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68.その替え俺のです


「うわぁぁ!?」


 自分の叫び声と共にイアンは目を覚ました。

 荒い息を吐きながら自分の状況を確認すると暗闇で巨大な何かに追いかけられ、潰されたのはただの夢だったようだ。


 ホッと息を吐いたが、太ももの辺りに重みを感じた。見るとうつ伏せの状態でタマが寝ていた。


「…うつ伏せ?」


 タマは寝相が悪いが殆ど仰向けに寝ている。それなのに今うつ伏せという事は予期せぬ衝撃があり、転がってしまったのでは無いか。


 そうなると今可能性があるのはイアンが夢にびっくりして上体を起こした時だけ。

 そして夢の巨大な何かは最後「にゃふーん」と言っていた。


 つまり、イアンが悪夢を見た原因はタマがイアンの腹の上で仰向けに寝ていたせいだという事だ。


「っまたお前か」


 今回はタマのせいだが、最近悪夢を見る事が多いと頭に手を当てイアンは溜息をついた。



 ◇◇◇



 まだ寝ているポチとタマをそのままに階段を降りるとタナカさん(夫婦)が朝食を用意していた。

 昨日、お腹が空いていたのにも関わらず食べずに寝てしまったせいか、匂いを嗅いだだけでお腹が鳴った。


「タナカさん(夫婦)おはよう」

「カタカタ」

「カタカタ」

「大丈夫、寝てたら復活したし」


 挨拶もそこそこに昨日食べずに寝落ちしてしまったイアンを心配そうに聞いてくるタナカさん(夫婦)だが、イアンさんは大丈夫だと片手を振った。


 席に着くと直ぐに出してくれた。

 タナカさん(妻)が持って来てくれたのは優しい味のスープに焼いたパンを一口大にカットして浸した軽い朝食だった。


「タナカさん(妻)、俺別に病人じゃないんだけど…量少ないし」


 そう言うがイアンはストレスからだとしても、昨日吐いていたとポチ達から情報を得ていたのでタナカさん(妻)は問答無用とイアンの意見を却下した。


 聞く耳を持たなそうなタナカさん(妻)にイアンは逆らえず、目の前のスープを食べ始めた。


「終わり、ましたぁ!」

「お腹空いたぁ…あ、イアンさんおはようございます!」


 急に扉が開いたと思ったら、アイゼとサントが部屋に入って来た。


 こんな時間にここにいるという事は帰らずにここに泊まったと瞬時に思いつき、イアンは問いただそうとしたが二人が全身所々に泥を付けているのに気付いた。


「…お前ら、何してたんだ」

「昨日あのまま一部屋借りて泊まったんです」

「そのお礼と言うかイアンさんの代わりに畑の水やりして来たんです」

「あー…そう、か…」


 いろいろな事があったせいかイアンの頭に畑の世話の事はすっかり抜けていた。なのでイアンは二人に感謝すべきだが、礼を言うのが気恥ずかしいのか目が左右に揺れて感謝の言葉が出て来ない。


 ポチやタマがいれば背中を押して切っ掛けをくれるが、まだ寝ているので頼りに出来ない。


「、水やりして、そんな汚れるか?」


 言葉を濁していたイアンはふと、二人が水やりをしてくれたとしたら何故服を泥で汚す事があるのか疑問に思った。


 それに対し、サントが苦笑混じりで説明すると二人は泊めてもらった礼にイアンの朝の仕事である水やりを手伝う事にした。

 丁度その時、タナカさん(夫)がコッコ達にご飯をあげる準備していて、ついでに自分達があげてくるとタナカさん(夫)からネズミの入ったバケツを受け取って外に出てた。


 二人は水やりの前にコッコ達の小屋にご飯であるネズミを持ったまま何の気無しにアイゼは小屋の扉を開けた。


 二人は知らない。

 イアンが食事の時、一緒に卵を取りに行く事を。そしてコッコ達がそれを阻止する為にバトルを開始する事を。


 瞬間、コッコ達から蹴りが飛んで来たのだ。


 ダンジョンなどで戦闘を積んで来たアイゼにはこれくらいの戯れの蹴りに対処する事は余裕だった。

 ネズミの入ったバケツを思いっきり振り上げて防御しようと無意識に行動した瞬間、不味いと思った。


 ダンジョンでは倒すのが当たり前。

 今のアイゼの行動はバケツで防御しつつ、振り上げた勢いのままコッコに向かってバケツを当て、吹き飛ばそうとする動きだ。


 このまま当てればコッコは最悪無事では済まない。

 アイゼは咄嗟に全神経を総動員してバケツから手を離し、コッコの前で空振りした。


「コケー!」

「うわっ!?」

「えっ、きゃっ!?」


 ガンッとバケツが壁にぶつかる音と同時にコッコから一撃をもらったアイゼは後ろにバランスを崩す。

 アイゼの後ろにいたサントは背中しか見えておらず、事情が分からないまま倒れて来たアイゼの下敷きになってしまったのだ。


 蹴ってからイアンでない事を知ったコッコ達は顔を見合わせると散らばったネズミを尾の蛇が咥え、一緒にいたヒドキーを連れてその場から逃げ出したのだった。


「そう言う訳で汚れてしまったんです」

「あの、イアンさん。出来ればお風呂貸して欲しいんです。俺の下敷きになったせいでサントの背中泥まみれになっちゃって」


 正面からしか見ていなかったので分からなかったが、サントの背中は酷い有様だった。


「あー…それは、悪い」


 これは悪いと思ったのか、イアンは頭を下げた。

 だが、実際はいきなり攻撃を仕掛けて来たというコッコ達の行動に当たったのが自分では無くて良かった、犠牲になってくれてありがとうと思っていた。

 イアンはその思いを頭の片隅に押しやりタナカさん(妻)に声をかけた。


「悪いタナカさん(妻)、風呂の準備してくれるか?」

「カタカタ?」

「服?あー、それは任せるわ。タナカさん(夫)も手伝って、俺食べ終わったから」


 最後の一口を食べ終えるとイアンは代わるように台所に立つ。

 後は魚を焼けば終わりだと伝えると先に行ったタナカさん(妻)と家が泥だらけになるのは困るのでついでに連れて行ってくれと頼んだ二人の後を追った。


 焼き上がりに近付くにつれ、家中に漂い始めた魚の香り。

 それに気付いたタマがポチを連れてようやく起きて来た。


「ワン!」

「おはようございますにゃ、ご主人」

「おはよう。にしても、タマは相変わらずグッドタイミングだな」


 ちょうど皿に魚を乗せていたイアンはいの一番にタマの前に置いた。


「にゃー!いただきます!」


 早速と言わんばかりに魚に齧り付く。

 幸せそうに食べるタマを横目にポチにもご飯を皿の上に用意して差し出す。


「クゥン」

「もう大丈夫だ。ありがとうな、ポチ」


 イアンの体調を心配そうにするポチの頭を撫でる。

 イアンは出来上がった料理皿に盛り付け、机の上に並べ終えるとこちらもまた良いタイミングでアイゼ達が戻って来た。


「…いや、いやいやいや!タナカさん(妻)!?さっき服の事は任せるって言ったけど、なんで俺の!?」

「えっ!これイアンさんのですか?」

「アイゼ、あんまり嬉しそうにするとイアンさんに怒られるよ」


 アイゼとサントが着ているのはイアンの替えの服。

 暑い時期の農作業は動くだけでも汗だくになり、びちょびちょになったシャツを着ているのが好きではないイアンは休憩の合間に着替える事が多い。

 その為、替えのストックも沢山ある。


 浴びるだけで良いと言う二人だったので風呂より少ないお湯を沸かし、順番に身体を洗っている間、タナカさん(妻)は二人の服の洗濯、タナカさん(夫)がイアンの服を持って来ていたのだ。


 タナカさん(夫)は使って良いのか少し躊躇していたが、イアンに任せられたと言ってタナカさん(妻)が許可を出したのだ。


 だが、イアンの服は二人とって大きかった。

 イアンはパッと見ると細く見えるが、畑仕事は力仕事が多く、実際は筋肉が結構付いている。


 二人は大人とみなされて、ダンジョンに行って鍛えられているとはいえ、まだ線が細い。身長も十五センチ近く離れている。


 イアンの服は肩からずり落ちてしまうので後ろ襟を摘み、その部分を紐で結び、首にフィットするようにした。

 同じく下もウエストのサイズが違うので腰の辺りを紐で結んだのだ。


 紐で結ばれ、首元が少し苦しいと思っていたが、これがイアンの物と知るとアイゼは急にテンションが上がる。


「俺知ってます!これって、彼シャツ、って言うですよね」

「アイゼ。駄目、謝って。イアンさんの顔が、」

「いだだだっ!?」


 サントの警告虚しく、ふざけた事を言うアイゼにイアンは頭を掴み、ギリギリと力を入れて制裁を喰らわせるのだった。


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