67.束の間の休息
イアンが叩きつけた板は跳ね返ってタマの目の前に落ちて危機一髪だったが、壊れる事は無かった。
危ないと怒るタマを雑に撫でてイアンは苛立ちを隠せないまま椅子に座り直した。
叩きつけた音をきっかけに騒いでいた二人も静かになった。
「イアンさん?何かあったんですか」
「…一週間後、三人の死刑が執行される」
「一週間後!?」
まさかの言葉に二人は絶句する。
イアンは気持ちを落ち着かせる為に近くに戻って来たポチを抱え、頭を撫でまくる。
「くそっ、予定が変わった。情報なんて集めてる場合じゃない」
イアンは死刑が確定したと書かれていても捕まえてからまだ一日も経っていないのでまだ時間があると思っていた。
だから、情報を集めて誰もが反論出来ない証拠を突きつけてやろうとしていた。
ところが今見た板の情報の一週間後となるとイアンの力ではその期限までに有益な情報を集める事は不可能に近い。
見つかるか分からない情報を集めるよりも王都に行った方が良いと思った。
イアンは二日後になんて行くつもりは無く、アイゼとサントにもう一度馬車の確保をして来いと言うつもりだったのだ。
しかし、日にちを遅くする事は簡単だが今日明日と行くのは難しい。
アイゼとサントが見ていた馬車の情報も早くて出発が十日程のものだった。
なので二日後には王都へ行けるルートが確保されていた事は良い意味での誤算である。
「はぁ…取り敢えず、タナカさん(妻)」
「カタ?」
「夕食の支度頼む」
言うと同時にぐぅとお腹が空いた音が響き渡る。
イアン達は日の出日の入りで行動するが大体何時もの夕食を食べる時間は決まっており、いつの間にかその時間になっていた。
イアンのお腹の音を聞いてポチ達も急にお腹が空いて来たとお腹を摩ったりし始めた。
それを見たタナカさん(妻)は席を立って夕食の準備に向かう。タナカさん(夫)もタナカさん(妻)に続いて席を立ち、手伝いに向かう。
「おやつも食べてにゃいからお腹空いたにゃぁ…」
「ほら師匠。さっきタナカさんが持って来てくれたお菓子ちょっと食べましょう?あーん」
「にゃーん」
「んんっ!師匠が可愛いっ」
タマは何度も口を開け、サントにお菓子を食べさせてもらう。イアンは呆れた目でタマを見ながらポチを撫でつつ、お茶を飲む。
手持ち無沙汰になったアイゼはいつの間にかタナカさん(夫婦)の手伝いをしており、コッコとヒドキーは足元でわちゃわちゃ戯れていた。
いつものような日常の空気が流れ、温かいポチを抱えていたせいか眠気が襲って来たのかイアンの瞬きの回数が増え、徐々に瞼を閉じていく。
「ワン?」
ポチが呼びかけても何も反応しない。イアンは机に向かって身体をゆっくり倒し、片腕を枕にして突っ伏してしまった。
イアンが倒れて来るので、イアンの膝にいたポチは潰されそうになり慌てて隣の椅子に上手く着地する。
イアンの顔を覗き込むと眉を顰めているが、穏やかに呼吸をする音が聞こえる。
今日はイアンにとって濃厚過ぎる一日だった。
イアンは人と関わるのが嫌いだ。
それは昔あった出来事のせいだとポチだけは知っている。
だからアイゼとサントと初めて会った日の時もストレスからイアンは体調を崩してしまっていた。
それなのに今回、余り動かさない脳を回転させて思考巡らせながら他人と自主的に会話をした。
更にイアンは縁を切ったと言うが、それでも自ら行動する程大切であろう身内が無実の罪を着せられ、一週間後には死刑にされてしまう。
たった一日のいろいろな出来事により嘔吐する程精神的に限界が来ていた。
そこに何時ものような空気が流れ、イアンの気は緩み、疲れも相まって眠りについてしまったのだ。
「料理完成したよ」
「了解、師匠ご飯ですからお菓子は終わりですよ」
「にゃ〜」
タナカさん(夫婦)とアイゼが作り終えた料理を次々載せていく。
皿の置く音が聞こえる筈なのに動かないイアンに気付いたアイゼが声をかけた。
「イアンさん?」
「クゥーン」
アイゼはイアンに向かって手を伸ばし、肩を叩いて声をかけようとするがポチが首を振りながらそれを拒絶する。
「え、イアンさんどうかしたの?」
ポチとアイゼの様子に気付いたサントが心配そうに近付いて来た。
「ワンワン」
「にゃるほど。お二方、ご主人はまぁ大丈夫ですにゃ。ちょっと限界来てダウンしちゃっただけですにゃ」
「えっ、それって大丈夫ですか?」
ポチの言葉を通訳してタマから聞かされた内容に余計にアイゼとサントは心配になる。
それを聞いたタナカさん(夫)がイアンを抱える。目を覚ます気配の無いイアンを部屋に運ぶ為にゆっくり向かう。それにポチが付き添う。
心配しているアイゼとサントをタマは座らせ、夕食を食べるように進める。
「でも…」
「お腹空いて今度は二人が倒れられたら困るですにゃ。ご主人は寝れば復活しますにゃ」
「カタカタ」
タナカさん(妻)も進めて来るので二人は顔を一瞬見合わせると後ろ髪引かれつつ、目の前の料理に手を伸ばし始めた。
一方、タナカさん(夫)とポチは部屋に着くとポチが先行してベッドに乗り、上にある布団を端に寄せた。
「ワン」
ポチの合図にタナカさん(夫)はポチがズラしたそこに優しくイアンを下ろし、寄せた布団をイアンの上に掛ける。
「カタカタ」
「ワン」
タナカさん(夫)は後をポチに任せると部屋を出て行った。
ポチはイアンの枕元に腰を下ろし、少しの時間でもゆっくり出来る事を祈りながら、イアンの頭を尻尾で優しく撫でるのだった。




