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毛生え薬


「レイニアちゃん。ちょおぉぉおっっっと内密に相談があるんだが、今少し良いか?もう帰るか?」


「大丈夫ですよ。何でしょう?」


「そのぉ……あのな。えーっと……誰にも言わないで欲しいんだけどな?」


「はい、もちろん言いません」


ギルドで働くようになって早半年。


最近は私の作った薬の効果を感じてくれたらしく、相当数が好意的になった。


初めの頃は、ギルドから指定された6種類の薬だけ作っていたけど、信頼してくれた人からは個別に薬の相談をされる事もある。



そろそろ定時だからと薬作りを切り上げ、今日作った分の薬をカウンター後ろの棚に置きに表へ出てきた時、グリーンさんがカウンターへ来た。


今も、何やら言いにくそうにしているから、薬の相談だろう。


個別の相談でも基本的には仕事に関係する薬の依頼が多いけど、薬の相談をしてくる人の中にはプライベートの悩みを解消する薬を求めている人もいる。


例えば、生理痛の薬や痒み止めの薬、普通に喉の調子が悪いとか、シミを消す美容液があるかと相談される事もある。


ギルドから指定された6種類の薬は売れた分だけギルドの収入になる。私は前世で言う月収制だから、指定薬がどれだけ売れても売れなくても月収に変化はない。


だけど、ギルド指定薬を作るのに支障をきたさなければ、それ以外の薬もギルドで作って売って良くて、それらが売れた場合はそのまま私個人の収入にして良い契約になっている。


大体は風邪薬や痛み止め等の日常的な薬だから安価だけど、指定薬以外の薬が売れると収入が増えることになる。


収入が増えると言う事はそれだけみんなから頼ってもらえるようになった証拠なので、素直に嬉しい。


前世でも今世でも、毎月お給料額を確かめる時はどきどきわくわくするものだ。


それに最近はギルドに所属していない一般の人も魔法薬を買いに来てくれるんだけど、前の村のように敬遠される事もなく街の人も普通に接してくれるのが何よりも嬉しい。


私が魔女の存在を知らなかっただけで、村人には魔女の魔法薬を作っている事が知られていたから怖がられていたみたいだけど、国が変われば魔導士も沢山いるし、魔女も受け入れられているようだ。



今、カウンター越しに私の目の前にいるグリーンさんはギルドメンバーだけど、身を乗り出して声を抑えているのでプライベートな悩みなのだろう。真剣に深刻そうな表情をしてるから、深い悩みがあると思われる。


真剣に聞いてますと少しでも伝わるように、居住まいを正して傾聴姿勢を取る。



「……毛を、増やす薬ってあるか?」


「へ?」


「屁じゃなくて毛。髪の毛」


「はい。あります」



低く呻るように言うからもっと深刻な悩みかと思っていたから、拍子抜けした。


まぁでも、薄毛は深刻な悩みって人もいるよね。



「あるのか!?」



グリーンさんは私のあっさりとした返答に驚いたのか、立ち上がって大きな声を出した。すぐに「やべっ」と椅子に座り直してまた声を抑えていたが、一瞬で注目を浴びたのは間違いない。



「ほ、本当にあるのか?」


「はい」


「そ、それ。俺に作ってくれないか?」


「良いですよ。でも、レアな材料を使うので、お値段もそれなりにしますけど」


「いくら?」


「分量によりますが、1粒でこれくらい」



毛生え薬は、ランクによっては10回分以上の報酬を払っても1粒分の代金にしかならず、使用量によっては1年分の報酬が飛ぶくらいに高価な薬だ。


よくある悩みだから需要はあると思うけど、材料がなかなか手に入らない物なので、どうしても高額になってしまう。



でも、幸いな事に今なら材料はある。


前にキリルの家の近くの森で見つけて採ったレアな苔とこの前キリルに捕ってもらった毛虫の毛。他はありふれた材料だけど、2つもレアな材料を使っているから高くなる。


薄毛は命に直接関わる事はないから、毛生え薬は商売目的な価格設定にもなっている。



毛生え薬が売れれば暫しお金に余裕を感じられるようになるから、材料を見つけた時はまさに目が眩んだ。


高額すぎて前の村では、2度しか売れなかったけど。


村では私たちの作った薬を買ってくれる人はいたけど、小さな村だし敬遠されてた感じがあるから、いよいよ必要に迫られて買いにくるくらいだった。


隣町の店に卸しもしていたけど、とてもじゃないが余裕のある生活とは言えなかった。畑で野菜を育てたり、野草や山菜を取ってきて食べる事も多かったから、この薬が当時の1年間の生活費位の金額で売れたことで、暫く生活に余裕が出たのをよく覚えている。


だからこそ、あの苔を見つけた時は周りが見えないくらいに夢中になったし、毛虫も何としても毛が欲しかった。



「そ、そんなにするのか……ううーん」


グリーンさんはうんうん唸りながら考え込んでしまった。庶民には即決できる値段ではないので当たり前だろう。



グリーンさんは確かに少しばかり髪が薄めだ。最近頭頂部が心許無くなり始めている。


でも、今すぐに毛生え薬が必要なほどは禿げていないように思うし、確か本人も最近禿げ始めた事をネタに話して笑っていた気がする。


まさかそんなに悩んでいたとは。


しかし、ここで唸って考えたところですぐに答えは出ないだろう。


「高価なものですので、よく考えてからの方が良いのでは?私にはまだ使わなくてもいいように思われますが」


「いや、俺自身はそこまで気にしてないんだ。禿げたら禿げたで良いかと。歳も歳だしな」


「では何故?」


「恥ずかしい話だがカミさんと喧嘩した時に『これ以上禿げたら離婚する』って言われたんだよ。喧嘩のきっかけは些細な事だったんだけど」



なんでも、『若い頃は身なりにも気を遣って素敵な人だと思ったのに!最近は禿げ始めた挙句、自分の禿げをネタにして笑ってるなんて、がっかりした!これ以上禿げたら離婚するから!』と言われたそう。


きっと奥さん的には小さな事が積み重なった挙句、禿げをネタに笑ってしまえるくらい身なりに気を遣わなくなった所も目について許せないのだろう。


もしかしたら奥さんは本当に禿げが嫌なのかも知れないけど、グリーンさんに必要なのは毛生え薬ではなく、昔のように身なりにも気を配る心なのではないか。



「えっと、薬は材料があれば作れますし、今なら材料があるのでゆっくり考えてみてください。その、かなり高価な薬ですし。期待できる効果は1年程なので、毛量を保ちたかったら繰り返し飲む必要があります。それだけの金額を使ったと奥様に知れたら、別の火種になる可能性もありますし」


「そうだよな。ちょっと考えてみる。ありがとな」



グリーンさんは少し寂しくなった頭を掻きながら帰っていった。



本当は毛生え薬を売りたい。せっかく貴重な材料も揃ってるし、蓄えを増やせるチャンスだから。


でも、今は生活に困ってないし、お金の為だけに売りつける事はできない。



因みに、この世界に銀行はない。王都とか都会ならあるかも知れないけど、そういう場所に行った事ないからあるのかどうかもわかならい。少なくとも前世のようにどこでもお金を預けたり引き出す事ができる環境はないから、大金持ちになっても困る。


前は家に金庫を置いてその中にお金を入れていたけど、今はマジックバッグの中にお金入りの金庫を保管している。もう無一文で切ない思いはしたくないから。



グリーンさんと話していたら、気が付けばもう私の定時は過ぎていた。


今日も無事に終わったと、「ふぅ」と息を吐きながら振り返ると、真後ろにマスターが立っていた。


全く気配を感じなかったから、激しくビクン!となってしまった。


(!?? びっ!っっくりしたぁ……!)



「今の話は本当なのか?」


「え?」


「毛生え薬があるって話」


「あ、あぁ……聞こえていましたか………」


「グリーンの事は漏らさんから大丈夫だ。それで、毛生え薬は本当にあるのか?」


「はい、本当です」


「生えるのか?」


「えっと、少しでも毛が残ってる人ならある程度までは生えます。というか、元に戻る感じです。効果は最長で1年程で、効果が切れるとまた抜け始めるので、必要なら毎年飲まないといけませんが」


マスターを初めて見た時は、白髭を蓄えて、白髪の上に全体的にぱやぱやとかなり髪が薄いからおじいちゃんだと思ったけど、55歳らしい。思ったより若かった。


20代に見えるロラさんと一緒にいると親子かおじいちゃんと孫程の歳の差が離れたカップルに見える。



「俺に作ってくれないか」


「良いですけど、マスターと言えどもこれは安くできませんよ?1粒50万プレで、マスターなら4……5粒あれば充分って位ですけど」


「構わん」


「あら?なぁに?ふたりで話してるなんて珍しいじゃなぁい」



そこにロラさんの明るい声が割って入ってくる。



「レイニアが、毛生え薬を作れるらしい」


「えっ。そうなの?」



きっとこれはロラさんには知られたくない話だろうから、どうやって誤魔化そうかと思ったら、マスターがあっさり話してしまった。


この夫婦に禿げの話題はタブーではないらしい。



「それを使えば生えるのかしら?」


「そうらしい」


「良いじゃない!ふさふさのダーリンにまた会えると思うと嬉しい!」


「うむ。レイニア、そう言う事だから頼む」


「レイニアちゃん、私からもお願い!」


「分かりました。今度、作って来ますね」




さっきチラッと後ろ姿が見えたからキリルがもう迎えに来てくれていたはず。


私がグリーンさんやマスターと話をしていたから、カフェの方へ移動する後ろ姿が見えたし、いつもより待たせてしまった。


急いで帰り支度をしてキリルのところへ向かうと、カフェスペースでマルティナさんを腕に巻きつけながらジーニアス達と飲んでいた。


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