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正式にギルド職員になる


「―――それと、こちらの傷薬ですね。傷口は必ず水で洗い流して汚れを落としてから、この傷薬を塗ってください」


「分かった。汚れてなければそのまま塗って良いのかい?」


「錆びた刃物で切った場合などもですね。目には見えなくても傷口に汚れが付着していることがあります。綺麗に見えても水で洗い流してから塗布するのが無難です。あ、薬を塗るときは手も洗ってからにして下さい」


「分かったよ。んじゃ行ってくるわ!」


「はい。行ってらっしゃい」



カウンター越しにこれから任務に向かうおじさんを笑顔で見送る。


私はギルドの職員として採用され、魔女の魔法薬を作る生活を送りはじめた。



私の作る薬はギルドメンバーに概ね好評で、好意的に話しかけてくれる人が増えた。仲間に入れてもらえたようで嬉しい。


ただ、私の見た目年齢のせいもあるのか、新参者を信用できないのか、私の作った薬に懐疑的で使いたくないという人もまだ一定数いる。


『レイニアちゃんの薬はよく効くのにぃ。王都から取り寄せてた分が無くなったら、レイニアちゃんの薬しか扱わないからね!どうしても嫌なら毎回王都まで自分で買いに行くことぉ』とロラさんが懐疑的な人に怒りながら言っていた。


ロラさんは『魔女は皆から歓迎されると思う』と言ってたけど、魔女だからといって皆が手放しで歓迎してくれているとは言えない状況。


でも、一度使ってくれた人からお礼を言われたり、今度は違う種類の薬を頼まれたりするととても嬉しい。私でも皆の役に立ててるって思えるから。他人から必要とされるって、生きるための活力になるよね。



ここ最近は薬を渡すためにカウンターに出る事も増えた。


ギルドとの契約では、数種類の指定薬を作る事だけが魔女として与えられた仕事だった。


ギルドの奥にある部屋を一室、私の薬作り専用の部屋として設備を整えてくれたので、そこでせっせと薬を作っていた。奥の部屋で昼間に作って、帰宅前にカウンターの棚に薬並べる一瞬しか表には出ていなかった。


私の作った薬を売ってギルドメンバーに渡すのは、ロラさんをはじめとするカウンター業務のお姉さん方の仕事だったから。私が来る以前、王都の魔女から魔法薬を仕入れて売っていた時もそうしていたらしい。


最初はそれで別に良いと思ってた。その方が私も薬作りに集中できるし分業は助かると思った。


でも、働き出してすぐに休憩中に表のカフェ部分でお茶を飲んでいたら、近くの席で汚れた傷にそのまま薬を塗っている人を見かけて、慌てて止めた。


そして最近忘れかけていたけど思い出した。この世界の人の衛生知識の乏しさを。


だから、初めての人に薬を渡す時はできるだけ使い方や注意事項を説明してから渡すように変えた。というか変えてもらった。


カウンター係のお姉さん達にも使い方や注意事項、それを守らなかった時のリスク等を説明して、売る時に同じ事を言ってもらえるようにお願いしてある。


そのおかげで、新しい薬を受け取るときは用量や用法の説明を聞いてくれる人も増えたし、表向きかも知れないけど推奨している方法に従ってくれる人が増えた。


少しずつこのギルドにいる人達に最低限の衛生知識が浸透しつつある。



思えばキリルも最初は泥だらけのまま傷口を放置してた。


そのままでも治るから大丈夫とか言ってたっけ。


キリルが実は凄い人だと知った後に、『じゃあなんで最初に会った時に怪我していたの?もしかして大変な事が起こった後だった?』って思って聞いてみたことがあった。あの時は貴族のお嬢様の護衛っていう任務の帰りだって言ってたし、襲われたりしたのかと心配したのに―――――



『あぁ。あの時は崖崩れすげぇなぁってよそ見してたら、木の根に引っかかって躓いたんだ。つんのめってバランス取ろうと足をついた場所に土砂崩れで転がってきたらしい丸い小さい石がいっぱいあって、滑った。転びそうになった勢いにさらに勢いがついて結構派手に転んだんだ』



もしかして……と思い出して心配してたら、結構しょうもない理由に脱力したのを覚えている。


最初は生のまま食べられない果実を生のまま食べたり生水をそのまま飲んでお腹を壊していたキリルが、今では帰宅後の手洗いうがいも習慣になった。


あの時が遠い昔の様に感じるくらい、キリルと一緒にいる事が馴染んでいて、それが当たり前のように感じている。



「レイニアちゃん、休憩に入って良いわよ」

「はい。じゃあ休憩いただきます」

「はぁい」


カフェスペースに移動して、最近お気に入りのケーキを注文する。ここのカフェスペースは一般の人にも開放されているからか、カフェメニューも酒場メニューも豊富にある。


今日はベリー入りで甘酸っぱい香りがするカップケーキだった。


キリルの家にはオーブンがないから、カップケーキやパウンドケーキなどのお菓子は外でしか食べられない。結構良いお給料を貰えることになったから、ついこういう贅沢をしがち。



カップケーキに齧りついていると、マルティナさん達3人がギルドに入って来た。


マルティナさんは私を無視してまっすぐカウンターへ進んで行く。



「お、レイニアちゃん。休憩?お疲れ様」

「うん。ジーニアスとティモも、お疲れさま」



キリルとギルド内で喧嘩したため、私とキリルは付き合っていると皆に認識されている。『キリルが女の子と痴話喧嘩してた!』とギルドメンバーに一斉に広まったらしい。おかげでギルドで働き出してすぐは魔女としてよりも『キリルの彼女』として認識されていたくらいだ。


間違ってはいないけど、あの時はまだ付き合っていなかったし、正式にギルド職員になる前に多くの人に恥ずかしい所を見られているのが居た堪れない気持ちになる。



それと、キリルとの交際が知れ渡っているのはあの喧嘩だけが原因では無い。


相変わらず過保護なキリルが心配して、朝と夕方、私の通勤を送り迎えしてくれるのだ。


最初はキリルの事を揶揄う人もいたけど、キリルが『あ?それがどうした?大切なら守るのは当然だろ』と、あまりにも平然とし過ぎてて弄りがいがなかったらしく、それもすぐに収まった。



ただ、マルティナさんは私の存在などまるっきり無視して、キリルの前では以前と同じような態度を貫いている。


付き合いだしてまだひと月に満たないけど、既にギルド公認カップルみたいな状態だからマルティナさんが知らないわけがないのに。


私が横にいても関係なくキリルに胸を押し付けて腕に絡みつくし、事あるごとに好きだと言っている。


ジーニアスやティモの方が気を遣ってマルティナさんをキリルから引き離してくれるくらい、マルティナさんは通常営業だ。


マルティナさんがキリルにベタベタするのは嫌だしやめて欲しいけど、私からは言いにくい。


冗談めかしている感じもあるけど、付き合う前からマルティナさんのキリルへの想いが本気なのは気付いていたから、なんとなく後ろめたい気持ちがある。


こういう時ってどうしたら良いんだろう―――



「レイ、」


「きゃーキリル!会えて嬉しいわ!私に会いにきてくれたの?」


「ちげぇし。レイニアの迎えだ」


「もぅ。そんな小娘放っておいて久しぶりに皆で飲みましょうよ」


「あー。いや、また今度な」


「えー……この前もそう言っていたじゃない…………」


「また今度な?―――レイ、行くぞ」


「あっ。約束よ!」



夕方、私を迎えに来たキリルにマルティナさんが駆け寄って腕に巻きつくのは、もはやいつもの光景。他の人も特に気にしていない程に日常だ。


キリルが自分の腕に絡みついてるマルティナさんを宥める様に引き剥がしてから出口に向かって歩き出した。


「あ、お先に失礼します」


「はぁい、レイニアちゃんお疲れさまぁ!」



出口に向かう時、マルティナさんの横を通る際にチラッと見ると、私の方に冷たい視線を向けているマルティナさんと目が合った。


会釈でもしたほうが良いかと迷う間もなく、フイと目を逸らされる。


皆と一緒に飲んでいる時には私に向かって嫌味を言う事もあるけど、何か嫌がらせをされる事もない。今のように無視されることが基本だ。


だからこそ、どう対応したらいいのか迷ってしまう。


今世は当然、前世でもこんな経験がないから困る。



ゆっくり先を歩いていたキリルに追いつくと、すっと手を取られてしっかりと握り込まれた。


まだ付き合ってひと月くらいしか経ってないけど、キリルの手の大きさも温かさも握り込む力の強さもすっかり馴染んでいる。



付き合うまでは過保護にされることはあっても甘い雰囲気なんて皆無だったから、付き合うことになってもキリルと手を繋ぐって想像できなかった。


硬派とも違うけど男らしいタイプだし、自分からはベタベタしない人かと思ってた。


マルティナさんに絡みつかれても、絡みつかれていないかのように何事もなく平然としていられる人だし。



でも、付き合って初めての外出時に、家の外に出ると普通にキリルから手を繋いで来て、かなりどきっとした。


キリルが恋人にだけ見せてくれる一面を見た気がして嬉しかったし、照れくさくて恥ずかしくなった。


ギルドメンバーに見られるのは流石にキリルも恥ずかしいのか、家からギルドへの送り迎えの手繋ぎは少し離れた場所までだし、ギルド内では付き合う前とほぼ変わらない距離感を保っている。



ただ、私にはキリルがマルティナさんに気を使っているように、接し方が少し変化した気がする。



「今日は晩御飯の材料買って帰りたい」


「分かった。晩飯何?」


「何か食べたいものある?」


「肉。トマト以外」


「んー……じゃあとりあえずお肉屋さんだね」



お肉屋さんでは牛の挽き肉を買った。


お金を払って買った物をお店の人から受け取ると、横からキリルの腕が伸びて来て、今買った物を奪われる。


これくらい普通に持ってても重いような物ではないし、マジックバッグのポシェットに仕舞えば重さも感じないのに、付き合ってからはいつもキリルが荷物係をしてくれる。



「ありがと。次はスパイスを売ってるお店に行きたいな」


「ああ」



そして、荷物を持ってない方の手で、また私の手を取る。



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