六、神楽 剣舞 焚き上げ
六、神楽 剣舞 焚き上げ
日が暮れてくる。
正装に着替えた猫が現れる。
猫 にゃ、お前! (鶴を睨みつけ、人見知りをしそうになるが愛想よくしようと頑張る。) こ、こ、こ、こんにゃところにいた! どうした? ぼーっとして。
鶴 いえ、ちょっと、色々と思い出していて…
猫 にゃ?
鶴 どうなされたのです? そのような正装で。何かあるのですか?
猫 こ、これから、すーさまが躍るにゃ。
鶴 踊る。
猫 にゃ。縁をぶった切って回るにゃ。
鶴 えにしを…切る。
猫 にゃ。お前、わざわざ仕事で来たんだから、いい所にゃ。(いい感じの場所に誘導する)いい所で見とけよ。
鶴 有難うございます
猫 これ以外すーさまやんにゃいからお前ついてるにゃ。
鶴 …もう少し、あの方はご活躍されているのかと思っていました。
猫 (間がもたない) ぎ、ぎ、ぎ、祇園で買ってきたあ、飴があるにゃ。(服をごそごそする)食うか?
神主(人間)が茅の輪を祭壇へと置く。
猫 やば。俺いかにゃいと! ゆっくり見てけよ! にゃッ!(じゃっ)
猫、足早に一旦去る。
崇徳、阿吽、狛犬が出てきて、少し遅れて猫が並び入る。
それに合わせるように人々、妖怪や神使たちが集まってきて、その様子を見守る。
神主が火を茅の輪に火を付け、勢いよく炎が吹き上がる。
同時に、神楽の剣舞が始まる。崇徳が舞い、阿吽が太鼓で猫が笛。狛犬はいるだけでかわいい。
神使Aがいつの間にか鶴の横にいる。
神使A (すごくわざとらしい咳払い)
鶴 ……
神使A (さらに大きくわざとらしく咳払い)
鶴 (やっと気が付いて)…おや?
神使A 貴方、神楽を御存知ですか?
鶴 かぐら、
神使A 一般的に神楽は、人が神に奉納する舞とされていますが、この神社ではそうではありません。崇徳様が納めるのです……それが何故かわかりますか?
鶴 いえ。
神使A この神社に寄せられる願いは強すぎるのです。一つ一つの願いは大したことはありません。しかし、あれほどの量になってしまうと話は変わってしまうのです。それぞれの願いが、一つの社で合わさり重なり合い、負の感情が軛となり繋がる。それぞれの願いは、大きな流れに飲み込まれ消え、一つの漠然とした念へと変貌します。それは人が胸に抱くには、受け止めるには巨大すぎる程に。そしてそれは、この社に溜まってしまうのです。もはや人ではどうにも出来ぬ情念の化け物として。
崇徳 (掛け声)
崇徳、刀を大きく切り上げる。
神使A この社で人々の願いを叶えているのは神ではありません。
鶴 まさか
神使A そう。この社に留まった情念が、ご利益として良いことも悪いことも、引き起こしてしまっているのです。
鶴 そんなことがあり得るのですか?
神使A 現に起きております。
鶴 そんな馬鹿な。
神使A 怨霊が祀られているからと、陰湿な願いばかりが集まった結果でしょう。怨霊だからと、そんな負の願いばかり聞き届けられる訳がないというのに。
鶴 人の情念とはそれ程までに強いのでしょうか…
神使A それは貴方も既にご存知かと思いますが?
鶴 ……
神使A だから、この社では人に代わり崇徳様が神楽を納めるのです。人の情念が生んだ化け物を鎮め、絡まった願いを断ち切る為に、神楽が使われるのです。……解かれ自由になった願いが、いつか、叶うようにと、祈りを込めて、あの方は舞われております。
神楽が終わる。崇徳以外がはける。去り際、猫が鶴の方を見てニッと笑う。鶴は会釈で返す。
神使A あの舞は、あの方しか出来ぬ業なのです。……せっ、説明は以上とさせて頂きます。こ、これで先ほどの借りはチャラですからね! いいですね!
神使A ぷりぷり怒りながら帰る。去る時の歩き方はとても鳩っぽい。去り行くぽっぽ。
崇徳 はぁーあ。
崇徳、その場でごろんと寝る。
鶴は崇徳のそばに駆け寄り、跪く。
崇徳 なんだお前か。
鶴 あの
崇徳 ……
鶴 お話がありまして…
崇徳 お前と話すことなど何もない
鶴 いえ、ですが…
崇徳 この神社にあれ以上のものはないぞ。いつからああなったかは忘れたが、お前がハトから聞いた通りだ。そういう仕組みらしい。
鶴 あの…
崇徳 (話を遮るように)他に何を見に来たのかは知んが、俺と話すより他の者と話す方が良いだろう。世を動かしているのは、何も頂点というわけではないからな。
鶴 違うのです、私は…
崇徳 それでも不足があればお答えすることもあるだろうさ。
崇徳、鶴と顔が合わないように寝返りを打って、話を切り上げる。
鶴 ……そうしてみます。
鶴、深々とお辞儀をして去る。
崇徳 ふん
参拝者Fが入ってくる。二礼二拍手して崇徳に願いを告げる。
参拝者F 殺してほしい人がいます!
崇徳 …ふん。