53.侵入成功
頭と身体がほぼ同じ大きさなみー君はイアン達が打つからないように少し大きく掘りつつ、スキル『探知』を使いながら地中を進む。
みー君のスキル『探知』はアースワーム特有の他の種族に聞こえない音の周波を使い、物に当たった反射の周波を読み取る。
スキルのレベルが上がれば範囲の拡大、種類の細かな識別など可能になる。みー君は低レベルのスキルの為、生きているものかそれ以外のものか、そしてぼんやりとした形の把握しか出来ない。
その為生命体が居らず、物陰に隠れられそうな所に目星をつけて地上に上がる。
「みー君、ストップ。ポチ、チェックだ」
後数搔きで地上という所で一旦ストップをかけ、ポチは耳をピンと立てて辺りの音を探る。
「ポチ、音するか?」
「…ワン!」
『警報板』は性能にもよるが大体の物は半径五十メートルから反応する。本来なら探知範囲が広い性能が良い物の方がいいが、魔物を探知する度煩い音が鳴ってしまう。
そのせいで、範囲内を身体の一部通っただけでも反応して大きな音を立ててしまう。
大きな市や街なら住宅街から離れた場所に塀と板を立て守衛が管理していざ音が鳴った時はいち早く知らせる事が出来る。だが、小さな村ではそんな人材を雇う事も出来る筈もなく、管理しやすいように家近辺に立てる事になる。
その板の性能が良いと夜中に何度も鳴なり、その度有事に備えるが結局何もない事が多く、それが積み重なってストレスが溜まっていってしまったのである。
今回訪れようとしている村も小さく、家周辺に『警報板』がある。
この地点は地上から約五十メートル程離れている。ポチの耳で辺りの音を聞き分けるがどうやら音は聞こえないらしい。
「音が聞こえないのはこっちにとっては願ったり叶ったりだけど…板が機能してないのか?」
周囲を兵士が警備しているのでもしかしたら敢えて外しているのか、それとも何か目的があるのか。
取り敢えず運はこちらに味方しているとイアンはみー君にゆっくり進むよう指示を出した。
念の為ポチにはずっと音に気を付けてもらったが結局音は鳴らなかった。
地上にみー君を顔を出し穴を開け、一度地中に潜り直して向きを変えてイアン達の方を地上に上げる。
家と家の間に出たイアンは先ずコッコ一号を飛ばし、屋根上から周辺を偵察してもらう。
「取り敢えず、コッコに偵察してもらって余り人の居ない所から行くか…」
コッコが戻るその前に家の裏の方に行き、『警報板』の状態を確認する。
板は等間隔に地面に挿して順番に板に魔力を流し、一周すると稼働状態になる。
発動状態として板と板の間に半透明な魔力の紐が可視化される。可視化されているだけなので触れる事も出来ないので邪魔になる事はない。
ところが本来なら稼働しているであろう『警報板』はこの村では止まっていた。
これでは、ただの板だ。
「なんでこの村の警報板が機能してないんだ?」
「クゥン」
「にゃ」
不思議に思っているイアンの元にコッコが戻って来た。
「コケ」
「なるほど…そっちに人がいっぱいなら反対のこっちから行くか。コッコはこのまま偵察、何かあれば知らせてくれ」
「コケ!」
「みー君は穴付近で待機、穴はカモフラージュで隠しておいてくれ」
「ー!」
「、ふぐぅ!…ポチ、タマ…俺達は、あっち…あっちに行くぞ」
コッコとみー君に指示を終えると緊張からか、急にキリキリとイアンの胃が痛み出した。辿々しく言葉にするがポチとタマは不安そうだ。
重たい薬箱を背負いながら、ポチとタマを抱えたイアンはふらふらした足取りで家の間から通りに出る。
顔を青褪めさせながら、右へ左へと高速に目を泳がせるイアンを周りから見れば不審者、よくて病人だ。
ポチとタマを降ろせば少しはマシになる筈だが、不安でしょうがないイアンは降ろすに降ろせない。
人に会って情報を得なくてはいけないのにイアンは人を見かけると脇道に逸れたり、家の間に隠れたりしてしまう。
ポチとタマが咎めるが、どうやらイアンは無意識の行動だった。
「ぁー…やっぱり、嫌だ無理だ。なんで俺が…そうだ、帰ろう」
心が折れたイアンは今までと比べものにならない足取りの良さで元来た道を戻る。ポチとタマは鳴いて止めるがイアンの耳には入らない。
元の場所に戻る事しか考えていなかったイアンは注意散漫、急に家から出て来た人と打つかってしまった。
「わっ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
衝撃でお互い尻餅をついてしまった。
女性は手に持っていたバケツを落としただけで特に怪我は無く、イアンの方は重たい薬箱のせいで後ろにひっくり返ってしまった。
「えっ⁉︎お、起きっ、れないっ!」
一度肩ひもから腕を抜けば簡単に起き上がれるのだが、パニックになっているイアンはその考えが思い付かない。
そして未だにポチとタマを抱えたままだ。
「あの…大丈夫ですか?」
「っ⁉︎」
一人でバタつくイアンに手を差し伸ばす女性。急に声をかけられ、ピタリと動きを止めたイアンは女性と視線が合うとウロウロ目が泳ぎ、震わせながら口を開くが空気しか漏れない。
見かねたポチがイアンの腕の中で体勢を変え、イアンの顔に向かって腕を振り下ろす。
「いたっ!」
「ワン!」
タマもポチを見て自分もとベシベシとイアンに猫パンチを喰らわせる。
地味に強い攻撃にイアンは耐えきれずポチとタマを離し、顔を押さえて痛みに呻く。
その隙にポチとタマは腕から抜け出した。
「うぅ…」
「本当に大丈夫?」
痛みの方に意識がいっていたおかげで自然と女性の手を借りて起き上がる事が出来た。
これで話すきっかけが出来たとポチとタマは任務達成とハイタッチをした。
「あら?あなた見かけない顔ね…まさか、村の外の方?」
「ぅえ⁉︎え、あ…はぃ」
「という事は村の外にようやく出れるのね!」
「へ?」
この村から出れなかったと言う女性は嬉しそうにする。だが、イアン達はこっそり地面から侵入したのでそもそも入れない状況とは知らなかった。
イアンは喜んでいる女性には悪いが、侵入方法を濁し、多分無理だと言う事を伝えると肩を落としてしまった。
「はぁ…そうなのね。全く一体いつになったら出れるのかしら」
「ぁ、の…ここから、出れない、んですか」
「そうなのよ。何故か兵士が足止めしていて…早く娘をお医者様に見てもらいたのに」
「医者?」
女性アンナは一人娘エリンと暮らす母親だ。そして…。
「娘の、エリンの黒皮病を診てもらいたいの」
エリンは全員亡くなったとされる村唯一の黒皮病の生き残りだった。