飲まなければいけないとダリアさんから教わった。


幸いこの薬に使う材料自体はそう珍しいものではないから、今ある在庫でも薬が作れるはずだ。昼間にジーニアス達が取ってきてくれた材料が役に立ちそう。


もしも原因が違っていて今から作る薬が効かなかったとしても、試さないよりいい。今は失敗を恐れて迷うより、試す方が先。


「原因が分かったかもしれません!私は今から急いで薬を作ります!」


「え!?あ、そうなの?頑張って!―――………それで?キリルが転移魔法を使うなんて只事ではないわよね?何が分かったの?」


「南側の貯水池がキルブラッドウォーターになっていた」


「え!?うそ。ど、どうしてそんな事に……」


「嘘じゃねぇよ。実物を見た事があるんだ。間違いない。レイが薬を作れるっていうから信じるしかねぇ。俺はあの辺の住人にこれ以上料理を含めてあの水を口にしないように伝えに行くから、薬ができたらすぐに患者の家に届けられるように準備しておいてくれ」


「分かったわ。けど、待って!それならみんなで手分けしましょう!ね?みんな!」


レイニアとキリルが転移魔法で現れたため、ギルドのカフェスペースで飲んだり晩御飯を食べていたギルドメンバーが集まって来ていた。


話を聞いていたらしく、みんな協力的だった。



篭っていた調薬部屋から表へ行くと、たくさんのギルドメンバーがいた。


「! レイニアちゃん!薬できた!?」


「一応。あと冷まして瓶詰めしたらできあがります。キリルって……?」


「住民に水を飲まないように伝えに行ってるけど、どうかした?呼ぶ!?」


「早く冷ましたいから薬を魔法で冷まして欲しかったんですけど、他に冷却出来る人っていますか?」


「俺がやろう」


マスターが名乗り出てくれた。冷却は氷魔法が使えないとできないし、凍らないように繊細な加減が必要だから結構難しいらしい。




「とりあえず30人分の薬ができました!」


「よっしゃ!俺らが患者の所に届けるぜ!」


「ありがとうございます!一気に飲むと吐いてしまうかもしれないので、焦らずゆっくり一口ずつ確実に飲ませて下さい。もしも意識ない人がいたらスプーンで一滴ずつ口に流し込んで下さい!よろしくお願いします!」


「おう!じゃあ行ってくるな!」


5人のギルドメンバーが薬瓶を手に、私の目の前から消えていく。



「ロラさん。あの地区、あの貯水池を使ってる人はどれくらいいるかわかりますか?」


「どうかしら……ダーリン!南の貯水池を使ってる人ってぇ何人位いるか知ってる?」


「150人位だろう」


「150……分かりました。マスター、また薬ができたら冷却をお願いしに来ます」


「ああ。いつでも来てくれ。待っている」



今作った薬を渡した30人分でさえ今日ここへ来た患者50人分に足りない。一度に作れるのが30人が限界だからまた作らないといけないけど、私の元へ来た患者さん以外にもあの水を口にした人はいる筈。


何せ水だから、飲水としてだけでなく料理にも使われる。あの水で顔を洗ってうっかり口にした人もいるかもしれない。


これからあの貯水池を使ってる全員が症状を訴える可能性がある。


それから、夜通し薬を作り続けた。30人分を計6回。念のため180人分作った時には、翌日の昼になっていた。



深夜にも拘らず薬が出来次第ギルドメンバーが南の地域の家を一軒一軒回って薬を配ってくれた。中にはもう意識がない人や自力で動けない人もいたらしい。


でも、薬を飲んだらみるみるうちに顔色が良くなっていったと、薬を配っていたメンバーがみんな興奮気味に言っていた。


やっぱりダリアさんの薬は凄いんだ。


間に合ったみたいで良かった……。



薬が効いたあともまだ数日間は軽い下痢は続くけど問題ない。嘔吐や激しい症状が治っても数日続く下痢は薬で中和した魔獣の血を出すためだから。軽い下痢も治れば、完治となる。


念のため脱水症状に注意してもらって、経口補水液をとってもらおう。




「お疲れ」


「あ、キリル。キリルもお疲れさま。色々ありがとう」


「俺は何もしてねぇよ。レイが頑張ったから早く収束できそうだ」


「そんな事ないよ。キリルも沢山動いてくれたじゃない。それにしても気付けて良かった。なんとか間に合ったみたいでほっとした」


「そうだな。まさか薬があるとは思わなかった。俺が前にあの赤黒くなる水を見た時には、口にした奴らは苦しみながら死を待つしかなかったから」


「そうなんだ……」


「とりあえず、帰って寝るぞ」


「え、でももう出勤時間になっちゃってるし、経口補水液はまだ作らなきゃ」


帰って寝たいのはやまやまだけど、まだ患者さんがくる可能性もある。一晩完徹くらい何とかなるはず。


「おばはん、レイニアはもう休ませるぞ」


「もちろんよぉ!レイニアちゃんは午後はお休み!薬は多めに作ってくれてるし、もしも新しい患者さんが来てもこっちで対応するから安心して!経口補水液はレシピ通りに作って患者さんのところに持って行くわ」


「でも、皆さんも寝てないのでは?私だけ休むわけには」


「レイニアちゃんが薬を作ってる間に交代で仮眠取ってたから大丈夫!もしも薬が足りなくなったり何かあればすぐに知らせるから。だから私たちに任せて今日はゆっくり休んでちょうだい!」


「そういう事だ。じゃあな」


「!?」



キリルが私の手を握って「じゃあな」と言った瞬間、軽い眩暈とともに私は家の寝室にいた。




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