四、拝殿前
四、拝殿前
信者が大勢参拝している。熱心に祈りを捧げる者、形代を書く者、おみくじを引く者、思い思いに過ごしている。そんな人々の合間を縫うように、狛犬が一組駆けて舞台に入る。狛犬はちょろちょろしている。猫が出てくる。猫はやる気なさげにお参りの列整理をしている。やる気もないし、あまり意味も無い。
参拝者C なんかこの神社雰囲気おかしくない?
参拝者D やっぱりそう思う?
参拝者C うん、なんか冷たいっていうか、怖いっていうか
参拝者D だよね。なんか私も怖い。でもさ、それだけご利益があるってことじゃない?縁切りの。
参拝者C ちょっと怖くなってきたよ。だってここ怨霊が祭られてる神社なんでしょ?
参拝者D そうそう
参拝者C 恨みを鎮めるために建てられた神社とか…本当にご利益なんてあるの?
参拝者D だからこれだけの人が来てるんでしょ。絶対効果あるって。
参拝者Y (スマホを使って自撮りしている)見てください、あれがこの神社の目玉、『ノロイの茅の輪』! 日本の三大怨霊の一人が祀られているこの神社にしかない、日本で、いや、世界に一つしかない、いわくつきの呪術道具です!
参拝者ABが会話を始める。Bは腕を怪我している。
参拝者A なんかここ、変な感じするね。
参拝者B ねー。私も初めて来たときはそう思った。なんか空気が他とはちょっと違うよね。
参拝者A ……一緒に来てくれてありがと。
参拝者B ううん。いいよー。ちょーど、また来たいと思っていたとこだし。
参拝客A あのさぁ。この神社ってホントに…
参拝客B そうそう、なんかマジで効力あるらしいよ。ていうかあるんだわ。ほんとに。
参拝客A え~マジで? 例えばどんな?
参拝者B 例えば…噂ではブラック企業に勤めてる人が会社辞めたい!ってお願いしたら病気になっちゃって、職場で救急搬送されて、結果として会社を辞めざるを得ない状況になったりとか
参拝客A それってたまたまじゃない?
参拝客B あとは不倫されてる女が不倫相手死ね!って願ったら、不倫がバレて、男が不倫相手もろとも社会的に追放されたとか…
参拝客A え、こわ…でもそれも…
参拝客B (食い気味に)あと、夢を諦めさせてほしいって願い。かなったよ。
参拝客A え、それって…(Bの腕を見る)
狛犬達が参拝客に喋りかける。
駒 よくきた
狗 よくきた
駒 おみくじどうかな?
狗 おみくじいらない?
駒 おみくじひゃくえん
狗 あれ (授与所を指さして) よりやすい
駒 かくへん
狗 じたん
駒 おおばん
狗 ぶるまい
駒 にまいに
狗 いちまい
狛犬二人 だいきち!
おみくじの入った箱を参拝客に差し出すが、やはり誰も二人に目を止めない。
二人は不思議そうに首をかしげる。
猫は参拝列の整理に飽き、猫背でうろちょろしながら、床に何か落ちてないか目を光らせている。
参拝客C、拝んでからお賽銭をしていないことに気が付く。
参拝客C そうだ、お賽銭出さなきゃ…
財布を取り出し、中から小銭を出すが落としてしまう。
猫 にゃっ!
猫、それを目ざとく見つけると参拝客が手に取る前に盗んでしまう。
猫 ひーろった!
参拝客C あれ? どこ行った?
猫 もーらった!
参拝客C ?
参拝客はきょろきょろ周りを見渡すが、小銭を拾ってはしゃぐ猫が目に入らない。
阿吽が舞台に入ってくる。
猫 五百円あればちゅーるが一箱買えるにゃ~おっしゃ、コンビニ行って買ってくっか!
猫の服の裾を狛犬が引っ張って止める。
駒 おみくじ
狗 ひいてよ
駒 ひゃくえん
狗 ちょーだい。
猫 えー。
駒 にまいにいちまい
狗 だいきち
狛犬はおみくじの入った箱を猫に掲げる。阿吽も近づいてくる。
阿 ……俺も引きたい。
吽 俺も。
猫 えー。
阿 そしたら猫ババ見逃してやる
吽 釣銭はお前のもんだ
猫 ……じゃあ三枚! おつり!
駒 おつり
狗 おつりなーい。
猫 ………釣りはとっとけ! にゃっ!
面白くなさそうなにゃっ!という掛け声とともに猫がおみくじを引く。続いて阿吽も引く。
三人同時におみくじを開いて結果を見る。
三人 大凶!
狛犬達が「ついてないね」と口々に言いながら小走りに舞台からはける。猫はその後姿を見て地団駄を踏んでいる。
三人は引いたおみくじを真ん中から半分に割くと、神社の奥に飾られている――よく神社に飾られている茅の輪に似ているがそれよりもかなり細く一回り小さい。左右にある1対の棒から吊るさして空中に固定される茅で出来た――円にくくりつけ、満足そうな顔をする。
参拝客DE、お参りをするために拝殿前に整列している。前に二,三組いる。
参拝客DEは阿吽猫がおみくじの結果を見た瞬間から台詞を言い始める。
参拝客D ねぇ、あれ何?(草の円を指さして)
参拝客E あれ? なんでも、あれやると縁切りとか縁結びに効果があるんだってさ。(授与所を指さして)あそこにある紙…形代(文庫本より一回り小さいぐらいの紙)っていうの? あれに切りたい縁と(中心に書く)、結びたい縁を書いて(切りたい縁を挟んで左右)、結びたい縁を残して切りたい縁だけを割いて、その切った紙をくくりつけるといいんだって。
参拝客D おみくじとかもくっついてるみたいだけどいいの?
参拝客E どーなんだろね。ま、皆やってるしいいんじゃない?
参拝客D そうなのかなぁ。
参拝客E あれだけくっついてるんだからなんかご利益ありそうだよね。
参拝客D あそこまであるとねぇ…怨霊っていってもさ、百人一首に載るレベルの和歌?短歌?の達人がこんな怖めな神社に祀られるかね?
参拝客E 昔の人が考えることだしねぇ…次だ。(前に進みながら)そういえば、何お願いするの?
参拝客D 聞いちゃう? マジでむかつくやつがいてさ、そいつを
参拝客E ……(言葉を遮るように)やめとくわ
錫杖の音が聞こえる。
神使(この神社内の神使は全て鳩)に連れられ、鶴が舞台に入ってくる。
神使A 皆様方お揃いで。あの方はいずこに?
阿 今日は見ていない。
吽 どこかでお休みされているのだろう。
猫 そいつは? にゃにゃ?
神使A この方は
鶴 申し遅れました。姓は無く、名は鶴と申します。出雲より参りました。此方にお祀りされている神に、お目通りしたく存じます。
阿 なるほど!
吽 出雲の国の使い!
阿 はるばる、よくぞ参られた。
猫 …(鶴を訝しげに見つめる) 御用件は?
鶴 …(猫を見て)出雲からの書状は此方に。早急の用があって参りました。(少しそわそわして)…どちらに? あの方はどちらにいらっしゃるのですか?
阿吽は困ったように顔を見合わせる。
阿 それが…
吽 申し上げにくいのだが…
荘厳な音楽と共に本殿の扉がしずしずと開くが、中には何もない。鶴と猫以外、それを見て肩を落とす。
猫 どっかでさぼってるよ。
阿 お前は!
吽 そういうことをはっきり言うんじゃない。
猫 本当のこと取り繕ってどうにゃんにゃ。
阿 だから取り繕うんだろうが。
吽 すまない。暫し待ってくれないか。
猫 そこらへんに転がってるかにゃ。
阿吽 だからお前は!
猫 だってにゃ~ほんとうだしにゃ~
鶴 もしかして……いつもこうなのですか
神使A ええ…まぁ…
猫 すーさま! どこですか!
阿 お客さんです!
吽 客人です!
三人 すーさま!
鶴 呼び方…
三人 すーさま!
鶴 …本当にいつもこうなんですか?
神使 ええ…こうなんです。(額の汗を拭きながら) こいつら…こちらの方々は千年もお遣いされているのですが…だからといいますか…その…いやはや…なんて失礼で罰当たりな…
三人 すーさま!
崇徳 ふがっ!(場所は問わないが、物陰に横になっていた体を一瞬起こし、バタンと寝る。もしくは賽銭箱に潜んでいて、そこから一瞬手を出し、ひっこめる。あとはそこから引きずり出される)
猫 いたぞ!
阿吽 すーさま!
三人、崇徳に駆け寄る。
猫 起きてってば!
阿 久しぶりに神っぽい人が訪ねて来ましたよ!
吽 久しぶりに神っぽいことをしてくださいよ!
崇徳、三人に揺り起こされながら少し表に出てくる。
崇徳 神ではない…ただのおじさんなんですぅ。
崇徳は言い終わるや否や脱力し後ろに倒れこむ。すかさず阿吽が左右から抱え起こす。
阿 いやいや神でしょ
吽 そうそう御祭神でしょ
崇徳 ちがいますぅ。俺はただのおじさんなんですぅ。だって俺いてもいなくてもあんま関係ないし
猫 にゃに言ってんだ。(鶴に向かって叫ぶ)お客人!えっとにゃんだっけ。とりあえず、ちょっとまってにゃ。
崇徳、妖怪三人に動かされて操り人形のように鶴と神使の前にやってくる。
崇徳 おー。(感嘆) おー。(挨拶)
鶴 …(ハッとして) 私、出雲から参った鶴と申します。此方、書状に御座います。是非お目通りをお願い申し上げたく…
崇徳 ……(チラッと書状を見る)ん。
崇徳は書状をぞんざいに受け取るとザッと目を通し、それで鼻をかんでポイっと捨てる。
崇徳 返事は、こうです。おい誰か、割いて茅の輪にでも結んでおいてくれ。では。
崇徳、再び脱力する。再び阿吽が支える。
鶴、その姿を見て呆然とした後、唾をごくんと飲んでから、唐突に笑いだす。
鶴 これは…驚きました。が、これは都合がいい。書状の返事。……しかと頂戴致しました。
猫 あれでいーんか
阿 懐の深い
吽 お方であるな
鶴 ただ、このままおいそれと帰る訳にはいきません。そうですね…暫く、此方に置いて頂くことは出来ませんか? 私も書状を鼻かんで捨てられましたと報告するわけにはいきません。収穫もなく帰る訳にもいきません。期限まで時間はあります、適当に報告書をでっちあげるとしましょう。
猫 まじか
吽 肝の強い
阿 お方であるな
鶴 今流行りの忖度というものです。おや、流行は去りましたかな。…崇徳様は一度も神有月の会合へいらっしゃっていないご様子。…その理由を調べて天照大御神への報告書を作らねばなりません。私はその調査の為にこちらへ参りましたので。
崇徳 (鼻で笑う)……好きにしろ
鶴 そうさせて頂きます
崇徳 俺は寝る…
深くお辞儀をする鶴を無視し、崇徳は阿吽に身を任せて脱力。
神使A 崇徳様…
狛犬が並んで二匹駆けてくる。手には授与所で引いたおみくじを持っている。
狗 おみくじひいた!
駒 いちまいひいた!
狗 だいきち
駒 うれしいね
狗 えんにむすぼう
駒 そうしよう
狛犬達が円におみくじを結ぼうとするが、円が結ばれた諸々の重さに耐えきれず地に落ちる。
参拝客はその様子を見てざわめく。反して、人間ではない者達は冷静で、狛犬達は嬉しそうに言う。
狛犬 落ちた!
崇徳 …………やるか
崇徳、阿吽達から離れると、先ほどの態度とは変わってしゃっきり歩いて舞台からはける。狛犬と阿吽もそれに続く。
阿 今夜か
吽 今夜だ
狛犬 (歓声)
鶴 ?
猫 まぁ、見てろって。
鶴と神使を残して全員退出。
神使 全く、出雲の使いというから期待していましたが、何なんですあの態度。情けないったらありゃあしない。幻滅しました。貴方、自負や誇りなどはないのですか。少しでも怒ったらどうなのです。見れば、随分と若い。出雲の使といっても、妖まがいの我々などより気概も無い。自分の任された仕事に責任感を持ったらどうです。
鶴 ご忠告、痛み入ります。
神使A その態度が無様だというのがわからんのですか。
神使A、ぷんぷん怒りながら去る。激おこぽっぽ。
鶴 (崇徳院が去った先を見つめて) そんなものどうでもよいのです。