58.偶然
「ねこちゃん待って!」
「うにゃぁ!」
布団から逃げ出したタマをエリンが勢いよく追いかける。
ドタバタとうるさい音の中、イアンはアンナの正面に座り、話す体勢になる。ポチも傍で腰を落とす。
「俺は、薬師の里の人間がこの村の人を…殺す目的で薬を使ったという真偽を、確かめに来たんです」
「貴方は、違うって思っているのね」
「はい」
「イアン君は里の方達と家族、なのかしら?」
家族と言われ、驚いた顔をするイアン。アンナはその反応に自分の考えが当たったと笑った。
「最初気付かなかったけど、イアン君って薬を処方してくれた方達と顔似てるもの」
それに、あんなに信じて欲しいと言った時、他人を庇うには余りにも熱量がこもっていたとアンナは言う。
そんなつもり一切無かったイアンは急に恥ずかしくなり、視線を逸らした。
「…疑心暗鬼だったけど、エリンを治してくれた薬を、イアン君を見て思ったわ。彼らは人を殺すなんてしないわ」
体力が落ちている筈の割には元気駆け回る姿を見て、アンナの目の端に涙が浮かぶ。
「私が知る事ならなんでも答えるわ」
「ありがとう、ございます…」
頭を下げたイアンは気持ちを切り替えて早速痛み止めを持って来た男の情報を得ようとする。
しかし、アンナは申し訳無さそうに首を振る。
「ごめんなさい。黒いフードを深く被って顔が見えなかったし、エリンの事で頭いっぱいで全然覚えて無いの。でも、声を聞いて男性と思ったの」
確かに大切な家族が苦しんでいる時に他の事を気にする余裕は無い。フードを深く被っていれば顔も分からないし、記憶にはフードしか残らない。
もし話を聞くにその人物を探そうとしても特徴も無く声も聞いていないイアン達は分からない。
その人物を探すのは不可能と肩を落とした。その時、アンナが思い出したかのようにあ、と呟いた。
「親指…」
「親指?」
「親指の爪に、何か模様…いえ、文字?何か、書かれていた気がする…」
眉を顰め、必死に思い出そうとする。手の平に乗せた薬を手渡した際にチラリと見えた爪に書かれていた。
だが、文字がなんでそんな所に書かれているんだろうと一瞬頭を過っただけで、直ぐに薬に意識がいってしまい、内容は分からなかった。
それでも手掛かりになるとイアンは忘れないようにメモをしていく。
次に気になったのは医者の事だ。先程アンナはこの痛み止めの薬を持って来た男はこの村に来た医者で無いと言った。
ところが板に公開された内容の中に"医療関係者は必要無いと対応出来る医者を残さずに帰させた"とあったのだ。
そもそも何故ルーク達三人のうち一人でも残らなかったかイアンには疑問だったが、帰らざる状況の場合には最低でも医者は置いていた筈だ。
情報に食い違いがあり、それを確認するとアンナはこの村には医者が常駐していると言う。
「常駐しているんですか?」
「えぇ。この村は周辺に何も無くて離れた場所にあるから」
エルクラ村は王都からも他の村からも距離が離れた場所にある。整備されたおかげで交通の便は良いとは言え、孤立した村なのだ。
だが、常駐していると言う事はこの記事は間違っているという事だ。
「薬師の方は一度戻らなくてはいけないから、もし何かあれば村のお医者様に言って連絡貰えれば直ぐに来るって…後ね、医者は村のお医者様と近くの村から応援に来てもらって、医者は三人居たの」
「え、三人?…そんなに居て誰も連絡をしなかった?応援の医者を帰しても一人はいる筈だから連絡出来る筈では…」
「…三人とも、急に居なくなったの」
「…は?」
聞き間違いかとアンナに聞き返すがもう一度繰り返した。
医者が居なくなった。
アンナはイアンに医者が居なくなってしまった時の話を語り出す。
あの夜、容態が急変した患者の為に村人の一人は医者を呼びに行った。
しかし、医者の家はもぬけの殻。応援に来ている二人の医者もここに居た筈なのにいない。
村の異変に気付き、村人より先に家を出たんだと思い皆んなの元へ戻った。
戻ったが、何故呼んで来なかったと他の村人に詰め寄られた。
まさか此処にも居ないとは思っていなかった村人は居なかったと事情を説明し、全員で探し回った。
しかし、村中探し回っても、医者は居なかった。
「そして、今も居ないの」
「行方不明、って事ですか」
「えぇ…」
だが、ここで何故か居ない医者をずっと探すより、この中の誰かがルーク達を呼びに行けば良いとなり、数人が村の外へ走って行った。
ところが、その村人達は数十分も経たずに戻って来たのだ。
曰く、国の兵士がこの村周辺を封鎖しているとの事だった。
理由を聞いても極秘事項と閉鎖する理由を教えてもらえず、緊急だと掛け合っても通してくれない。
ならルーク達を呼んで来て欲しいと頼んでも外から人は入れられないと却下されたのだ。
結局、医者も戻って来ず、何も出来ないまま村人の家族や大切な人は自分達の目の前で、黒皮病により亡くなってしまった。
「村中泣く声が響いて、いつエリンまでそうなるか不安だったわ…でもそんな不安を消すかのように、徐々に良くなったの」
それはあの怪しい男が渡して来たあの痛み止めを飲まなかったおかげだと思われる。
イアンはあの薬飲む事によって黒皮病に効く筈だった効能を阻害し、逆に促進させるのでは無いかと思っている。
そうでなければ、痛みが残っていたとは言え、黒皮病は落ち着いていた。それが夜に再発してから死に至るまで早すぎるからだ。
それにしても、今の話を聞いてイアンの中では国は完全にクロになった。
三人を捕まえ、刑までの決断のスピード。村人を外に出さない為の村の封鎖。
怪しい男並に、怪しい事だらけだ。
「居なくなった、医者は…国の仲間?」
イアンの頭の中でいろいろな憶測が浮かんでいく。
医者は国の仲間で、国からの指示で村から居なくなったのではないのか。
しかし、それなら応援には応じずに来ない方が仲間だと思われずに良いと思われるが。
かと言って仲間では無いとは言い切れない。仲間では無いなら、何故居なくなってしまったのか説明がつかないからだ。
もしも医者が村人の殺害が目的なら、関係者を増やさない為にルーク達を呼ばない方が良い。
それに難病なら治せ無いともっともな理由が存在する。
だが、医者達はルーク達を村へと呼んだ。なら殺害では無く、国が三人を陥れる為に仲間として行動したと思われる。
医者達が村人を救う目的で呼んだのなら、黒皮病という難病を治療出来る唯一と言ってもいいルーク達が、偶然近くに住んで居たのは本来なら村人には救いだった筈なのに。
「…偶然?」
ふとイアンは疑問に思った。
三人を国が陥れたかった。その時タイミングよく偶然村で黒皮病の発症、偶然薬を作れる三人が近くに居た。
「もし…他の病気だったら、三人は来てない?」
治せる病気だったらそれこそルーク達に頼まなくても近くの医者や回復魔法を使用出来る者に頼める。
他の難病だとルーク達も治療法の分からない場合はやむを得ず断る。
だが、黒皮病なら他の人は断りルーク達だけは薬を処方しにやって来れる。
誘き寄せるにはもってこいの病気だ。
それに記録を見ると今までの黒皮病発症事例で一ヶ所でこんな大人数が確認されたのは初めてだった。
「もしかして…黒皮病自体、国が原因…?いやいや、そんな訳ないか…」
そのあり得ない憶測にイアンは首を振って否定するのだった。




