ちびっこだから
連れて来てもらった草原には依頼書に指定されていた薬草が沢山生えていた。
薬の材料は自分で取るものだと思っていたけど、 普通の薬屋さんは自分で薬草を取りに行くことはあまり無いんだとか。魔女は自分で取れるものは自分で取りに行く―――そこからして既に私は普通の薬屋ではなかったと言うことだ。
『一箇所から根こそぎ採るもんじゃないよ。恵みに感謝して、次も、来年もその先も与えてもらえるように。だから、間引くように採るんだ。新芽である必要がなければ新芽は残して。必要な分だけを採るんだよ』
初めてダリアさんと材料を採りに行った時に教えられた事。
間引く様に収穫して行っても思った以上の量が採れた。
依頼書の内容に採取の量は指定されていない。買い取ってくれる薬草の種類が書いてあって、キロ単位の参考買取価格が書いてあるだけ。
この依頼書に書かれている薬草をギルドに持っていけばその日の買取価格で買い取ってくれるという簡単な仕組みらしい。街の普通の薬師や料理に使うハーブを料理人が買いに来たり卸すそうだ。
顔を上げるとキリルがこちらに歩いて来ていた。キリルも一旦収穫し終えたのだろう。
「お昼にしようか」
「なんか持って来てるのか?」
「うん。今朝のパンケー…あぁっ!」
「どうした?」
「ひとりで来るつもりだったから、ひとり分しかない……」
「……そうか」
一人前。しかも私用の一人前だから半分こすると、キリルには腹の足しにもならなかった。
ああ、私って本当に役に立たない。
自分がこんなにポンコツだとは知らなかった。
「ごめん。ちゃんと確認しておけば。せめて家を出た時に気付いていれば……」
「まぁいいよ。採った薬草をギルドに持っていったらそこで何か軽く食えば良いから」
「うん」
「これくらい気にすんな。あれだ、ほら。初任務成功後の打ち上げだ。するんだろ?」
「うん、そうだね」
そう言われると、あっという間に切り替えて打ち上げに思考がシフトした。
キリルとの打ち上げ、楽しみだな。
その後、もう少しだけ収穫をした後でギルドへ向かった。
◇
ギルドのカウンターに行き、マジックバッグの中から収穫した薬草をそれぞれ取り出す。
キリルは草原まで手ぶらだと思ったら、ポケットから巾着のような小さな布袋を出してた。あれがキリルのマジックバッグなのだろう。
そういえば、出会った時も手ぶらだったのに、ご飯の材料は布袋から取り出していたっけ。
ポケットに入っていたのか。ポケットに仕舞えるの便利そうだな。 マジックバッグの中に入れてしまえば小さく折り畳んでも構わないし。
自分でマジックバッグを買う時の候補にしようと密かに思った。
「まあ!凄い量ねぇ!数回分位の量があるわよ!?頑張ったわねぇ!」
「本当にすげぇ量だな、おい」
「キリルも一緒に行ったのよね?真面目にやったの?」
「やったわ!3時間位でこの量って、レイニアが異常なんだ」
「3時間!?それならキリルにしては頑張った方ね。―――…レイニアちゃん、どうやって採ってるの?」
私とキリルでそれぞれ取って来たものをカウンターの上に出すと、倍以上の差があった。
お姉さんもキリルもちょっとぎょっとした表情をした。
いつも通り普通に採ってただけなのに、そんなに驚く事だろうか?
「普通にいつも通りに採ってたつもりですけど、お金を稼がなきゃって少し頑張りました。あ、でもあそこはたっくさん生えてましたよ。だからじゃないですか?」
「普通に……?まあ良いわ。報酬を計算するから少し待っててねぇ」
お姉さんを待ってる間、横からキリルにじっと見られていて少しドギマギしてたら「ちびっこだから素早い動きで収穫ができるってことか?」と呟いた。
聞こえてますけど?
「お待たせぇ。今回の報酬はこちらでどうかしら?希少な薬草もたくさん入ってたから少し色を付けたのよ」
「ああ、良いぞ。良いよな?」
「うん」
提示された金額は4万プレ。
よく分からないけど、キリルがすぐに了承したということは悪くない額なのだろう。
キリルが数回で3万プレ位なら直ぐ稼げると言っていたのは本当だったんだ。
今回は2人で4万だから道具代には少し足りないけど、予想より良い報酬額だと思う。
同じようにもう一度やれば道具代にはお釣りが来る。
それにメイリスに来るまでの間の宿代や今までの食事代も立て替えてもらってるから返さなれけばいけない。
後何回か薬草集めをしたら返せるだろう。
お金を稼げる様になったら1人で暮らす家も見つけないと。
いつまでもキリルの家でお世話になっては迷惑だろうから。
少し寂しいけど、早く独り立ちしないといけない―――
お金を前に考えていたら、横から手が伸びてきて目の前のお金から1万プレがすっと抜き取られた。
もちろんその手はキリルの手だ。 大きくて長く形の良い指が色気を感じさせる手をしてる。
「ん?なんで1万プレだけ?」
「なにが」
「え?だって2人で4万なんだからひとり2万プレじゃない。はい」
「収穫量が違っただろうが。良いんだよ。俺の分はいらないって言っても納得しないだろ?だからレイニアが3万。俺が1万。俺はおまけみたいなもんだ。腹減ったから飯食うぞ。初任務成功後の打ち上げするぞ」
「えっ」
有無を言わさずキリルが席を立って移動してしまった。
キリルを追いかけてギルドのカフェスペースに移動すると、昨日キリルと同じテーブルを囲んでいた男女がいた。
「よぉ、キリル」
「きゃー!キリル!2日連続で会えるなんて、私達ってやっぱり運命じゃないかしら?髭剃ってるって事は任務だったの?」
キリルに気付いた女性がすぐに飛んできてキリルの腕に巻き付く。腕に押し付けた胸の形が変わる程むにってなってるな。
あれで彼女ではないっぽいのが凄い。
その人は今日も面積の少ない衣装を身に纏っている。
イメージ的には昔のアラビアンな雰囲気の踊り子の衣装に似てる。
ビキニに透け透けのスカート。
スカートって言っても上までスリットが入ってて、全く意味のない透け透けオーガンジーだから隠す目的ではないやつ。
「こっちで一緒に飲みましょうよ」と言って、自分達のテーブルへキリルをグイグイ引っ張って行った。私を置き去りにして。
彼女が一緒に飲みたいのはキリルだけだろう。
置いていかれた私はどうしたら良いんだろうか。
ああ、またも疎外感と孤独感。
それに、あんまり見たくない光景―――――
帰ろうかな……このまま道具を買いに行こうか…………と思っていたら、キリルが振り返った。
「レイニア、何してる?」
「あ、あー…帰ろうかなって……」
「あら?お帰り?残念ねぇ。さようならぁ」
「は?何言ってんだ。初任務成功後の打ち上げするんだろ。早く来い。レイニアも腹減ってるだろ?」
「でも…いいの?私も一緒で……」
「何言って、」
「お!初任務だったの?こっちの席にどうぞ。お嬢さん」
「それなら飲まないと!こっちおいでよ!一緒に飲もう」
女性からは露骨に邪魔扱いされたけど、周りの男性2人は好意的に迎え入れてくれた。
それは嬉しいけど、でも、ふたりで打ち上げするんじゃないんだ。 ふたりが良かったな、なんて。
「俺はジーニアス。こっちがティモ。で、キリルに纏わりついてるのがマルティナ。俺たちは基本的に3人でパーティー組んでるんだ。よろしくね、お嬢さん」
「あ、レイニアです。よろしくお願いします」
「ティモだよ。よろしく!今日初任務だったんだって?正式加入なの?」
「はい。初任務ですけど。一応まだお試しというか」
「ああ、敬語なんて使わなくて良いよ。名前も呼び捨てで。まだお試しなんだ。レイニアちゃんは何飲む?ジュース?」
「あ、お酒でも大丈夫です」
「「え?お酒飲めるの?」」
どういう意味かな?
ジーニアスもティモも私が未成年だって思ってたってこと?
「ぶはっわははは!ほら!子供だと思ったのは俺だけじゃなかっただろ!?」
「むうぅぅぅ……!」
「ご、ごめんね。若く見えたから…いくつなの?」
「23。もうすぐ24」
「あっ……結構大人なんだね」
「あははは!」
「結構?」
キリルが笑いながら言ってくるからイラっとした。笑いすぎだし。
直ぐにティモが間を取り持つように歳を聞いてきたけど、そのリアクションは何?
「ティモ。喋れば喋るほど墓穴掘るから黙ろうか?初任務は何したの?お試し登録ってことは、ペット探し?野菜の収穫の手伝いかな?まさか討伐じゃないよね?」
「薬草の採取」
「へぇ!薬草の知識があるんだ!どこに採りに行ったの?」
「草原に。キリルが連れて行ってくれたから、名前が分からないけど」
「え!?キリルが!?」
「連れてってくれたって、もしかしてパーティー組んで行ったの?」
「う、うん。そうだけど」
少し身を乗り出して聞き返されたからびっくりした。思わず身を引いてしまう。
ふたりともなんでそんなに驚いているのだろうと思っていると、一際大きな声が響いた。
「嘘でしょう!?嘘よね!キリル!こんな小娘とパーティー組むなんて!何かの間違いよね!?」
マルティナさんがキリルに詰め寄ってる。
小娘………
小娘って年齢ではないけど、マルティナさんと比べたら小娘に見えるだろうなと自分でも納得してしまった。マルティナさんの年齢は分からないけど、セクシーな雰囲気で豊満な体つきだし見た目年齢は明らかにマルティナさんの方がお姉さんだ。
私が年齢を言った後でも小娘と言うくらいだから実年齢も上なのだろう。
「間違いじゃねぇよ」
「なんでよ!どうして!?私がっ、私達が何度も組もうって誘ったのは全部断ってたじゃない!他の人からも誘われるのに絶対誰とも組んでこなかったじゃない!それが、どうして!?どうしていきなりこんな小娘と組むのよ!」
「耳元で喚くなよ、うるせぇから。あといい加減離せ」
キリルがパーティーを組んだのは私が初めてだったの?
そんなに心配してくれたってこと?やっぱり保護者として?
大人しくキリルから手を離したマルティナさんにキッと睨まれた。
「小娘のせいでキリルに怒られたじゃない!」
えぇー……?今のは私のせいでは無いと思う。




