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Oath of Sword  作者: やくも
14/14

EP.5 廃墟にて(1)


 遠くに街の明かりが見えた。

「お、見えてきたな」

 先頭を歩いていたフラットが言う。

「あれが……」

「港の玄関口……」

「そう。オージスの街だ」

 三人は街の入り口に立つ。

 日は暮れて、辺りは夜の帳に包まれ始めていたが、街の雰囲気はまだまだ賑やかだった。

 所狭しと多くの店が客を呼び合い、それに勝るとも劣らないだけの客足がやってきている。

 その多くは他の街などからやってきた行商人達なのだろう。

 中にはかなりの大荷物を背負っている人も見て取れた。

「すごい人の数ですね……」

「うん。リンガードの市場も賑やかだけど、場所が狭いせいでやたら人が多く見えるよ」

「ま、だてに港の玄関口を名乗っちゃいないさ」

 言いながら三人は雑踏の中を歩く。

 行き交う人々は口々に交渉をしたり、世間話などに華を咲かせているようだ。

 中には売買だけではなく物々交換などをする店もあるらしく、そんな感じの店では特に念入りな交渉がされている。

 詳しいことは分からないが、市場の相場なども考え、損のないように取引をするのがうまいやり方なのだろう。

「さて。とりあえず今夜の宿をどうにかしないとな」

「けど、部屋は空いてるのかな。こんなに人がいたんじゃ、どこもいっぱいだと思うけど」

「そうですね……」

「確かになぁ。とはいえ、ここまできて野宿ってのもあれだしな」

 そうこう言いながら歩いていると、ふいに誰かがフラットにぶつかってきた。

「おっと」

「ああ、ごめんよお兄さん」

「あ、いや。こっちこそ……って、あれ?」

 声のした方をすぐに振り返ったが、すでにぶつかった誰かは雑踏の中に紛れていってしまった。

 わずかに見えた後姿は、ずいぶんと幼い少年のように見えた。

「どうしたの?」

「あ、いや。ちょっと、人とぶつかっただけだ。何でもない」

 何でもないと言いつつも、フラットはもう一度だけ振り返って雑踏の奥を見る。

 そこに、先ほどの人影はもうない。


「いやー、お客さん運がよかったな。ちょうど三人分の部屋が一つだけ空いてるぜ」

 どうにか見つけた宿は、幸運にも空き部屋があった。

 三人一組で一部屋というのがちょっと気になったが、ルニアはそれほど気にしてはいないようなので一安心だ。

「助かったよ。他の宿はどこもいっぱいでさ」

 カウンター越しにフラットは店の主人と話す。

「はは、そいつは大変だったな。あんた達、見た感じ親子ってわけじゃなさそうだが、兄弟か何かかい?」

「まぁそんなとこだ」

 言いながら、フラットは懐を探る。

 だが……。

「……あれ?」

「?」

 その様子に、宿の主人は不思議そうな目をする。

 後ろにいたクリスとルニアも同様だ。

 そんな視線には気づかず、フラットは懐の次は荷物の中を探し始める。

 ところが。

「…………ない」

「「「え?」」」

 クリスとルニア、そして宿の主人が同時にそう聞き返す。

「…………財布が、ない……」

「「「…………」」」

 一拍の間を置いて、

「「えええええええええええっ!?」」

 クリスとルニア、絶叫。

 宿の主人は、ただただ苦笑いをするばかり。

「何してんだよフラット!?」

「ど、どこかで落としたんでしょうか?」

「いや、そんなはずは……くそ、何でねーんだよ!?」

 慌てふためく三人を眺め、ふと店の主人が何かを思い出したように口を開いた。


「なぁあんた。もしかして外で、誰かにぶつかったりしなかったか?」

「へ? あ、ああ。そういえば確かガキが一人人ごみの中で……」

 それを聞くなり、店の主人はやられたなと言わんばかりの表情で額に手を当てた。

「あー、やられちまったか」

「ど、どういうことだ……?」

「スリだよ、スリ。ここいらじゃ有名な悪ガキに、あんたもやられちまったってことさ」

「な、何!?」

 思わずカウンター越しに飛びかかりそうになるフラット。

 わずかに血走ったその目に、思わず店の主人も一歩退く。

「お、落ち着けって!」

「これが落ち着いていられるかよ! なぁ、そいつはどんなやつでどこにいるんだよ!?」

「お、俺も詳しくは知らないんだ。ただ、時々ふらりとやってきては何人かをカモにしてるみたいだな。特にこんな風に、大勢の人でごった返してるときなんかが危ないんだ」

「……おのれ、クソガキめ……。それで、肝心の居場所は?」

「分からんよ。けど、この街に住んでないことは確かだ。同じ街にすんでたらとっくの昔にとっつかまってるだろうからな。おそらくは、この近辺で隠れ住んでるんじゃないか?」

「…………よし。行くぞ」

 クリスとルニアに振り返るなり、フラットは静かに呟く。

「行くって……」

「どこに……?」

 答えなんて分かっていたが、それでも念のために二人は聞き返してみる。

 だがそれも、すぐに無駄だと知った。

「決まってんだろ。こそ泥のクソガキをとっつかまえて人生の厳しさ叩き込んでやる!」

「「……」」

 大人気ないとも思ったが、実際問題としてお金がないのは非常に困るのも事実なので、二人は仕方なく頷くしかなかった。

 そうして三人は宿をあとにする。

 嵐が去ったあとのような空気の中、店の主人はふと肝心なことを告げていないことに気づく。

「あいつら、肝心の名前分かってんのか?」

 しかし、そこにもう三人の姿はない。


「ねぇ、フラット」

「ん?」

 街の出入り口まで戻ってきたところでクリスが聞く。

「スリを探すのはいいけど、どこにいるか見当はついてるの?」

「それに、もうだいぶ暗くなってきましたよ。そう簡単には見つからないんじゃ……」

「そうでもないさ。犯人がガキって時点で、行動範囲はそう広くはないからな。加えてこの街道沿いの開けた場所じゃ、人目に付きにくいとこなんてたかが知れてる。そのへんから探っていけばすぐに袋のネズミだ」

「そうは言うけどさ……」

「心配すんなって。実はもう目星はついてんだ」

「本当ですか?」

「ああ。ここからそう遠くない場所に、昔あった駐屯地の廃墟があるんだ。もう何年も前から使われてないし、ガキの隠れ家にはもってこいの場所だ」

 言って、フラットは暗がりの向こうへと指をさす。

 それを追ってクリスとルニアも目を凝らして見るが、夜の暗さもあってか、それらしいものは見えない。

「ま、行けば分かる。さっさととっつかまえに行くぞ」

「はぁ……仕方ないか」

「そうみたいですね……」

 諦めて従うクリスと苦笑いのルニア。

「……へへ、相手が悪かったなクソガキ。今からお前に世の中の厳しさと世界の常識ってのをきっちり教えてやる。体の隅々まで、みっちりとなぁ……ふふ、ふふふ……」

「「…………」」

 頼むから事件を変な方向にだけは曲げないでくださいと、二人は心の底から願った。




 しばらく歩くと、三人の目の前に廃墟が姿を現した。

 確かにずいぶんと古いものらしく、よく見れば外壁のあちこちは崩れたりひび割れたりしている。

 しかしその反面、入り口付近には人が出入りしたような形跡が確かにあった。

「思ったとおりだな」

 フラットは膝を折り、地面を眺めて言う。

「見ろよ。まだ新しいガキの足跡だ。奥に続いてるだろ?」

 見ると、そこには確かに小さめな靴の跡が。

「本当だ。けど、こんなとこに……」

 クリスはもう一度外観を眺めて言う。

 まだ内部まで見たわけではないから何とも言えないが、人が住める場所とは思えなかった。

 ましてや子供が一人で住んでいるとは、余計に考えにくい。

「よし、中に入るぞ」

 フラットは荷物の中からランプを取り出して火をつけると、それを明かりに先頭を行く。

 クリスとルニアもそれに続いた。

「……真っ暗だね」

「足元に気をつけろよ。地盤が緩んでるかもしれないからな」

 先を行くフラットに続きつつも、クリスは足元に注意しながら一歩一歩進んでいく。

 と、そこでふいに上着の裾を誰かに引っ張られたような感覚を覚えた。

「え?」

 何かと思って振り返ってみると、そこでは下を俯いたままのルニアが、案の定クリスの服の裾をつまむように握っていた。

「……ルニア?」

「…………」

 聞いてみるが、答えはない。

 もしやと思い、クリスはおそるおそる聞いてみる。

「……もしかして、怖い?」

 言うや否や、ルニアは分かりやすくビクンとその肩を震わせた。

 さっきから妙に口数が少ないと思ったら、どうやらそういうことだったようだ。

「……じゃあ、外で待ってる?」

 聞いてみるが、ルニアは小さく首を横に振った。

 どうやら外で待つことより、一人でいることが怖いらしい。

「おい。何やってんだよ二人とも」

 いつまでたってもやってこない二人のもとに、フラットが戻ってくる。

「それが……」

 口で説明するより早く、クリスがルニアを指差す。

「……なるほど」

 それだけで意味は伝わったらしく、フラットは仕方なくランプをクリスに手渡す。

「お前はルニアと一緒に探せ。俺は一人でも大丈夫だ」

「でも、明かりもなしで平気?」

「これでも俺は狩人だぜ? 目は常人の何倍も利くさ。それじゃ、怪しいやつを見かけたら知らせろよ。大声で叫べばすぐ分かる」

 それだけ言うと、フラットはずんずんと先へ進んでいった。

 その足取りがやけに軽快に見えるのは気のせいであってほしい。

「……っと、ルニア、平気?」

「……は、はい。何とか……」

 そうは言うが、その目は今にも泣き出しそうだ。

 今この場で物音一つでも立てれば、それだけで叫びだしてしまいそうである。

「す、すいません。昔から、暗いとことか苦手で……」

「無理しないでも、フラットに任せておけばいいと思うけどね。一緒に外で待ってようか?」

「……いえ。やっぱり、心配ですから……」

「フラットのことなら心配いらないよ。わざわざランプを預けて探しに行くくらいなんだし」

「いえ、そうではなくて……」

「え?」

「……その、スリの子の方が、心配です……」

「…………」

 ……確かに。


「……しかしまぁ……」

 一人廃墟の中を歩き回りながら、フラットは呟く。

「当たり前だが、ボロボロもいいとこだな。こりゃ放置されてから十年以上は経ってるぞ」

 建物内のあちこちに目を走らせ、フラットは率直な感想を述べる。

 敷地面積はそれなりに広く、駐屯地ということもあって内部にはまとまった人数が寝泊りできるだけの部屋の数が備わっていた。

 建物そのものも二階建てで、その中にはかつて資料室として使われていたであろう部屋もいくつかある。

 この場所を廃棄するときに大体の使えそうな備品は回収したようだが、必要のないものはそのまま放置していったようだ。

 床の上には埃をかぶった紙面や本などが無造作に散らかっている。

 いくつかある部屋の中で、比較的損壊が少ない部屋の一つにフラットは入る。

 そこもどうやら資料室として使われていたようだ。

 部屋の中には倒れている本棚と倒れていない本棚が合計で六つもあり、その周囲にはいくつもの本が散らばっている。

「……何かの研究でもやってたのか?」

 転がっているのはどれも分厚い参考書のようなものばかりだ。

 文字や表紙はすっかり色あせてしまって読み取ることはできないが、特定した分野の書物であることが伺える。

「……ん?」

 ふと、フラットの足が床に落ちていた何かにぶつかった。

 何かと思って拾い上げて見ると、それは木でできた小さな箱だった。

 当然それも埃をかぶって薄汚れているのだが、それとは別に何か違和感のようなものをフラットは覚えた。

「本だらけの部屋に木箱、ねぇ……」

 手の中でそれを色んな角度から見ていると、その中に切り込みのような薄い傷があるのを見つける。

 それを軸にして箱に力を入れてみると、

「……っと。何だ、これ?」

 箱が割れ、その中には数枚の紙切れが折りたたまれていた。

 あちこちが痛んでしまってはいるが、箱の中にあったおかげで文面そのものはどうにか読むことができそうだ。

「……日記みたいだな。けど、だったら何で日記帳に書かないで別にまとめておいたんだ……?」

 不思議に思いながらもフラットはその内容に目を通していく。

 そこには、こう書かれている。


 ついに我々は例の情報が真実であることを証明できる。

 誰も信じなかった伝説上のあの代物を、この目で拝むことができるのだ。

 想像しただけでやつらの青い顔が目に浮かぶ。

 いい気味だ。

 散々上からの目線で我々を見下してきたやつらも、この事実を知れば態度を改めるしかないだろう。

 とはいえ、まだ実証にいくつかの鍵が足りないことも事実だ。

 ばれないように、少しでも早く例の三つのものを集めなくてはならない。

 もうすぐ……もうすぐだ。

 お高くとまったやつらの鼻を明かせる日は、もうすぐそこまで…………。


 文章はそこで途切れていた。

「何だこれ。ずいぶんと後ろ向きな日記みたいだが……」

 だが、果たしてそれだけだろうか。

 何やら不穏なワードがいくつも見え隠れしているような気もする。

「誰も信じなかった、伝説上の代物ねぇ……」

 パッと思いつくのは、天使や悪魔といった神話の中の存在だろうか。

 だが、どうもそういうものとは違うような気がする。

 そしてもう一つ気になるのは……。

「……三つの鍵、か。何が何だかさっぱりだな……」

 フラットは紙を折りたたみ、再び箱の中に戻そうとして

「っ!?」

 下の階から、確かに悲鳴を聞いた。

 聞き間違いでなければ、それは。

「ルニアか!? くそ、クリスはどうしたんだよ!?」

 小箱を放り捨て、フラットは闇の中を急ぐ。



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