45.不穏な影
「次はこっちだ!」
「こっちに寝かせて!」
村の診療所。いつも穏やかな場所が今や医者や薬師があちらこちらと慌ただしく駆け回る。
殆ど使われない二つのベッドと医者が持って来た簡易ベッドは満床、足らずに外に簡易治療所を設営して寝かせるが、まだまだ足りない状況だ。
「…うぅ」
「いた、いぃ!」
患者は肌が所々黒くなっていた。そこを押さえたり、痛みを誤魔化そうと叩いたりと痛みに耐えていた。
子供から大人まで、ここにいる患者全員同じ症状が現れていた。
ヒーラーが回復魔法を使って治療しようとしても拒むように弾かれ、痛み止めを処方しても一向に効果が現れなかった。
「くそっ!」
何も出来ず、苦しむ患者の汗を拭ってあげる事しか出来ない医者達はやるせ無さに拳を握りしめるしか無かった。
そんな時、村の入口の方から三台の馬車が音を立ててやって来ると診療所の側に止まった。
「遅くなりました!」
一人の女性が降りて来る。それに続くように何人も降りて来る。
「準備するからそっちは頼む、ソフィ」
「任せて」
女性ーソフィは集まって来た医者達から話を聞きだした。
「連絡を受けて来ました。薬師の里の者です。症状はどうですか」
「患者全員、肌の一部が黒くなって痛みが発症している。だんだん黒い部分が広がっている」
「回復魔法、痛み止めの薬どちらも効果なしだ」
「これはやはり…」
「黒皮病、だと思われます」
「です、ね…患者は何名ですか」
「今ここに運ばれただけでも二十名はいます」
ソフィは聞いた事を伝えに馬車の方に戻ると荷物を下ろし終え、既に薬の準備が始まっていた。
「エヴィン!」
「ソフィ、どうだった」
「話を聞く限り、やっぱり黒皮病みたい」
ソフィは話を聞くように頼んだエヴィンの側に駆け寄る。
ソフィから病気の名前を聞くと眉を顰めた。
黒皮病は老若男女問わず、何が原因で発症するか分かっていない病気だ。
痛みながら肌が徐々に黒くなり、全身に広がりきると急に痛みが消え、命を落としてしまう。
死後、黒くなった身体を触ると簡単にボロボロと崩れてしまう程脆くなり、治療法もつい最近まで分からない難病だった。
「黒皮病か…ソフィも手伝い頼む」
「分かったわ」
ソフィはエヴィンと別れると薬の準備に合流した。
エヴィン達は薬を作る場所として診療所の隣の家を借りており、そこに先に入っていた父ルーク、母アメリア、妹シエラがいつでも薬を作れる体制が取れていた。
「兄さん、どうだったの?」
「黒皮病だ」
「そう…それじゃあ、ここにいる薬師ではお父さんと兄さんと私だけしか作れないね」
黒皮病は最近まで治療法が無かったが、それを覆したのがルークだった。
まだ動物と数人の人だけだが、効果が確認され、ルークは不可能とされていた薬の開発に成功したのだ。
だが、まだ危険性があるかないかしっかり調べ切れていないので、本来ならこんな大多数の人に対して服用させる事はしない。
しかも、材料が分かっているのに作れるのはルーク、エヴィン、シエラの三名。
他の人に教えて作ってもらってみても何故か失敗してしまうのだ。
もっと探せば作れる人がいるかもしれないがら今回は最後の希望だからと無理にお願いされて時間が無かった。
苦しむ患者をどうにかしたいと思う気持ちからルークは希望者のみに薬を提供する事に承諾した。
「お父さん、早速作ろう」
ルークは無言のまま傾くと運んでもらった薬の材料を大きなすり鉢の中に入れた。
同じようにエヴィンとシエラも材料を入れるとすりこぎで材料を磨り潰していく。
そして三人の側にいるアメリアがタイミング良く次々に運ばれて来る材料を投入していった。
三十分かけてしっかり混ぜ、混ぜ終わると小さな丸薬を作り上げた。
「完成」
「取り敢えず希望者全員に行き渡る量だよね」
「あぁ。だけど、これを何回も飲ませないといけないからすぐ次の分作り始めるぞ」
「うん」
三人は直ぐにまた薬を作り始める。
この薬は効果時間が短いのでこまめに何度も何度も飲ませていく必要があったからだ。
作っている間にアメリアが患者に飲ませるように医者達に指示をしていく。
それから三日三晩、寝る暇を惜しまずに薬を作り続けた。
「取り敢えず峠は越えました」
二日目の夜には病気の進行が止まり、三日目の夜にはまだ痛みがあるが症状が落ち着き、峠を越えた。
このまま薬を飲み続ければだんだん症状が消えて元の状態まで治る予定だ。
「私達は一度戻らなければいけませんが薬は患者全員の三日分用意しました。その間なにかあれば彼らに伝えて下さい。その時は急いで戻ります」
国からの要請であればここにずっと専念できるが、そうではない為に三人は他にも薬を作らなければいけない仕事が入っている。
仮眠を終えると一度自分達の仕事場である家まで帰って行ったのだ。
◇◇◇
「いたいよぉ」
よくなって来たとはいえ、痛みはまだ引か無い。苦しむ我が子に母親は涙を流しながら少しでも楽になるよう身体を摩っていた。
そんな時、一人の人が親子を訪ねた。
「こんばんは。薬師の里から頼まれました。これを飲ませてあげてください。痛みが和らぐそうです」
現在常駐している医者の中に居なかった人だった。
だが、薬師の里から頼まれてやって来て、痛みを和らげる薬を持って来てくれた事に母親はなんの疑いも無く受け取った。
「次の薬と同じタイミングに飲んで下さい。まだ回らなければいけないので…では、お大事に」
「ありがとうございます!」
そう言って去っていった人を深々頭を下げて見送った。
そして次の薬を服用する時に母親はもらった薬を一緒に子供に飲ませたのだった。




