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Oath of Sword  作者: やくも
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EP.2 旅立ちの日(3)


「さぁ、着いたぜ」

 道なき道を歩くことしばらく、数歩先を歩いていたフラットは立ち止まり、クリスに振り返って言った。

「ここが俺の村、カルネアだ」

「ここが……」

 そこは村というよりも集落に近い規模だった。

 なんというか、もともとはそこに生い茂っていたであろう場所を開拓し、新しく人の住める環境を作り出したといった感じだ。

 村の入り口のすぐ近くには、高さが五メートルにも及ぶ展望台のようなものが設置されていた。

 その頂上部には松明の明かりが照らされ、よく見ればそこにはフラットと同じような弓と矢筒を背負った男の姿が見える。

 彼は目下にいるフラットとクリスの姿に気づいてか、遥か頭上から声をかけてくる。

「フラット、そいつは誰だ?」

「ああ、道に迷った旅の人だよ。どうやらちょうどこの村を訪ねてきたみたいだったから、案内してきた」

「旅人? こんな場所に珍しいな。まぁいい。今夜はもう遅い、早く中に入るんだ」

「ああ、分かってるよ。クリス、こっちだ」

「あ、うん」

 促されるまま、クリスはフラットのあとに続く。

 二人が村の中へ入った後、村の入り口の木製の扉が音を立てて閉じられた。

 丸太を何本も縄で繋ぎ合わせたような、見るからに頑丈そうな扉だ。

 クリスがその様子を不思議そうに見ていると

「ああ、この村では毎日ああやって夜になると入り口を閉じるんだよ。クリスがさっき襲われてた猪どもが、ここらの森のあちこちに群れで住み着いてて、時々だけど村の中まで入り込んでくることがあるんだ」

「そうなの?」

「あいつらの力を見くびっちゃいけない。勢いをつけて突っ込んでくれば、厚さ十センチ以上の板も軽々と突き破るくらいのことはできるんだよ。前に何匹かが村の中に入り込んできて、大騒ぎになったことがあるくらいだ」

「うわ……」

「とまぁ、そういうわけでさ。それから夜になったら入り口を閉鎖して、見張りも交代で立てるようになったわけだよ」

 そんな会話を繰り返しながら、フラットは村の端にある一軒の家に向かっていく。

「さぁ、狭くて汚いとこだけど、入ってくれ」

「あ、そこまで世話になるわけには」

「気にすんなよ。どの道、こんな小さな村じゃ宿なんて気の利いたものはないんだ。それに、わざわざ村までやってきたのに外で野宿するなんて、馬鹿らしいだろ?」

「そりゃそうだけど……」

「さぁ、入った入った。話はそれからだ」

 半ば強引に推し進められはしたものの、フラットの言うことももっともだ。

 つまらない意地を張っていても仕方ないので、クリスは素直にその言葉に甘えることにする。


 小屋の中には木の匂いが満ちていた。

 多少クセになるような感じはあるが、嫌な感じではない。

 むしろどこか懐かしさを覚えるような、不思議な感覚だった。

「適当に座ってくれ。腹減ってるだろ? 今スープを温める」

「いや、さすがにそこまでは」

「いいからいいから、世話になっとけよ。こっちだってその方が気が楽だ」

 クリスの返事などお構いなしに、フラットはてきぱきと支度を始めていく。

 無理に引き止めるのもあれなので、クリスはおとなしく言われたとおりに腰を下ろすことにした。

 荷物を降ろし、腰の剣も外して床に置く。

 総重量そのものはさほど大きなものではなかったが、それでも結構な重さの荷物を抱えて歩きにくい道を通ってきたこともあり、ようやく体全体が軽くなった感じだった。

「へぇ、ずいぶんと立派な剣だな」

 釜の中に火をつけ、フラットが歩み寄ってくる。

「旅の人かと思ったけど、そんな立派な剣を持ち歩いてるなんてな。もしかして冒険者ってやつか?」

「そうじゃないよ。俺、こう見えてもリンガードの騎士なんだ」

「本当か? リンガードって、ここからそう遠くない大きな街のことだろ? 騎士団があるって話は聞いたことあるけど、こうして実際に騎士に会うのは初めてだ。へー、すごいじゃないか」

「べ、別にそんな大したもんじゃないよ。実を言うと、騎士になったのだって今日なんだ」

「そうなのか?」

「うん。無事に試験に合格して、その通知が今日届いたんだよ」

「なるほどな。しかし、だったらどうしてこんな村にやってきたんだよ?」

「え?」

「いや、俺もそっちの話は全然分かんないけどさ。騎士ってのは、普通自分の住む街とかを警備したりするもんじゃないのか?」

「それは……」

 理由があるにはある。

 が、クリスはそれを簡単に口にしていいかどうか迷っていた。

 蒼の旅団。

 今や大陸全土にその名を響かせている集団の話は、きっとこの村の人々の耳にも入っているだろう。

 そんな物騒な名前を出すことは、フラットや他の村の人々に余計な不安を与えてしまいことにならないだろうか。

 とはいえ、この調査隊の任務そのものは秘密裏に行われているわけではない。

 どの道調査のために話を聞いたりしなくてはならなくなるのだから、今言うのもあとで改めて聞くのも大差はないかもしれない。

 けれど。

「…………」

 クリスはすぐに言葉を選ぶことはできなかった。

 そんな様子を見たフラットが、ばつが悪そうに言う。

「あー、悪い悪い。質問攻めにしちまったみたいだな。そういうつもりじゃなかったんだ、すまない」

 謝られると逆にクリスの方も参ってしまう。

 少し悩んだが、クリスは自分の状況と目的をフラットに話すことにした。


「蒼の旅団、か。俺も噂程度には聞いたことがあるよ。けどまさか、実在してたとはなぁ……」

 フラットが暖めたスープを口に含みながら、クリスは経緯を話していた。

「俺はこの村で狩をして生活しているから、あまり村の外には出ないんだ。それでも月に何度かは、リンガードの市場に猪の毛皮や肉を売るために足を運んでる。そのときにたまたま耳にした程度だけどな」

「噂なんかじゃないよ。蒼の旅団は実在して、今でもあちこちで街や村を襲ってる。昨日の夜、とうとうリンガードの街も連中に襲撃されたんだ」

「ま、まさか、街が壊滅しちまたのか!?」

「ううん、それは大丈夫。大聖堂に火がつけられたけど、大きな被害はなかったよ。死人も出なかった」

「そっか、そりゃよかった……」

 ホッと胸をなでおろし、フラットはスープを一口含む。

「で、お前はその後に調査隊ってのに志願して、とりあえず近場のこの村に情報を集めにやってきたってわけか」

「そういうこと。けど、どうやらその様子じゃ……」

「だな。そんな連中がやってきたとなったら、こんな小さな村はそれこそ一晩で壊滅だ」

 会話が途切れ、二人は互いにスープを口に含む。

 しばらく沈黙が流れ、やがてフラットが再び口を開いた。

「しかし、何が目的でそんな風にあちこちを襲撃してんだろうな。戦争でも起こすつもりなのか、そいつらは」

「……断言は、できないんだけど」

「ん?」

「……連中は、何かを探してるみたいなんだ。それが何かは分からない。どこにあるかも分からない。だからしらみつぶしに街や村を襲撃

して、一ヶ所ずつ確かめてるんだと思う」

「……そりゃまた、ずいぶんと漠然とした結論だな」

「う……」

 痛いところを突かれ、クリスは口を閉じる。


「……けど、連中が何かを探してるっていうのは間違いないと思う。リンガードの街を襲った連中の一人が言ってたんだ。ここには目的のものはなかったって」

「なるほどな……」

 とはいえ、それは手がかりと呼ぶにはあまりにも頼りないものだ。

 あの黒い鎧の男が口にしたその言葉を真に受けるというのも間違っているかもしれない。

 だが、あの状況でそんな嘘を口から出す理由があったとも思えない。

 あんな何気ない一言だけでその場を混乱に落とすこともまず無理だろう。

「けどまぁ、逆に言えばこの村は安全かもな」

 ふいにフラットがそんなことを呟いた。

「この村には特筆するような値打ちものがあるわけじゃないし、ましてや立派な聖堂や教会みたいなものがあるわけでもない。青の旅団もこんなちっぽけな村にまで構ってる暇はないだろうさ」

「まぁ、確かに……」

 言いかけて、クリスはどこかに違和感のようなものを覚えた。

 何だ?

 何かが引っかかっている。

 それは本当に些細なことで、どうでもいいことだと投げ出してしまっても仕方のないような。

 それでいて、大きなことを見落としてしまっているような、そんな違和感。

 その、正体は。

「…………」

 しかし、そのときは結局分からないままだった。

 押し寄せるようにやってきた疲労感が、正常な思考能力を妨げてしまう。

「さて、そろそろ寝るとするか。もう時間も遅い。お前も今夜はゆっくりと休むことだ。考えるのは明日でも大丈夫だろ?」

「……うん。そうさせてもらうよ」

 どの道こんな頭ではまともな考えなど浮かんではこない。

 フラットの言うように、今夜はおとなしく体を休ませた方がよさそうだ。

 そうして夜が更けていく。

 物音一つ立てず、ただ、静かに。




「報告します」

 暗い部屋の中、抑揚のない男の声が響く。

「大陸北部の四の街を調査しましたが、目的のものは発見できませんでした」

「ご苦労。引き続き勢力を北へと拡大し、周辺の街や村を徹底して捜索しろ」

「了解」

 返答すると、男の気配は闇の中へと紛れて静かに消える。

「……待て」

 その間際に、別の男の声が響く。

「何か?」

 去りかけた男が立ち止まり、聞き返す。

「今回の襲撃による街の被害状況はどうなっている?」

「四の街の中の二つが自警団を構成していたので、敵対勢力とみなし排除しました。残る二つの街に関しては、目撃者はいなかったため手は出していません」

「……そうか」

「…………」

「もういい、下がれ」

「は」

 男の気配が闇の中に消える。

 一人闇の中に残された男は、わずかに拳を握った。

 奥歯を噛み締めたような音が、静か過ぎる闇の中にこだまする。

「……何を迷う必要がある」

 独り言のように男は呟いた。

「もうすぐ、もうすぐだ」

 何かに祈るように、男の目はどこか悲しげな色に染まっていた。

「『剣』と『石』はここにある。残るは一つ、『聖杯』のみ……」

 男は静かに目を閉じる。

 その瞳の奥に映るのは、何なのか。

 その剣に掲げた誓いは、何なのか。

「…………」

 無言のまま、黒き騎士は闇の中へと消えていった。



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