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Oath of Sword  作者: やくも
11/14

EP.3 聖女と聖杯(5)


 残念だが、他に生存者はいなかった。

 教会を管理していた修道士の全員は、あの二人組みの男によって例外なく命を奪われていた。

 本当ならしっかりと弔いたいところだが、気を失ったままのもう一人の暗殺者がいつ目を覚ますか分からないことも考えると、この場にいつまでもいることは得策ではない。

 加えて言うならば、クリスの体力も決して余裕があるわけではなかった。

 傷そのものは浅いが、単純に奪われたスタミナが多い。

 そんなわけで、一刻も早くこの場を離れることが優先だとクリスは判断した。

 辺りはうっすらとだが夕闇に包まれ始めている。

 が、急げばまだ完全な夜になるより早く街道まで出ることはできそうだ。

 せめてもの気持ちで、クリスとルニアはレイモンドの亡骸に白いシーツをかぶせる。

「……行こう、ルニア」

「……はい」

 ようやく気持ちの落ち着いたルニアを連れ、クリスは聖堂を出る。

 広場を抜け、そのまま階段を下って森の道へ。

 だが、そこに。


 「――待て」


 たった一言が、二人の足を凍りつかせた。

 クリスはその声に、聞き覚えがあった。

 声の方向を振り返る。

 そこには……。

「……お、前……!」

「ほぅ。誰かと思えば、リンガードにいた騎士か」

 全身を黒い鎧にまとった大柄の男。

 他ならぬ、リンガードの街を襲撃した蒼の旅団を率いていた張本人。

 その男が、数名の部下を引き連れてそこにいた。

「貴様、なぜこんなところにいる? 一緒にいるその娘は……ん?」

 言いかけて、男の視線が周囲を彷徨う。

「…………」

 そこにあったのは、すでに事切れた二人の修道士の死体だった。

 男はそれを見てわずかに目を細め、振り返らずに背後に立つ部下に命ずる。

「……聖堂の中を調べろ。ここは俺一人で十分だ」

「了解」

 指示を受け、部下数名は階段を駆け上っていく。

 その足音が聞こえなくなった頃、男は再びクリスとルニアへと視線を戻した。

「っ!」

 クリスは反射的に身構え、剣を抜く。

 どういう理由でこの男がこうしてこの場所にいるかは知らないが、まともな理由であるわけがない。

 何より、この男は蒼の旅団を率いているのだ。

 警戒するなというのが無理な話である。

 が、男はまるで戦う気配さえ見せず、そのままの姿勢で言う。

「はやるな。今貴様とやり合うつもりはない」

「……信じられるかよ、そんな言葉。人の街を平気で焼くようなやつの言葉なんか」

「では、その体で俺と一戦交えるか?」

「っ……!」

 クリスは奥歯を噛み締めた。

 この状況でまともにぶつかり合ったところで、まず勝ち目はない。

 仮に一対一だとしても無理だろう。

 それに、ルニアを放っておくことなどできない。

 たった今交わしたばかりの約束を、破ったりしてなるものか。


「そういうことだ。大人しくこちらの言うとおりにしていれば、いらん苦痛を覚えることはない。さて」

 一度言葉を区切ると、男は腰に手を当て続ける。

「まずはこちらの問いに答えてもらうぞ。その娘……この教会にいた聖女か?」

「…………」

「……黙っていることは得策ではないと言ったばかりのはずだがな。どうしてもと言うのなら剣を抜いてもこちらは一向に構わんぞ」

「……だったら、何だ」

「やはりそうか。ならば話は早い。答えろ、娘」

「え……?」

 名指しされ、まだ状況がよく呑み込めていないルニアは思わず肩を竦ませる。

「聖杯というものに聞き覚えはあるか?」

「せい、はい……?」

 ルニアはその言葉を繰り返す。

「もしこの場所にそれがあるのなら、それをこちらに渡せ。あるいはそれに関する何かを知っているなら、全て喋ってもらおう」

「……知らない。私、聖杯なんて知りません。見たことも、聞いたことも……」

「……本当だろうな? くだらん嘘は自分のためにならんぞ」

「本当です! そんなものの話なんて、一度も……」

「…………」

「ゼルム様」

 ふいに横合いから別の声が割り込んだ。

 声の正体は、男が引き連れてきた部下の中の一人だ。

「聖堂内部に生存者はいません。偵察に送った二人の兵のうち、一人は気絶。もう一人は死んでいます」

「何……?」

 報告を受けたゼルムと呼ばれた男の顔がわずかに揺れる。

「……なるほど。貴様の仕業か」

「っ……」

「雑兵とはいえ、暗殺に特化した兵を真っ向から打ち倒すとはな。一応騎士を名乗るだけのことはある」

「最初に襲ってきたのはそっちだろ!」

「勘違いするな。別に部下の死を嘆くつもりなどはない。戦いの中に身を置く者ならば、死は常に隣り合わせ。それを恐れる方がどうかしている」

 あっさりと言い切ると、男は再び部下の話に耳を向ける。


「聖堂内部をくまなく捜索しましたが、聖杯そのものやそれに関連するものは見当たりません」

「……どうやらそのようだな。とんだ無駄足だったか」

「念のため、書物などは回収しておきますか?」

「うむ。何らかの暗号化がされているやもしれん。一つ残らず持ち帰り、分析を急がせろ」

「気絶したままの兵は?」

「回収しておけ。まだ使い物にはなるだろう」

「了解」

 それだけ言葉を交わすと、部下の男は再び階段を駆け上っていく。

「そういうわけだ。二度も命拾いとは、運がいいやつだ」

「く……!」

 悔しいが、男の言葉は正しい。

 満足な体でも勝てる見込みはないに等しいのに、こんな体ではまともに剣を打ち合うことさえ難しいだろう。

「クリスさん……」

 睨み合う二人の様子を見ただけだが、ルニアは直感的にその気配を察したのだろう。

 心配そうな表情でクリスを案じている。

「……大丈夫。大丈夫だから」

「…………」

 傷だらけの体でルニアを庇うクリスを見て、男は何かを思い出しているようだった。

 だが、二人がその変化に気づくことはなかった。

 そうこうしているうちに、男の部下が戻ってくる。

「回収完了しました」

「よし。引き上げるぞ」

 男が身を翻し、数名の部下がそれに続いて来た道を戻り始める。


「……待て!」

 クリスは震える声を振り絞って叫んだ。

 その言葉に男を含めた全員が立ち止まるが

「……構わん。先に行け」

 男がそう促すと、部下達はそのまま先に進む。

「何だ?」

 再び向き直り、男が聞き返す。

「お前達は……何のためにこんなことをしてるんだ?」

「それを聞いてどうする?」

「……お前達がこの先も、今までと同じように罪もない人達を傷つけるって言うのなら……俺はお前達を止める」

「止める、か。大した威勢だが、それが現実にできるかどうか、貴様自身が一番よく分かっているのではないか?」

「っ……」

「大口を叩くのは結構だが、それに伴う力を身につけてからにすることだな。さもなくば、その命失うことになる」

 言って、男はクリスに背を向ける。

「……そう。あの男のように、な……」

「……何?」

 聞き返したクリスに男は答えない。

 そのまま振り返らずに告げる。

「我々を止める、か。面白い。ならばやってみせろ。言葉より態度で示す方が何倍も説得力がある。だが、そう容易く止められると思うなよ。我らには我らの目指すところがある。そのためなら、立ちはだかる障害は全て叩き潰すまでだ」

 言い終えて、男は歩き出す。

「待てよ! お前は……お前は、一体」

「……ゼルム・ウィルガイン。この名を胸に刻みつけておけ。貴様の前に立ちはだかる男の名だ」

 それだけ言い残し、男は……ゼルム・ウィルガインは立ち去った。

 取り残されたクリスは、その背中が消えていくのを眺めていることしかできなかった。




「……ん? あれは確か……」

 見張り台の上にいたジントは、向こうからやってくる人影に目を凝らす。

 辺りはうっすらと夜の闇に包まれ始めていたが、その輪郭はしだいに浮き彫りになっていく。

「……おい、フラット!」

 村の中央目掛けてジントは叫ぶ。

 ちょうどそこにいたフラットが気づき、何事かと目を向けた。

「なんだ? どうかしたのかジント?」

「朝方に出て行った若いのが戻ってきたぞ!」

「クリスがか!?」

 フラットはジントの返事を待つよりも早く入り口へと急いだ。

 すると、そこには。

「クリス!」

「…………」

 間近で呼ばれたにもかかわらず、しかしクリスからの返事はなかった。

 気のせいか、その表情はやけに青ざめて見える。

 辺りの景色が薄暗いせいなのかとフラットは思ったが、それにしては様子がおかしい。

 呼吸はどこか小刻みで、体全体から生気が抜け落ちているかのようだった。

 さらに近づくと、クリスの体はあちこちが傷だらけだった。

 それも、どこかで転んでできたような傷ではない。

 明らかに刃物による切り傷だった。

 それを見て、フラットが異変に気づく。

「おいクリス、しっかりしろ! 俺が分かるか?」

「…………」

 返事はなかった。

 目は開いているのに、まるで何も見えてないかのように虚ろだ。


 と、そこでようやくフラットはもう一人の存在に気づく。

「君は……?」

「あ、私は……」

 ルニアがそう言いかけたときだった。

 ぐらりと、クリスの体が支えを失ったように前に倒れ始めたのだ。

「お、おい!」

 フラットは慌ててクリスの体を受け止める。

 その体は鉛のように重かった。

 まるで川で溺れて衣服が水分を吸っているかのようだ。

「こいつは一体……」

 言いかけて、フラットの視線がある一ヶ所に向く。

 そこは、左足の太腿。

 そこには細長い直線の傷跡が刻まれていた。

 が、そこだけは他の傷跡とは明らかに違う。

 傷の周囲の肌の色は、うっすらとだが紫色に変色している。

 その症状を、フラットは知っている。

「やばい、毒だ!」

 不穏な言葉にルニアは息を呑む。

 それをよそに、フラットの行動は早かった。

「ジント! オーズに言ってマダラグモの解毒薬をもらってきてくれ! 急いで!」

「お、おう。分かった!」

 言われ、ジントはすぐに駆け出した。

「とりあえず、君もこっちに」

 フラットが言いかけたそのときだ。

「……お願い、します……クリス、さんを……たす、け…………」

「お、おい!」

 言い終えるより早く、ルニアもその場に倒れてしまう。

「……何だってんだよ、一体!」

 わけの分からない状況にフラットは思わず舌打ちをする。

 だが、やることは一つ。

 この二人を、一刻も早く手当てしなくてはいけないということだ。



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