眼鏡の下は美少女的なあれ
「おぉ!?なんだこれ!初めて見る料理だな」
「これは、えーっと味染み玉子とうどんって料理」
「この麺がうどんって名前なのか?ぶっといパスタじゃないのか」
あの後すぐにキリルとギルドに向かった。
お姉さんが「もう薬できたの!?」と驚いていたけど、薬作りに使う道具を買うお金もないから、資金集めのためにギルドに登録したい事を伝えると、すると直ぐに手続きしてくれて、低級レベルでもできる野草集めの依頼を任せてくれた。
ギルドに登録すると、実力に関わらず誰でも最初は必ずスターターと呼ばれるEランクスタートらしい。実力者は1〜2回の仕事で所属ギルドの裁量ひとつで一足飛びで中級のBランクまで行くこともあるんだとか。
Aランクは難易度の高い依頼になるから、必ず昇格試験を受けて国際ギルド協会が定めたレベル以上の実力があると認められた人しかなれないらしい。
もちろん私はEランク。私はどんなに頑張ってもせいぜい低級のDランクまでだろう。全く戦えないし。
ギルドから戻り、そのままなんとなくの流れで今日もキリルの家に滞在している。
いつまで滞在して良いのかはっきりさせなければいけないと思いつつ、キリルが何も言わないので甘えてしまってる。まだお金もないし。
と言いつつ、朝の段階で今夜も泊めてもらうつもり満々で、キリルが買ってきてくれた卵を使って煮卵の仕込みをしていた。
この世界に醤油はないけど魚醤はあるのだ。キリルの家に臭みのない魚醤があったので、少し水で薄めた中にゆで卵を入れておいただけの簡単な物。
簡単で美味しいから前世では麺つゆでよく作った煮卵。
実際には煮ないから味染み玉子と言う方が正しいだろう。
この世界の主食は小麦だ。キリルの家にも小麦粉は沢山あったし今日は夕飯まで時間に余裕があったので、うどんを作ってみた。
小麦粉の種類が分からなかったけど、多分大丈夫なはず。
茹でたうどんに魚醤を絡ませて、生で食べられる野菜を刻んだものと煮玉もどきの玉子を添えた。トロトロの超半熟卵にしたから黄身が良い感じにうどんに絡むだろう。
「ん!?美味い!初めて食べる料理だ」
フォークに巻いてうどんを食べるキリル。
うどんをフォークでって、巻きづらそうなのに器用だ。
髭もじゃなのに、髭に付けることもない。
丸焼き料理や野営料理の時は分からなかったけど、意外と上品に食べるんだよね。
そして今日はデザートも作った。
今日のデザートはフルーツ飴。
ギルドに行った時にお姉さんが『貰い物だけど』とお裾分けしてくれたベリーに飴を纏わせた。
「パリパリの外側と中の甘酸っぱさが良いな。これも初めて食べる。美味いこれ!」
キリルはやっぱり甘い物好きらしい。
小粒なベリーをポイポイと口に入れ、目を輝かせてあっという間に平らげた。
ちょっと子供みたいで可愛い。
◇
「あれ?今日は早いな。どうしたんだ?」
私はどうやら朝が苦手らしい。
いつもキリルより起きるのが遅くて、旅の間も何度か起こされたことがある。
でも、今日はギルドの初仕事だし、少し気合を入れて起きた。それでも私が起きた時にはキリルはもう起きてたらしくシャワーを使う音が聞こえてきていた。
今は朝食兼仕事中のお弁当にしようとパンケーキを焼いている。
ふくらし粉になる物がなかったから、ペタンとしてるけど。
いつもはギリギリまで寝てる私がもう起きてご飯を作ってる事にキリルは驚いたような声を出している。
「失礼な。私だってやれば早起きできるんですよ」と思いながら振り返ったら、知らない人がいた。
どちら様?
あれ?キリルは?
キリルの声がしたと思ったのに。
なんか既視感あるけど。
「……」
「どうした?」
「……え!?」
「あ?なんだよ?」
「キリル?」
「なんだ?まだ寝ぼけてんのか?」
「ええ!?えっ?えっ!?キリルなの!?」
つるっとすべすべお肌の精悍な青年が私の目の前にいるけど、声と喋り方はキリルで間違いない。
「髭はっ!??」
「剃った」
「なんで!?」
「任務初日は必ず髭を剃る事にしてるんだ。験担ぎみたいなもんで」
「任務?」
「レイニアの初任務だろうが。今日」
「あぁ。うん。…うん?」
私の初仕事の為に験担ぎで髭剃ったの?
いや、それより。
あの髭もじゃの下にはちゃんと26歳相当の顔が隠れていた。
髭ってあるのと無いのでは随分と印象が変わるんだな。
出会った時から無精髭が生えて日々もっさりしていってたからおじさんっぽく見えてたけど、たしかに目元は同じだ。
印象的な紫色の切れ長な瞳だと思ってたけど、髭がなくなったら涼やかな目元に見える。
眼鏡の下は美少女的なあれか?
髭剃ると美丈夫……は言い過ぎかもしれないけど、全然違う。
正統派な王子様系ではないけど、男らしく精悍な感じがかっこいい。好みかも…―――
「凄い……」
「何がだよ?つうか、なんか焦げ臭くねぇか?」
「!? あーっ!―――…あぁ〜焦がしちゃった…………」
「朝飯?」
「うん。パンケーキ。もう少し待ってて」
ランチ用には蜂蜜とバターを塗って、ガラスのタッパーに入れた。マジックバッグに入れれば、ガラスの器でも割れる心配をしなくて良いのが良い。
朝食用はプレーンのまま大皿に重ねる。
昨日貰ったベリーの残りで作ったコンポートと蜂蜜、バターは別添えで。
ベーコンとサラダも別皿に。
取り皿も用意して、自分で好きな組み合わせで食べてもらう。
「なんか凄いな。朝から豪華」
「好きにトッピングして食べてね」
私はまずは食事系のベーコンから。
キリルは予想通り最初からコンポートに手を伸ばした。
「うまっ。レイがいたら朝からこんなの食えるのか。いいな」
「気に入った?」
「あぁ、美味いよ」
「じゃあまた作るね」
「楽しみだ」と嬉しそうに笑った顔が無邪気で、髭がなくなった分表情がよくわかって、妙にどきどきする。
その後もキリルは蜂蜜とバター、コンポートとバター、蜂蜜のみと甘い系パンケーキを堪能していた。
嬉しそうに食べてくれるから作り甲斐があるな。
「よしっ。じゃあそろそろ行こうかな!」
「あぁ、行くか」
「へ?」
「初任務だろ。行くぞ」
「え?」
お皿を洗い終わって、キリルに初仕事に行ってくる事を宣言したら、当然の様にキリルが「行くぞ」と玄関から出て行く。
私の仕事だから1人で行くつもりだったけど、一緒に行ってくれるのだろうか?
「え?キリルも来てくれるの!?」
「レイニア……昨日聞いてなかったのか?パーティー登録してただろ」
「あー、そういえば。パーティーってなんだろうって思ってた」
「パーティー知らんかったんか」
「任務成功後の打ち上げの話でもしてるのかと」
キリルが脱力した様な気がした。
ギルドの存在すら知らなかったんだからしょうがないじゃない。
「ギルドのパーティーってのは、一緒に組んで仕事する人達の事だな。そうだな、チームって言えば分かるか?」
「キリルと私、チームなの!?」
「とりあえず今回の任務はな」
「あ、ありがとう」
「分かったなら行くぞ」
「うん」
昨日とは別の場所に来た。
キリルの家がある森から街を挟んで反対側に草原が広がっている。薬草がよく生えている場所らしい。
「じゃあ始めるか。別々に薬草集めするんで本当に良いのか?」
「うん大丈夫……何?」
キリルがじっと見降ろしてくる。
髭のない顔にまだ見慣れていないし、その顔で見られると知らない人みたいでなんだか緊張するんだけど。 思わず目を逸らしちゃった。
「なんで目を逸らす?」
「え?いや……べつに」
「この辺はあんま魔獣は出ないけど、油断して1人で遠くへ行くなよ?奥の方は魔獣が出ることもあるし、迷子になっても困るしな。何があればすぐ呼べよ?下ばっかり見てないで周りを見ながら移動するんだぞ。電撃スティックはちゃんと持ってるか?」
お父さん。
無言で電撃スティックを持ってる手を顔の横に掲げると、キリルは「よし」と言って深く頷いた。
「ねぇ。私がお金を稼ぐための仕事だし、キリルは休んでて良いんだよ?」
「なんでだよ。パーティーだっつっただろ。サクッと終わらせるぞ」
付き合ってくれたキリルの優しさは嬉しいけど、私が必要なお金を稼ぐ為に始めた仕事にキリルを付き合わせるのが申し訳ない。
彼のランクは知らないけど、多分Aランクだよね。翼のある黒豹みたいな大型の魔獣を一瞬で氷漬けにする位強いんだもん。
キリルならきっともっと効率的に稼げる仕事もできるはずなのに、本当にいいのかな。




