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橙色に染めて



「吐しゃ物や排泄物には絶対直接触らないようにして片付けてください。あと、終わったら直ぐに手を洗ってくださいね」


「おうよ」



ギルドにやってきたギルドメンバーが、殺到する患者を見てこれは只事ではないと手伝いを申し出てくれた。


元々並んでいたのは殆どが患者の家族だったみたいだけど、患者本人もいるし並んでいるうちに自分も症状が出て、外で並んで待っている間に吐いてしまったり我慢しきれず漏らしてしまった人がいたのだ。


吐いたり我慢しきれず漏らすなんて、どう考えてもただおなかを壊したってレベルではない。


原因がわからないし、人にうつる可能性もあるので念のため吐しゃ物と排泄物を素手で触らないのは基本だ。


並んでいる人にざっと話を聞いたところ、皆症状は似たり寄ったり。早い人で昨日の昼頃から、大体は夕方以降、急な下痢と嘔吐。人によっては熱も出ている。


ウイルス性胃腸炎や何かの食中毒だろうという状況判断しかできないから、薬を飲んで少しずつでも失った水分を補ってもらう事しか考えつかない。


それとも、食べられる山菜やキノコに似て非なる毒性のある物を食べた可能性もあるか。それなら解毒薬が必要になるが…………。


原因がわかれば正しい薬を出せるけど、そもそも前世とは薬の種類も材料も違うし、前世では聞いた事のない病気もたくさんある。必ずしも前世の知識が生きるわけではない。とにかく試してみるしかないのだ。



いつも通りに私をギルドまで送ってくれたキリルが、「手伝うことあるか?」と言ってくれたので、その言葉に甘えて、魔法でどんどん水を沸かして冷ましてもらっている。


このギルドでは今まで川から汲んだ水を桶に貯めて使っていたけど、私の指示で近くの川から汲んできた水は濾過してから必ず一度煮沸してからその日使う分を桶に貯めて使うようになった。


いつもなら少し余裕を持った量を沸かしてから貯めているけど、今回のこの患者の量では煮沸した水が自然に冷めるのを待っていられない。


因みに、ギルドメンバーには口にする水は煮沸してからというのが浸透し始め、お腹を壊しにくくなった人が増えているらしく、私の前世知識も少しは役に立っている―――




「こっち、冷めたぞ」


「ありがとう!煮沸して冷えたら、この鍋いっぱいに水を入れて、この鍋いっぱいの水の量に対して塩はこっちのカップ1杯、砂糖はこっちのカップで5杯入れて、溶けるまで混ぜてもらえる?それをどんどん作ってもらえると助かる」


「任せろ」



ジーニアス達は足りなくなりそうな薬草や材料を集めに行ってくれたし、経口補水液を配るためのガラス瓶を買いに行ってくれた人やキリルの作った経口補水液を瓶詰してくれた人もいた。皆がそれぞれ手分けして手伝ってくれている。



「これは経口補水液と言って、下痢や嘔吐で失われた体内の水分をただの水よりも吸収しやすくしている飲み物です。薬ではないですが、脱水症状を予防改善しますので、薬と一緒に渡してください。

それと、今は水でもたくさん口にすると吐いてしまうかもしれないので、この水はゆっくり少しずつ飲むように伝えてください」


「分かったわ!」


「任せてちょうだい!」



受付のお姉さんたちに、下痢と吐き気を訴える人には整腸剤と経口補水液、更に発熱を訴える人には解熱剤も一緒に出すように指示して、私はせっせと薬作りに励んだ。


自分で症状を聞き取って薬を出したかったけど、作り置きしている薬の量では足りなかったのだ。


受付のお姉さんたちには、患者さんの名前や家の場所と、昨日から3日前位までに口にしたものや食材を買った店、食べに行ったお店を聞き取ってもらった。


ただ薬を処方するだけでなく、共通している点を見つけて患者を増やさないように対処する必要があるためだ。


もしも完璧に治療できなくても、原因がわかれば患者が増えるのを防げる。





夕方前位に、漸く薬を求めに来る人が途切れた。


結局、最終的に私の薬を求めて来た患者は50人ちょっとになった。


この街には他にも普通の薬屋さんが2軒あるらしいので、そっちにも患者が行っていればもっと多い数になる。中規模のこのメイリスという街からすると、かなりの被害になるだろう。


一体何が原因なのか…―――――



「お疲れ様でした。みなさんありがとうございます。患者さんの食べたものや場所などは聞き取れましたか?」


「聞き取ったわ。今みんなでそれを話していたんだけどね、患者さんはどうやら全員南地区に住んでいたの」


「南地区?」


「そう。このギルドから見たら、街の向こう側の一角になるんだけど、皆南地区に住んでいるのよ」


「それ以外の場所に住んでいる人はいませんでしたか?」


「自分の家は南ではないけど、昨日は南の家に遊びに行ってた人もいたわ」


「南の家ですか。食堂とか食材のお店に共通点はなかったですか?」


「ないわねぇ。あの辺は食料品店さえあまりない区域だし、中央区域まで買いに行っているから、それなら南地区以外から患者が出てもおかしくないでしょう?だから、全員が共通して行ってる店はなかったわ」



南の一角だけに食中毒症状が出ているという事は、南の一角に共通した何かがあるはず…………


3日前位までの飲食を聞き取りをしてもらったけど、もっと前の可能性もある。


食中毒なら3日より前に口にした物が原因となる事も珍しくなかったはず……患者さんに余裕がなさそうだったから思い出しやすい3日前までの内容を聞き取ってもらったけど、聞き取りに時間がかかっても1週間くらい遡って確認してもらった方が良かったかもしれない。


けれど、今の所ひとつだけでも共通点が分かったのは良かった。


ただ、考えてみても共通点は南地区の住人というだけで答えにはたどり着けなかった。




「ねぇ、キリル」


「ん?」


「南の地区を見てから帰っちゃだめ?」


「良いけど、疲れてないのか?」


「疲れてるけど、気になって。見ても分からないと思うけど、このまま帰っても寛げそうにないから」


「じゃあ行ってみるか」



今日1日手伝ってくれたキリルと一緒に帰る時、南地区を見てみたくてお願いした。



「うーん。本当に普通に家があるだけで他の地区との違いは感じられないね」


「だろうな。特に南は店が少なくて住宅地が中心だからな」



行ってみると本当にただの住宅街だった。野菜を売る屋台はあったけど、他には食料品店や飲食店はなかった。屋台で売られている野菜は新鮮そうで、原因になり得なそうだった。


やっぱり専門家でもなんでもない私が南地区を見たところで分かるはずもなかった。



「あ、なんだろう?綺麗」


奥の方まで歩いてみて、そろそろ戻ろうかと思った時、家と家の細い路地の奥に夕日で煌めいている水面がみえた。


家の壁に水面が反射して壁まで橙色に染めてキラキラしてみえる。



「ああ、貯水池かもな」


「へぇ。貯水池なんてあるんだ」


「この辺は川から1番遠い地区だからな。貯水池に水を貯めて使ってるはずだぞ」


「畑に撒いたりする用じゃなくて、生活用水なの?」


「多分な」



食中毒症状がある人の共通点が南の地区というだけなので、水も疑ったけどロラさんはこれまでこんな事なかったと言っていた。


貯水池で食中毒菌やウイルスが繁殖する事はあるのだろうか?あるとしても細菌やウイルスの知識はない。


それにこの世界に調べる機械や道具などない。調べるとしたら人体実験しかないけど、そんなことできないし。



「池っつっても結構でかいぞ。もっと近くで見てみるか?」


「うん。せっかくだから」



何の収穫もないけれど、折角ここまで来たし、綺麗な景色を見て今日の疲れを少しでも癒されてから帰ろう。


そう思ったのに―――



「えっ…………」



池に近づいてみると癒されるどころではなくなってしまった。




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