6.ポチはジュースを飲む
扉を開けようとしても鍵を閉めたのか開かず、仕方なく気まずさを抱えたまま、アイゼはイアンの元に歩いて行く。
裏庭に行くとイアンは特に何もせずボーッと畑を眺め、先程出されたジュースを飲みながら時々ポチの頭を撫でている。
そんなイアンに近づいたアイゼを見る事なくイアンは出口を指差す。
「出口はあっち」
「…イアンさんに、謝りたくて…さすがに先程は失言でした。すみませんでした」
そう言って頭を下げるアイゼをチラリと見て溜息を吐く。
「タマが勝手に俺の職業喋ったか…で?失言と思って無いのに来たのか?」
「っ違います!」
「でも怪しいよな俺の存在は。知らない職業にこんな所で魔物と一緒暮らしてるなんて」
側のポチがイアンの太ももに飛び乗り、コップに口を突っ込み中身を舐めようとする。イアンは中身を守ろうとポチをぐいぐい押すが、離れようとしない為ジュースは諦めた。
「まぁ、そもそもお前の目的は礼言いに来た訳じゃないしな」
「え」
「ここに来る前にサントに聞いたんだろ?俺が魔物と一緒にいるって。それを知ったお前は俺を怒らせ、あわよくば殺されるつもりだった、だろ?」
「っ」
断言的に問いかけるイアンにアイゼは驚きで目を見開いて、言葉にならない声を漏らした。
唇を震わせながら言葉を紡ぐ。
「な…んで」
「…昨日治療し終わってお前達を麓に連れて行こうとした時だ」
そう言って目を瞑り、昨日の事を思い出す。
◇◇◇
「よし!これでタナカさん(夫)は人間に見えるだろ?」
「えぇ…不気味ですにゃ」
タナカさん(夫)に木皿をお面代わりに人間(仮)に変装させたイアン。
だが、いざ麓に連れて行ってもらおうとしたが、いくらタナカさん(夫)でも二人を一度に運べない。しかも片方は死にかけた怪我人である。
「仕方ないか…タナカさん(夫)はサントを頼む。俺はこっち運ぶから」
さすがに子供とはいえ女であるサントに触りでもすると難癖つけられる可能性がある。
そう思って薬の入った箱を背負い、アイゼの膝裏と背中に手を入れ持ち上げようと力を入れ、少し持ち上げた瞬間、動きを止めた。
それに気付いたタマが不思議そうに見る。
「どうしたんですにゃ?」
「いや…なんか、こいつ軽い?」
「子供なら軽いんじゃにゃいんですか?」
「そうじゃなくて、軽過ぎるような…」
イアンは一度降ろし、ポイズンスネークの毒はそんな効果は無いが、一応その影響かと噛まれた手を確認する。だが、特に以上は無く、呼吸も穏やか。
ふと、アイゼの腕が同い年であろうサントより細い事に気付く。よくよく見れば全体的に細い気がする。
嫌な予感がしたままアイゼの服を捲ると顔を顰めた。横から覗いたタマも眉間に皺を寄せる。
「お腹ガリガリじゃにゃいですか」
「あぁ、体質とかじゃ無いだろ。多分これは…」
◇◇◇
「ちゃんと食事貰ってないだろ。それに服の下には不審なアザがあった。そこから推測するにお前は親からちゃんとした暮らしをさせてもらってない」
イアンの話を聞いて何も言いたく無いのか目線を下げ、唇を噛み締めてるアイゼ。それを無視して話を続ける。
「お前は多分生きている意味を失いかけている。だからといって一人で死ぬ勇気も無くて、ちょうどいい感じにいた魔物と一緒にいる俺に殺されれば良いと思って今日此処に来た。けど、タマ達の殺気を感じてサントを巻き込む可能性に気付いて謝りに来た…ってところか」
ジュースを飲み終え満足そうに口を舐めるポチの頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。ポチもお返しとばかりにイアンの顔を舐める。
きゃっきゃっと騒ぐイアンにアイゼは左右に目を揺らしながら、少し期待を込めて口を開く。
「…イアンさん、聞いてくれますか」
「あ?何を」
「俺の、こと」
ジッとアイゼを見ながら脳裏に再び思い出す昨日の事。
あの後、イアンはアイゼの服を戻すと再び抱き上げ、歩き出した。慌てて追いかけるタマとタナカさん(夫)。
「ご主人このまま帰していいんですか⁉︎きっとこの坊ちゃんは、」
「知るか。これこそ関われば面倒な問題事だ。こんなのに関わるなんて俺はごめんだ」
「でも」
「そもそも助けなんて求められていないし、なんならサントに助けを求めればいいだろ?男の意地とかあって言えないとかだったら、こいつはそういう判断を自分でしたんだ。なら放っておけ」
「ご主人…」
「…でも」
『助けを求められたならその手を必ず俺達は握り返すんだ』
イアンが憧れたあの人の言葉が蘇る。
人間が嫌いで関わりたくも無いのにその言葉にイアンは今でも縛られている。
だから後一歩、何かで堕ちてしまいそうな目の前の子供の手を掴んでやれるなら。
「(分かってる。きっと俺には何も出来ないし、何もしない。それに生きる事が幸せとは限らない。ただ話を聞くだけ。それで何か変わるかはコイツ次第)」
肯定の意味を込めてイアンは頷いた。
シリアスはなるべくやめたい