十五、認識
十五、認識
崇徳、出てくる。
崇徳 …鶴?どうした、ひどくうなされていたようだが。
鶴 すみません。慣れぬことをして、疲れてしまったのか、うたた寝をしてしまったようで…
崇徳 そう、か……少し話をしないか。
鶴 ……ええ、是非。
崇徳と鶴は並んで腰かける。
崇徳 あ奴らから聞いたか?
鶴 聞いたというと…保元の乱の話ですか?
崇徳 聞いちゃったか~
崇徳、顔を覆う。
崇徳 (若干早口)あれ殆ど、あいつらの創作だからな…俺あんなかっこうよくないし、いや為朝は凄かったんだが、最後の口上とかどう思う? 俺、あんなこと一言も言ってないんだわホント。こんな島流し先で手下があんな物語作ってるってバレてもみろよ…斬首されたらどうしようってんだよ…ほんと…バレないって…わかってるんだけどさ
鶴 でも、面白かったです
崇徳 (顔を上げて)面白ければよいってもんじゃないだろう。お前も変わっているな。
鶴 そうでしょうか?
崇徳 ふん……何故、私が厭われたか分かったか?
鶴 …
崇徳 俺がもう一度、天皇になれなかった理由だ。
鶴 ……不義の子だからと
崇徳 ……母は言っておった。最後まで『違う』と。それなのにな、父は信じてくれなんだ。真の事実がどうなのか、わからなかったが…俺は母を信じることにした。俺は一生懸命勉学に励み、芸術の、特に歌を学び、認めてもらおうとした。これだけ、優秀になれば母の無実を証明できると、俺の言葉が届く人が増えると信じて。
しかし、現実はそうはいかない。気が付けば噂が広まりきっていた。俺は父と母の子ではなく、祖父との子…とな。それが真実とされてしまった。…あの時代では、真実か不実か確かめる方法など無い。世論が全てだ。
鶴 そんな…ひどい
崇徳 人の世の事実なんざ、そんなもんだ。どうにでもなる。嘘が真に、真が嘘に。まことしやかに世論を作り上げたとしても、何かの拍子で簡単にひっくり返ってしまう……お前、歌はわかるか。
鶴 …あまり。
崇徳 世論も歌も、同じようなもんだ。作者の意図など簡単に覆るしな。そうだ……歌で、掛詞というものがあるのは存じているか?
鶴 一つの単語に、二つ意味を持たせることで歌に深みを持たせる手法…ですか。
崇徳 それだけ知っていれば十分だ。掛詞というものは、言葉遊び、言ってしまえば洒落よ。現代風に言ってしまえば、ギャグ……親父ギャクにも近い所があるかもしれんな。歌なんざそんなもんよ。
鶴 それはどうでしょう?
崇徳 無理にこじつけてしまえばそうだろう。違うといえば、違う、正しいといえば正しい。ほら、掛詞に二つ意味があるように、親父ギャクにも二つの意味がある。例えば…ふとんが、ふっとんだ。ほれ、ふとんと吹っ飛んだが掛けられている。掛詞だ。
鶴 かけ…ことば?
崇徳 (気まずそうに咳)……掛詞と言ってしまえば高尚に聞こえるだろう、しかしだな、実際はそうでないかもしれない。意味なんかないのかもしれない。ただ、たまたま音が良かったから、都合がよかったから、ただ、それだけでこじつけて決められたことかもしれない。そうだろ?
鶴 そうかもしれませんが…
崇徳 事実はどうあれ、その言葉に込められた意味も、理由も、それを受け取った者が決めればよいのだ。……この意味がわかるか。
鶴 意味?
崇徳 言葉の意味なんざ、物事の意味なんざ、いくらでも決められる。自分でな。……しかし、同時に誰かに勝手に決められてしまうことだってある。だからな、事実がどうであれ、真実がどうであれ、自分が正しいと思ったこと、間違っていないと思ったこと、それは曲げないでも良いのではないか?
鶴 それは一体、どういう…?
崇徳 自分で考えてみなさい。
鶴 (何かを取り繕うように)……しかし、何故? 賢君と呼ばれた貴方が、あのような戦を起こしたのですか? 止めることだって、出来たはずでしょう。
崇徳 お前…痛い所を突くな
鶴 す、すみません
崇徳 まあよい…俺は、欲が出てしまったのだろう。頼長に持ち上げられてな。悪佐府と呼ばれ恐れられ嘲笑されてもいたが、俺は、あいつが春の嵐のように思えてなぁ、どうしても嫌いになれなかったんだ。そんな奴が、言うのだ。俺ならば、より良い国を作れるってな。だから俺は思ってしまった。この世を納めてみたい。自らの手で、この世を変えてみたい。より良い、世界を作り出してみたい…自分がよりよく生きることが出来る世界を作りたい。そんな欲だ
鶴 …欲
崇徳 夢、と言った方がわかりやすいかもしれないな。
鶴 …
崇徳 目の前に明るい何かが見えてしまうと、どうしても人はそれに手を伸ばしてみたくなってしまうのだ。いやはや、人も愚かよな。火に飛び込んでいく虫のようだ。愚かよな。しかしそれはどうしても蠱惑的で、魅力的で、どうにもならなかったのだ。皆も気づいていたのだろう、頼長も皆…我々は皆そうだ。不相応な願いを抱き、皆死んだ。
鶴 まだ貴方は生きています。
崇徳 いや、俺も死ぬのだ。
鶴 いいえ
崇徳 俺は、無念のまま死ぬ。
鶴 いいえ、やり直せます。
崇徳 それはどうだろうな?
鶴 皆と幸せに暮らすのです。
崇徳 そんなもの御伽話だろう。
鶴 いいえ、可能です。貴方ならば、もうお分かりでしょう。
崇徳 まぁ…な。書状を受け取って貰えなかったことに、腹を立てなければばいい、ただそれだけなのだ。
鶴 はい、それだけで貴方は人のまま死を迎えることができます。
崇徳 なぁ……あれは、何故、届かなかったのだろうな。なぜこれ(胸を抑える)は届かぬのだろう。
崇徳、遠くを見つめる。
鶴 人とはそういうものです。
崇徳 おぬし、達観したことを言うのだなぁ。
鶴 私は人ではありませんので
崇徳 人ではない…俺はそうは思わんが…難しいなあ。
鶴 ……ええ。
崇徳 …そうだ、お主にこれをやろう。
崇徳、懐をごそごそし始める。
崇徳 あまりうまいもんじゃないが、この時代ではちょっとした甘味としてこの果物は重宝されていたんだ。俺はこれが嫌いじゃなかった。折角だ。お前にやろう。
懐から橘を取り出して、鶴に手渡そうとする。鶴も掌で受け取ろうとするが、受け取れずに橘が落ちる。
崇徳 ……鶴? 鶴? どこに行ってしまったのだ?
鶴 もう、私が見えませんか。
崇徳 鶴? どこにいるのだ?
鶴 もう、声も届きませんか。
崇徳 どこだ?
鶴 運命が変わろうとしているのです。貴方は、神から人になるのです。
釣り帰りの阿吽猫が入ってくる。腰には大量に魚が入った網かごがぶら下がっている。
鶴、舞台上の目立たぬところまで下がる。
猫 (落ちている橘を指さして) あー!
阿吽猫が競うように落ちている橘に群がり、崇徳に渡そうとするが、思い留まって、食うかどうかも考え留まって舞台袖にぶん投げる。(取って投げるのは誰でもいい)
崇徳 お前なんてことを!
阿 まぁーまぁー御館様
吽 まま、御館様。
猫 いっぱいとった! (かごを見せびらかす)こっちの方が美味い!
吽 夕餉にしましょう
阿 今日のは一段と美味しそうです!
崇徳 しかし…なぁ、鶴がいなくなったのだ。
阿 いなくなった?
崇徳 そうだ
吽 突然?
猫 お腹すいたら帰ってくる!
阿 気にしすぎですよ
吽 そうですそうです、飯の匂いにつられて帰ってくるかもしれませんし!
それぞれ網かごから魚なのかもよくわからない何かを取り出す。それぞれがそれぞれの物をうまそうだな、と讃え合う。(人魚のミイラとか河童とかが出てくるとよい。)
崇徳 お前らはほんとに…鶴、先に行ってるからな
鶴以外退出。鶴だけ暗がりにぽつんと残される。
鶴 ……声が届く間に、お伝えしておけばよかった………崇徳様、あの時は、本当に、ほんとうに、ありがとう御座いました。
鶴、深々とお辞儀をして四人とは反対から退出。




