EP.4 旅は道連れ(1)
は?
どうして俺が騎士になったのか、だって?
んー、改めて聞かれるとこっちとしても答えにくいな……。
まぁ、色々とあるが……一言で言っちまえば、守られてばかりってのが嫌だったからだな。
いや、そりゃ誰だってガキの頃は大人に守られて育つだろうさ。
かく言う俺だって例外じゃなかったしな。
けどな、あれはいつの頃だったかな……。
俺の住んでた村で、ちょっとした事件が起こったんだよ。
いや、事件っていう言い方はちょっと大げさかもな。
結果だけ見れば、別に誰かが死んだりしたってわけじゃないし。
ただ、それでもちょっとした騒ぎになったんだよ。
めちゃくちゃ簡単に言うとな、村の大事な宝物が突然消えてなくなっちまったんだ。
価値がどんなもんかは知らないが、まぁそれでも騒ぎになるくらいの価値があるものだったんだろうな。
で、真っ先に俺が犯人じゃないのかって疑われた。
もともとイタズラばっかして大人の手を焼かせてたし、今となっては疑われちまったのは無理もない話なんだけどな。
けど、実際のところ俺はそんなこと全然知らなかった。
村にそんな価値のあるものがあったっていうだけで驚きだ。
でもまぁ、大人達は話をまともに聞いちゃくれないわけさ。
普段の行いが悪かったから仕方ないっちゃそうなんだが、何とも理不尽だろ?
で、わけも分からないまま大勢の大人達に取り囲まれるようにして問い詰められたよ。
どこに隠したんとか、今なら怒らないから正直に言えとかな。
しんどかったぜ。
だって、当時の俺はまだ十歳にも届かないガキのガキだ。
そんな風に大人達に言い寄られちゃ、やってもないことを認めちまっても無理はないだろ?
実際、俺はそうなりそうだったよ。
苦しくて辛くて、どうしよもうなくってな。
もう楽になっちまいたいって気持ちだけで、やってもないことを認めるところだった。
バカみたいだろ?
仮にそこで隠しましたって白状しても、じゃあ今度はどこに隠したんだって話になって、でも本当は隠したりなんかしてないから、デタラメな場所を言ってそこになければまた叱られるんだ。
もっとも、あのときの俺はそこまで頭が回ってなかったけどな。
でもって、どんだけやってないって言っても食いついてくる大人達が嫌になって、もうデタラメに言っちまおうって思った。
そのときだったかな。
俺より二つ三つくらい年上の女の子がさ、大の大人達の輪の中に突っ込んできてさ。
コイツはそんなことするようなやつじゃないって、大声で叫んだんだよな。
いや、本当にビックリしたぜ?
俺はもちろん、周りにいた大人達が一歩退くくらいだったからな。
その女の子はさ、いつも俺と一緒に遊んでくれた村の子でさ、俺にとっては実の姉ちゃんみたいな存在だったんだ。
もともと村には俺と歳の近い子供はほとんどいなかったから、何かをして遊ぶときはいつもその子が面倒見てくれてたんだ。
ああ、話が逸れたな。
でまぁ、割り込んで大口を切ったのはいいものの、もちろんそれだけじゃ大人達は納得しないわけだな。
大人達から言わせれば、犯人が誰とかよりもその宝物が戻ってくればそれでいいって感じでさ。
だったら最初から犯人探しなんかするなよって話なんだけど、そこはまぁあれだな……まさに大人の事情ってやつだよ。
そしたらその子がさ、言うんだよ。
大の大人達に囲まれて怖かったはずなのにさ。
私がなくなった宝物を見つけてやるって。
大人達の何人かは、多分笑ってたな。
そんな簡単に見つかるなら誰も苦労しないし、何より子供のその場しのぎの言い訳だって思ったんだろうな。
けどな、そうじゃなかった。
とりあえずその場はそれでお開きになったけど、その夜また事件が起きた。
今度はその子が、夜になっても村に戻ってこなくなったんだ。
さすがに村中を探し回ったよ。
けど、どこを探しても見つからなかった。
時間だけがどんどん過ぎてさ、とうとう真夜中になっちまった。
ほとんどの人が諦めて、夜が明けてからもう一度探そうってことになってさ。
俺もどうにかしたかったけど、できなかった。
必死で探したんだけどな。
で、いよいよその場は解散かってときになって……その子が村に戻ってきたんだ。
体中あっちこっち傷だらけでさ、もう血とか泥とかでいっぱいにしてさ。
今にもぶっ倒れそうな足取りで戻ってきたんだよ。
もちろん、大人達はすぐに怒った。
こんな遅くまで何してたんだ、どれだけ心配したと思ってるんだってな。
でも、その子はそんな言葉なんて一つも取り合わないまま、それを見せた。
盗まれたって騒がれてた、村の宝物のペンダントをな。
大人達の表情が一気に変わったのを覚えてるよ。
そこまできてようやく、その子が何でそんなにボロボロになってる理由が分かったんだ。
大人達は口々に言ってたよ。
どこで見つけたんだって。
でも、その子はそんなことには何一つ答えなかった。
その代わり、俺の隣にやってきてその場にいた大人達全員を見返して、大声で叫んだんだ。
そんなことより、コイツに言うことがあるだろってさ。
一気に場の空気が凍り付いたよ。
それからポツリポツリと、ごめんねとか、悪かったなとか、そんな言葉が降り注いできてさ。
正直、俺は何が何だかわけわかんなかった。
けど、一つだけ確かだったのは、その子が俺の無実を証明するためにボロボロになってまで走り回ってくれたってことだ。
今でもちゃんと覚えてるよ。
疲れ果ててへとへとのくせに、無理して笑ってさ。
よかったなって、俺の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてくれた。
多分そのとき、俺は泣いてたんだと思う。
感情ってのは正直だよ。
わけが分からなくても、気持ちはちゃんと表に出てきてくれる。
……とまぁ、長くなっちまったけど、多分そのときだな。
俺が誰かに守られるだけじゃなく、誰かを守りたいって思ったのは。
単純な理由だろ?
けどな、きっと理由なんて全部似たようなもんだぜ。
大事なのは、そのつまらない、くだらない、どうでもいいような理由を手放さずにいられるかどうかだ。
人間なんて、皆そんなもんさ。
誰だって、心の中にちっぽけな大切を抱えて生きてるんだ。
そのうちお前にも分かるようになるさ、嫌でもな。
……っと、長くなっちまったな。
さぁ、もう寝ろ。
ガキはもう、寝る時間だ。
「…………」
目が覚める。
体が重い。
少しして、自分の体がベッドの上で横たわっているということに気づいた。
「……ここ、は……?」
そう呟いたつもりだったが、声は思った以上に小さかったらしい。
「お、気が付いたか」
それでもすぐ隣にいたフラットには、その声はしっかりと届いていたようだ。
読みかけの本を閉じると、フラットは椅子から立ち上がってクリスを見下ろした。
「体の方はどうだ? まだどこか痛むところはあるか?」
「……フラット? じゃあここは、カルネアの村なのか?」
「……そっか。お前、何も覚えてないんだな。ま、無理もないだろうけどさ」
「……確か、教会を出て、それから……」
記憶を呼び戻し、クリスは言う。
「……そう、だ。そこでアイツに会って、それから……!」
そのまま跳ね起きそうなクリスを片手で制し、フラットは落ち着くように促す。
「まだ横になってろって。せっかく毒が抜けたってのに、それじゃいつまでたっても熱が下がらないぜ」
「毒……?」
言われてクリスは自分の左太腿を見る。
そこには大げさに包帯が巻きつけてある。
「その傷、毒を塗ったナイフか何かでつけられたものだろう。もう少し手当てが遅かったら、命に関わるところだったぞ」
傷はあの暗殺者の男が放ったナイフのようなものでつけられたものだ。
「マダラグモっていってな。その毒が体内に入り込むと、遅効性で高熱と麻痺が症状に現れる。でも、安心していいぞ。毒はしっかり吸い出した。あとはしばらく安静にしてれば大丈夫だ」
「……そうか。ありがとう」
「おいおい、礼を言うなら俺じゃない。村の医者で、オーズってやつがいてさ。今度どいつに直接言ってやってくれ。それと」
言いかけ、フラットはクリスの手元に視線を移す。
「その子にもちゃんと礼を言っておけよ」
「え?」
クリスがゆっくりと視線を移すと、そこにはルニアの姿があった。
ルニアは床の上に膝を折り、クリスのベッドに寄りかかるようにして静かに寝息を立てている。
そしてその手は、今もなおしっかりとクリスの手の上に重ねられていた。
「感謝しろよ? その子、森の道をお前を支えながらずっと歩いてきたんだ。多分、その途中でお前の体は毒にやられてほとんど動かなくなってたんだろうな。大したもんだよ、その子。お前と荷物の総量を考えたら、自分の倍以上の重さだっていうのにさ」
「…………」
「その子だってさ、疲労で相当体は参ってるはずなんだ。お前を村の入り口まで送り届けたら、そのままぶっ倒れちまったよ。それなのに、ついさっきまでお前の看病してたんだ。よほどお前のことが心配だったんだろうな」
「ルニア……」
クリスはその寝顔を見ながら小声で呟く。
「……ま、そういうわけだからさ。何があったかは、今はまだ聞かない。とりあえずお前もその子も、しっかり休んでまずは体力を回復させるのが先決だ。そうじゃないと、その子に失礼だろ?」
「……そうだね」
クリスは苦笑いすると、ルニアの背中から落ちそうになっていた毛布を引き上げ、静かに背中にかける。
「色々と大変だったみたいだな」
「……まぁ、ね」
「……さっき、村のやつが念のために吊り橋向こうの教会まで行ってみたんだ。そしたら……」
「…………」
「……とりあえず、今は休め。眠れないかもしれないけどな」
「……そうするよ」
言って、フラットは床の上の寝袋の中に体を潜り込ませる。
ゆらゆらと揺れるランプの火をぼんやりと見ながら、クリスもベッドに体を沈めた。
ふと、握られたままの手を見る。
そっと振りほどこうとも思ったが、軽く振ってもルニアの手は解けない。
無理にやって起こすのも悪いので、クリスはそのまま目を閉じることにした。
が、やはり今起きてすぐに眠ることはできなかった。
しばらくの間、クリスはぼんやりと天井を見上げる。
そうしていると、余計なことばかり考えてしまう。
握られていない左手を持ち上げる。
ランプの明かりのせいか、その手はまるで血に塗れたように見えた。
「……俺が、やったんだよな……」
思い返すのは、あの暗殺者の男を自らの剣で切り裂いた瞬間。
あの一撃が即死に繋がったのか、それとも出血が死に繋がったのかは分からない。
だが、そうなってしまう傷をつけたのは間違いなくクリスだ。
その剣で。
その手で。
命を、奪った。
その事実は動かない。
「…………」
ぼんやりと眺めていた手が、急に震えたような気がした。
それとも、明かりのせいで揺らめいて見えただけなのか。
どちらでもよかった。
今は少しでも早く、もう一度眠りの中へと落ちてしまいたかった。