69.資金源
あの後、なんとかイアンを落ち着かせて朝食を食べ終えるとこれからの事について話し出した。
「明日は十時にアディスア街から馬車が出るそうです」
「じゃあ今日中に準備しなくちゃいけないって事だね」
お茶をズズッと啜りながらイアンは今日にすべき事を考える。
いろんな薬を調合出来るようにごちゃごちゃにしてしまった薬箱に材料を入れ直し、作業着では心許ないので自身の装備もチェックしなければいけない。
タナカさん(夫婦)が武器になりそうな家の中の物を一通り手入れをしてくれている。使えそうな物の確認も必要だ。
「あっ」
そう考えているとハッと一番大事な事をイアンは気付いた。
「にゃ?ご主人、どうしたですにゃ?」
「いや…王都行きはどうにかなったけど王都での滞在のこと考えて無かった。俺…金ない」
あっ、と周りは思わずと声が漏れた。
イアンは自給自足で暮らしており、大抵の事はどうにかなっている。
どうしても必要な物があったとしても実家に盗みに入っているし、イアンは気付いていないが家族にはバレバレの為、イアンが何不自由にならないよういろんな物が置いてある。
イアンは人と関わる事も無いのでお金は必然的に必要無くなってしまったのだ。
しかし王都での滞在費は馬鹿にならない。
この国の中心である王都、国外からの来賓もあれば貴族の集まる場所。
それに合わせてなのか王都は高級品ばっかりで全ての物価が高く、安いホテルでも周辺の街とは金額が天と地の差だ。
王都に行くのはトニーがギルドの馬車を使い、乗せて行ってくれると言っていたので無料。
だが、行く事しか考えていなかったのでそれ以外の事は全く頭に無かった。
「あ、なら俺ダンジョンで稼いだお金全然使ってないんでいっぱいあります!」
「仕送りしてあんまり無いけど、私も少しくらいなら」
「にゃー、お二人にお金借りつもりですかにゃ?ご主人ダサイですにゃ」
「クゥン」
誰も借りるなんて一言も言っていないが何故かタマの中では借りる話しになっていて、それにポチまで同調している。
「誰が借りるかっ」
イアンは怒って立ち上がると何故か玄関の方へ向かって歩いて行く。
なんだと二人は顔を見合わせたが理由が分からなかったのでイアンの後を追ってみると玄関先でイアンは植木鉢を見ていた。
「イアンさん、なんですかそれ」
「葉っぱ?って事は植物?」
二人の問いには答えず、イアンは徐に植えてあった植物を掴んだ。
それを見た後からついて来たポチとタマは顔を青褪めさせ、耳を塞いだ。
「きぃーーーーー!!!」
甲高い悲鳴が辺り一面に響き渡った。
「いっ!?」
「なんの音!?」
慌てて耳を塞ぐが、それをすり抜けて来るようだ。
何故かイアンが平気そうにしているのを見てギョッとしたが、イアンはいつの間にか耳栓をしていたのだ。
イアンは手に持っていた白い何かを音の発生源に突っ込んだ。
すると音が急に止んだ。
「本当にそれなんですか!?」
「マンドレイク」
「えっ!マンドレイク!?」
マンドレイクだと言われた植物は何故か主根に顔がついており、側根を手のように使ってイアンから貰った物を口にモゴモゴ詰め込んでいた。
「なんで顔があるんですか!?マンドレイクってただの植物ですよね!?」
マンドレイクは幻覚作用のある植物で医薬としてでは無く対魔物用の薬の材料として使われる。
育成の条件が良ければ他の植物を押し除けてもの凄い勢いで育ってしまう厄介な植物である。
しかし、栽培の成功例は極めて低く、成功しても余り質の良い物も出来ない。
だからダンジョンの奥深くに潜り、取って来なくてはいけなく、沢山見つかるかは運次第、なかなかに高額で取引されている。
マンドレイクは主に根っこを使用する唯の植物である。
だから今目の前のように動く事なんてあり得ない。
「俺だって知るか。だけどこれを売ればいい資金源だろ?」
「た、確かに…」
「これは物凄い値段になりそう」
口の中の物が無くなったマンドレイクはイアンに根っこを伸ばし、同じ物を催促する。
「それって何あげてるんですか」
「コッコの卵の殻」
運良く種から芽を出してから成長を促そうとコッコの産んだ卵を細く砕いてあげていたのだ。
そしてある日、いつものように水と卵の殻をあげた瞬間、根っこが急に土から出て来たと思ったら卵の殻を取っていたのだ。
何か変な物が混じり込んだかとびっくりして鉢から抜き出したマンドレイクに顔はあるし、口に殻を入れようと動いていたのだ。
少しの殻を食べ終わると全然足りないと甲高い悲鳴を上げたのだった。
驚きでポカンとしていたイアンは防ぐ暇なくその一撃を浴びたのだった。
それからは殻の量も増やすと一気に成長し、今では大きめの鉢で育成中である。
「そう言えばマンドレイクが見つかる場所ってコカトリスもいるような」
「えっ、そうなの?サント」
「うん。もしかしたらコカトリスの卵がマンドレイクにとって成長する為のエネルギーで、だからイアンさんの育て方が正しくてマンドレイクもこれが本来の姿かも」
図らずもイアンはマンドレイクにとって一番良い環境を作り上げたらしい。
「よし、お前ら。これ売ってこい」
「私達が、ですか?」
「俺に協力したいんだろ?だったら出来るよな?」
「それくらい自分で売れば良いにゃ」
タマの言葉を聞かないふりして二人に鉢に戻したマンドレイクを押し付ける。
だが、アイゼは眉を下げて売る事に躊躇する意見を言う。
「だって…なんか、つぶらな瞳が見つめてくるんですけど」
顔を出したままだったマンドレイクはキュるっとした目で何か訴えて来て、どうも売る気にさせてくれない。
そう言われ、サントまでもその目を見てしまい無理だとイアンの手元に戻って来てしまった。
「なんで売れないとか…」
そう言いかけ、イアンも初めて振りにマンドレイクと目が合った。
その目を見て、まるでポチやタマ、コッコ達のようだと一瞬思ってしまった瞬間、愛着心が芽生えてしまった。
イアンは足元から崩れ落ち、このマンドレイクを何処の誰とも知らない奴に渡せる訳がないとマンドレイクで資金する計画を諦めざるを得ないのだった。