表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/46

囚人ではありません




「うっ……っ………?」


「あ、気付いたか?」


「……え?………だ、だれ?」


「崖崩れに巻き込まれたのは覚えてるか?」


「崖崩れ………」


「俺がたまたま通りかかって、まだお前の命が繋がってるのを感じたから、俺が助け出した」


「そうでしたか…ありがとうございました」


女はまだ自分の置かれた状況を理解しきれていない様子だった。


だが、その男は女の戸惑いなどお構いなしに話を続ける。



「お前、何をやらかしたんだ?あの馬車は囚人を運ぶ用だろ?だから頑丈に作られたおかげで助かったんだと思うが、囚人にしてはお前は綺麗な格好をしてるよな?」


「―――……囚人ではありません。数日前に何故か家に異国の兵が人を訪ねて来て。師匠を探しているみたいだったから、師匠の弟子だと言ったら捕らえられたんです。私も訳が分からないまま窓もない馬車に閉じ込められて」


「ふぅん。じゃあその師匠が何かやらかしたんだな」


「でも、師匠はもう1カ月以上前に亡くなりました……」


「死んでなお危険、弟子までも危険人物と判断されるような事をやらかしていたんだろ」


「そんな……」


「心当たりはないのか?」


「全くありません。知り合う前の師匠の事はほとんど知りませんし」


「ふぅん。まぁいいや。俺には関係ないし」


「ですよね」


「手出せ。とりあえず、これでも食って元気出せ」


言われた通りに女が手を出すと、オレンジ色をした艶々の実がゴロゴロと手の上に乗せられる。傍若無人な雰囲気を感じさせていたが、男なりに気を遣ったらしい。



しかし。


「……これは、食べられません」


「あん?何でだよ。人が折角取ってきたのに好き嫌い言ってないで食え」


「これは加熱して食べないとお腹を壊します。あなたはもう食べてしまいましたか?」


「は?そうなのか?あ!だからこれ食った後いつも腹の調子が悪くなってたのか!」


「え!?いつも生のまま食べていたの!?」


「おう。生で食えると思ってた。生でも美味いだろ」


「絶対に加熱してください!生の状態だと微量に毒があるので、生のまま食べ続けると体内に毒が蓄積する可能性もあります」


「まじかよ……」



唖然とした様子の男だったが、少しして手で空中を扇ぐような仕草をすると、何処からともなく小枝が1箇所に集まった。


風があるわけでもないのに女の前に小枝の山ができる。


その様子に今度は女の方が唖然とした表情をした。



「もしかして、あなた、魔導士……?」


「そうだ」


男が答えた途端、ボッと音を立てて集まった小枝の山に火がつく。



「ひゃっ」



焚き火なんて表現の火力ではない。それは盛大なキャンプファイヤーと言った方がしっくり来るぐらいに炎が大きい。パチパチではなく轟々と燃えている。


不思議な現象に身を乗り出して見ていたため、危なく女の前髪が消滅するところだった。



「これで焼けるな」


「……」



男はオレンジ色の実を炎の中にぽいぽいと放り投げた。



「えっ!?」


「あ?」


「そんな真ん中に直接入れたら丸焦げになって炭になるのがオチでは?」


「そうなのか?」


「多分……」



とても不思議そうにきょとんとされたので、女は一瞬自分の予想がおかしいのかと自信がなくなってしまった。


でも、どう考えてもあんな適当に炎のど真ん中に投げ入れたら良い頃合いで取り出すなんて無理だ。しかもこの火力。炭になるのを待つ他ないだろう。


女はそう思ったが、またも男が炎に向かって手を翳して動かすと、炎の中から程良く茶色に焼けた実が宙に浮かんで女の前にぽとりと置かれた。



「炭になる前に取り出せば良いだけだろ。加熱したんだから食えよ」


「……ありがとうございます」



そんな取り出し方、普通の人はできない。反則だ。


そもそも魔導士など今まで拝んだことがない。王都や他国にはいると聞いたことがあるけど、女が育った国ではとても希少な存在だった。こんなことが平然とできる人がいると思うわけがない。



「ところでお前、名前は?」


「レイニアです」


「レイニアか。俺はキリルだ」


「キリルさん」


「さん、なんていらねぇよ」


「そうですか?ところで、その傷。ちゃんと洗わないと駄目ですよ」


お腹を満たし、お互いの名前を知った所で、レイニアはずっと気になっていた事をキリルに伝えた。


「は?こんなもん放っておいたって治るだろ」


「駄目ですよ!傷口に泥がついたまま放置するなんて最悪の場合、雑菌で化膿して腐ってしまったり、命を落とす危険もあるんですから!」


「はあ?そんなの聞いた事ねぇぞ」


「早く!早く洗ってください!急いで!」


「お、おう」




レイニアはこの土砂崩れで気を失っている間に大変な事を思い出していた。


前世の記憶。前世では日本人だった記憶である。


と言っても、前世はただの主婦。小さな子供の母だった。取り立てて何かの専門知識を持っているわけでもなく、特筆する点のない普通の人生 ―何かを強いて言うなら平均寿命の半分も生きられなかった位― だった。


だけど、前世の一般常識的な衛生知識や医療知識を思い出した今、今世が薬屋として生計を立てていたからこそ、今世の人々の知識の無さに愕然としていた。


転んで怪我をしてもそのまま。血が流れても止血らしい止血もしない。骨が折れてもちゃんとした固定をしない。前世なら命を脅かすこともない程度でも今世では簡単に命を落とす。


そんなだから当然川や池の水はそのまま飲むし、明らかに汚れないと手を洗う事もない。


地球の昔の時代とも色々な知識や技術の面で差があった。



夢を見ていたように前世の記憶を思い出し、目が覚めたら知らない男がいて、その男のペースだったから、思い出した事をゆっくり考える暇もなかった。


レイニアの勢いに負けてキリルが川まで傷を洗いに行って1人になったので、漸く前世日本人であった事と向き合える時間ができた。


とはいえ、向き合った所で今はレイニアとして生を受けこの世界で生きているので、郷愁なども感じない。


ただこの世界の衛生知識をもう少しどうにかした方がいいだろうなと感じただけだ。


前世は普通の主婦だったから、専門的な知識は皆無。とはいえ、この世界の衛生知識は前世の一般常識レベルにも程遠い。


自分の一般常識レベルの衛生知識や医療知識でもこの世界に広まれば、辛い思いや苦しんでいる人を少しでも減らせる可能性もある。


この世界にはインターネットとかテレビや電話も無いし、すぐそばに居る人に教えることしかできないけど。



そんな事を考えていると、遠くでガサガサ音がしたのでキリルが戻ってきたのかと音のする方を見ると、えんじ色の軍服を着ている男性が2人。


恐らくうちに突然押しかけてきて私を捕らえた者達と同じ軍服を着ている。



『ダリアレルファを出せ』


『そんな人は居ませんけど』


『ここにいる事は分かっている。老婆とて見逃せないのだ。出せ!』


『老婆……?ダリアさんの事を言ってるのなら、先月亡くなりました』


『亡くなっただと!?まさか』


『本当です、お墓まで案内しましょうか?』


『お前はダリアレルファとどういう関係だ?』


『あなた方の言ってる方がダリアさんの事なら、私は弟子です』


『ならば、秘薬の製造方法を知っているのか!?』


『秘薬?何のことだか、』


『捕らえろ!この娘を連行する!』


『ちょっ!?なに!?やめて!』



そして、1日1食の質素なご飯を与えられて、おおよそ1週間程になるだろか。窓もない馬車の中に閉じ込められてどこかに連れて行かれる途中だった。


トイレの時だけは一応外に出してくれたのが救いだったけど、3メートル先に男性がいる前で用を足さなければいけないのは拷問に近かった。



彼らの言う秘薬とは何のことか全く心当たりが無い。


―――レイニアは戦争孤児で、入った孤児院では大人たちのストレスのはけ口のように子供達は酷い扱いをされていた。


私は体が丈夫だったから、なかなか弱らないのを良い事に、他の子よりも酷いことをされていた。


耐えかねて真夜中に隙をついて飛び出したけど子供に生活能力なんて無いから、食べ物も飲み物も手に入れられず行き倒れている所をたまたま通りかかったダリアさんが助けてくれたのだ。


ダリアさんと共に旅をしながら流れ着いた小さな村でダリアさんが薬屋を開業して、約15年ダリアさんから薬作りを学んだ。


数年前にダリアさんからは「レイニアにはもう全ての調薬レシピを教え終わってしまったな」とは言われたけど、秘薬の作り方なんて聞いた覚えがない。


ダリアさんは出会った時にはすでにおばあちゃんで、とても慈悲深く優しかった。だから何か犯罪を犯すような人には見えなかったのに。


何をやらかしたんだ、ダリアさん。


こんなに時間が経ってても兵士が来るって、キリルの言う通りヤバイ事をやらかしたんだろうな。その秘薬とやらを知ってるかどうかも分からない弟子まで捕らえる位だし。


ダリアさんに拾ってもらった事は心から感謝してるけど、もしかしたら私を拾ってくれたあの時は逃亡中だったかもしれないってことだよね―――



またガサガサと音が近づいてきて、思考の渦から引き戻された。


今は兎に角、あのえんじ色の軍服を着た人に見つからないようにしなければいけない。


(いたた……)


焚き火の近くにいたらすぐに見つかるからそっと移動しようと体を動かすと、体中が痛かった。


轟音と共に馬車がぐらりと横転したために咄嗟に頭を守ったけど、馬車の中でごろんごろん転がった気がする。色々打撲している。打撲で済んだのは奇跡なくらいだろう。



遠くに逃げたかったけど、体が痛すぎて近くの藪に身を隠すのがやっとだった。


斜め掛けにしている小さなポシェットを握りしめる。


この小さなポシェットは今の私の唯一の持ち物で財産だが、守ろうとしてというよりただ何かに縋りたかった。



ガサガサと音が近づいて来る。


「まだ火がついてるって事はそう遠くには行っていないな」


「探すぞ」



焚き火の前で2人の男が周囲を見渡した後、1人はこちらの方に足を向けた。


ぎゅっと目を瞑り息を殺すが心臓の音がうるさい。


どんどん足音が近づいてくる。


(……見つけないで)


反対の方でガサッと音がすると、直後に間近でシャッと剣が鞘から抜かれたような音がした。



「あん?なんだお前ら?」


「お前こそ何者だ!」


「あぁ。あの土砂に埋まってる奴らと同じ軍服だな、それ」



キリルの場にそぐわない呑気な声が聞こえて、そっと様子を伺う。


彼は魔導士だ。背中には大剣も背負っている。きっと少しは戦えるのだろう。


でも、魔導士を見たのは初めてだし、そもそも彼の力量が分からない。


兵士2人を同時に相手して大丈夫なのだろうか?巻き込んでしまったのでは…………。


知らないふりをしてやり過ごして欲しいけど、兵士の方は警戒心マックスの臨戦態勢に見える。


1人の兵士が剣を高く構え、もう1人は低く構えている。2人とも今にも走り出して斬りかかりそう。



キリルはただ通りすがりに私を助けてくれただけ。そんな人を巻き込むなんてだめだ。


私が姿を現せば、私を捕らえるだけで彼は見逃してくれるだろうか。


―――頭ではそう思っているのに、体が強張って足が踏み出せない。




ザッザッと2つの地面を蹴る音がして、2人の兵士が一斉に斬りかかった。


ぎゅっと目を瞑ったが、ザザーッと足が滑ったような音がしただけで、叫び声も呻き声も聞こえない。


代わりに、超至近距離でガサッと音がして、軽く浮くくらい全身がビクンと跳ねた。



「ここにいたか。面倒だから行くぞ」



キリルの声がして肩を掴まれたと思ったら、くらりと眩暈を感じた。


次に目を開けた時、私は草原の中に寝ていた。



※作中に出てくる医療知識や衛生知識は、レイニアの前世の記憶に基づくものであり、専門的な根拠はなにもありません。

著者自身も専門知識は持ち合わせておりませんので、あくまでもフィクションであることを考慮してお読みください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ