八、ウロロロロロロロロロロロボロス
八、ウロロロロロロロロロロロボロス
手遊びにも飽きた狛犬達が晩酌を始める。鶴、足音を立てないように二人の死角から近づき様子を伺おうとする。阿吽は気配で鶴に気が付き、挙動だけで鶴を呼ぼうとする。鶴は諦めたような顔をして阿吽達の方へ向かう。
阿 鶴殿!
吽 いや鶴! よくぞいらしたな!
阿 いや、よく来たな!
鶴 (馴れ馴れしさに戸惑いながら)何を…しているんですか?
阿 晩酌
吽 お前もどうだ?
阿 (無理やりおちょこを鶴に渡す)ほらほら!
吽 (了承を得ずに注ぐ)飲め飲め!
鶴 …貴方達強引ですね……なんですかこれ。白くて…濁ってて…不思議な匂い。どぶろくですか?
狛犬 (鶴が飲んだ瞬間に) ラーメンの出汁
鶴 (むせながら) なんてもんを! おま…
吽 そう
阿 俺たちは禁酒をしている
吽 だから酒を飲むはずもない
阿 禁酒までには長く悲しく、そして厳しい道のりがあった。
吽 俺たちのことを探るなら長かったり短かったりするかもしれないこの話を聞くがいい。
鶴 待って誰も話を聞くとは…
阿 あれは忘れもしない、いつだったかの何日かだ。
鶴 えぇ…?
吽 寒かったり暑かったりぬるっとしたりしてなかった日のことだ
鶴 全然覚えてないじゃないですか
阿 いいから聞けって。聞いてくれって。
鶴 …まぁいいですけど…
阿 ある時、俺たちは見つけてしまった。
吽 鏡開きをされたまま、放置されている大きな大きな酒だるを。
鶴 何かの行事で使ったんでしょうか…
阿 俺たちは飲んだ。
吽 遠慮なく飲んだ。
阿 顔を突っ込み
吽 飲んで、飲んで飲みまくって
狛犬 その中に吐いた。まーっと。
鶴 はぁ
阿 それを見たすーさまがな
吽 めちゃくちゃ怒ったんだわ。
肩を怒らせた崇徳が入ってくる。次の台詞を言い、去る。
崇徳 『全部飲み切るまで許さねぇからな』
吽 怒髪天うんたららってのは、あん時のすーさまだと思うんだわ。
阿 まぁ勿体ねぇしさ、怒られんのもわかるわな。そんでな。俺たちはその時思ったね。よし
吽 やったろう
鶴 ……はぁ
阿 俺たちは死ぬ気で飲んだ
吽 限界が来るまで飲んだ
阿 そして吐いた
鶴 …(聞こえないぐらいの声でうめく)
吽 吐いては飲み、吐いては飲み
阿 飲んでは吐き、飲んでは吐き
阿 全く減らねぇのな
吽 味も変わるしな
吽 あれは地獄だったわ。
鶴 でしょうね
阿 そして俺たちはとある心理に到達した。
吽 これは輪廻転生の理
阿 森羅万象、久しく永劫回帰せし物也! その証明、即ち酒樽に在りッ!
吽 ならば飲酒、生死すらも超越せし蛮行、否、神事である!
阿 飲酒、それ即ち神人一体となる即身行為なり!
鶴はあからさまになんだこいつらという顔をする。
吽 そんな俺達の熱弁を聞いていよ
猫、出てきて次の台詞を言って去る。
猫 『……そんなもんはねぇ。』
吽 (阿吽、顔を見合して)あいつが普通に喋ってて驚いたわな
鶴 ドン引きじゃないですか。
阿 まぁな。どっちが最初だったかは忘れたが
吽 最初に異物酒を飲んだ時点で俺達の心は折れていた
阿 もうバッキバキだったね。実際。
吽 じゃあなんで頑張って飲んじまったんだっての
阿吽は二人で大笑いする
阿 輪廻の探求よりもそんときゃ証拠の隠滅ですよ
吽 罪も証拠もゲロも酒も元は水だし元に返そうぜってことで
阿吽は顔を見合わせた。そして鶴を見つめて、鶴は聞きたくなさそうな顔をして
阿 手水舎にな…
吽 ………こう…(流す動作)
崇徳、出てくる。信じられないという表情。顔を掌で覆い、肩を落として無言で去る。
阿 あの人があんなに落胆してるのは初めて見てな
吽 怒られたよりも衝撃を受けてだな
阿吽 俺たちは、禁酒をすることにした
吽 何事も何やってんだかわかんなくなったらいっぺん立ち止まった方がいいしさ。
鶴 その方がいいと思います……う、なんか気持ち悪くなってきた
阿 そこ(手水舎を指さして)で顔でも洗ってくれば?
鶴 (食い気味に)嫌です
吽 まま、出汁でも飲めよ
鶴 (食い気味に)い・や・です!
阿 これ(出汁)でも何飲んでんだかわからなくなるまで飲めば酩酊状態と同じなんだよなぁ
吽 楽しくなれれば、なんだっていいんだ!
阿吽は鶴を挟んで会話を続ける。(アドリブ)ゲラゲラ笑いながら冗談を言い続ける。
鶴 あなたたちは本当に…
鶴は堅かった表情を次第に破顔させて、阿吽達と笑い合う。
鳥居上にいた猫も合流し、楽しそうに全員退出。