28.殺されかけました。
優雅に椅子に座り遠くを眺める男に近付くイアン達に気付き、振り返る。
「なんだ。まだ終わっておらんだろ」
「き、休憩…させて、ほしぃ…」
だんだん細められていく目に恐怖を覚えながらもイアンは思い切って言うが、語尾になるともう小さい声だった。
それでもイアンの勇気にポチ達は心の中で拍手を送る。
「休憩?あぁ、生き物には必要な行為だったか?」
休憩をした事ないような言葉、そしてまるで自分は生き物ではないような言い方に再びゾッとするイアン。
「仕方ないな、許す」
だが思いの外寛容だった男は休憩する事を許した。それを聞いた瞬間、イアン達は家の中へ駆け込んで入る。
休憩に時間が長く掛かればまた何か言われる可能性があるし、早くこの家から去ってほしいという思いもあったからだ。
それに一時的でもいいから男から離れたかった。
ポチとタマは魚保存箱へ必要な分を取りに行き、タナカさん(妻)は朝の途中のスープだけさっと作り上げる。
タナカさん(夫)はお茶の準備をして、イアンは自分とタマのサンドウィッチを用意する。
イアンはパンを切り終えるとタマの持ってきた魚と野菜を適当に挟み、食べ易いように四等分にする。
「よし、完成ぃぃい⁉︎」
皿に盛り付け席に着こうと振り向くといつの間に入って来ていたのか男が目の前にいた。男はイアンの叫びを無視してただ目線を送る。
「な、なにか?」
「別に」
「は、ぁ」
そろそろと男の横を通って机に向かい、タマの前と自分の所に置く。タナカさん(妻)が作ってくれたスープを受け取り、全員が座った事を確認していざ食べようと口を開ける。
だが、口を閉じる事が出来ない。何故なら興味を無くし離れたと思った男がイアンの隣に座り、ジッと見つめて来るからだ。
「(なに、怖っ…食べて良いんだよな?)」
怖くて食べれない状況だったが、それでもおなかは空いているイアンは思い切ってパンに齧り付く。シャキシャキの野菜と魚の旨みが合っていつも通り美味しい筈なのに、味を感じない。
むしゃむしゃ食べるイアンはまだ視線が外れない事に嫌でも気付く。しかし、その視線は若干外れ、イアンの手に持っているサンドウィッチを見ていた。
思えば先程も自分というよりサンドウィッチを見ていたなと思ったイアンはなら他のやつ見てくれと思ったが、タナカさん(夫婦)はお茶しか飲んでいない為目線がそちらに向く事は無い。
ポチは足元で食べているのでそもそも視界に入らず、ならタマはと思えば背を向け男から見えないようにこっそり食べている。狡賢いタマにイアンは内心歯軋りする思いだった。
イアンはそろそろと男の前にサンドウィッチの乗った自分の皿を押す。
「た、食べる…か?」
見られているのが苦痛になったイアンは男にサンドウィッチを進めてみた。男は目の前に来た皿を見つめ、手を伸ばす。
不思議そうにひっくり返したり、パンを開いて挟んである物を見たりと一通り確認するとあむっと口に入れた。
「ふむ、生き物はこんな物食べなければ生きれないのか」
もぐもぐと嫌味を言いながら食べる男。
顔には出なかったがイラッとしながら自分の手元に戻そうとイアンは皿を引く。しかし、動かない。
よく見ればサンドウィッチを持っている手とは逆の手で男が皿を押さえている。何度引いても動かない。
「…あの」
「ん?」
「申し訳ありませんなんでもありません!」
手を離して貰おうと声をかけるが、まるで獲物を横取りする者に制裁を喰らわせようとする顔つきで思わず反射的に謝ってしまう。
イアンから視線を逸らすと男は次々と口に入れていく。
思ったより気に入ったのかと思いながら自分の分無くなったと肩を落とす。それを見ていたタナカさん(妻)が再び作って来ると身振りで合図して来てくれた。
タナカさん(妻)に感謝しつつ、待つ間スープを飲もうとするが先程受け取った筈のスープが目の前に無かった。
嫌な予感がしてチラリと隣を見るといつの間に奪ったスープを男が優雅に飲んでいた。
唖然としてしまったが、タナカさん(夫)が見ていたらしくスープを持ってきてくれていた。丁度サンドウィッチを完成させたタナカさん(妻)もイアンの前に皿を置いた。
タナカさん(夫婦)に感謝しても感謝しきれない思いで大事に食べる。
食べ終えると休憩が一体どれくらいの時間取る事が出来るか分からなかったので、お茶一口飲んで捜索を再開する。
男は先程の昼食のお茶を椅子に座って飲みながらイアン達を眺めていた。
「…結局ねぇじゃん!」
イアンは首に巻いていたタオルを地面に投げつける。
イアン達は畑に鳥小屋、果ては家の中までひたすら探し、結局卵は無かった。
「にゃ…疲れたですにゃ」
「クゥン」
ぐちゃぐちゃになった部屋で疲れきったタマ達はよろよろとその場に座り込む。
だが、男にまだ無かったと報告をして無い事に気付き気が滅入る思いでイアンは部屋から出ると未だ外に座っている男の元へ行く。
イアンの足音で来た事を悟ったのか男は振り返る。
「なんだ?また休憩か」
「いや、あの…終わった、んだけど」
「…何故無い」
イアンが手に卵を持って無いと分かった瞬間表情が抜け落ちた。
「何故無い何故無い何故無いっ」
感情に任せ木のコップを握り潰し、ひたすら同じことを繰り返し呟く男に恐怖し、一歩後ろに下がる。
「(ポチぃ、タマぁ、タナカさん(夫婦)ヘルプ!)」
男は立ち上がるとズカズカとイアンに近付く。イアンは慌てて後ろに下がって距離を取ろうとするが足を絡れ、仰向けに倒れてしまう。
「ぐっ!」
男がイアンの身体を跨ぎ屈むとイアンの首に手をかける。瞳孔の開いた目に見られ、青褪める。
「貴様、本当に我の卵を知らないのか」
「し、らな…い」
「本当か」
どんどんと力が込められていく手に首が苦しくなる。外そうと男の腕を掴むがピクリとも動かない。
「ぅ、はな…しっ」
「何処かに隠しているのでは無いか」
「ち…がぅ、ぐっ」
更に力を込められ息が出来なくなる。視界がどんどん暗くなるのが怖くて足をバタつかせ身体を動かそうとしても、男の腕に爪を立てても男は全く動じない。
「ぁ…ぽ…ち、」
目を閉じ、とうとうイアンは気絶してしまう。このまま首を絞められてしまえば心臓も止まってしまう。
しかし、男が気絶したイアンに気付き手を離した。
「しまった。人間は貧弱な事を忘れておった」
「動くにゃ」
イアンに気を取られていた男はいつの間にか男を囲んでいたタマ達に気付かなかった。
タマとタナカさん(夫婦)は刃物を男の首に当てていた。
「警戒していなかったとはいえ、よく我に得物を当てられたな」
「早くご主人から退くですにゃ」
「くくっ、貴様ら誰に敵意を向けているか分かっておるだろうな?」
チラリと見る男はまるでタマ達が男の正体を知っているような言い方をする。それに対して、タマは否定しなかった。
「…知ってるですにゃ。それでも私達はご主人を守るですにゃ」
「ワン!」
相打ち覚悟なタマ達に溜息を吐いて起き上がり、一歩離れる。
「ほら、これでいいのだろ?」
「ご主人!」
タナカさん(夫婦)がそのまま男を警戒しつつ、ポチとタマがイアンの状態を確認する。
イアンはぐったりしているがちゃんと呼吸をしている。
「クゥン」
「ふー、大丈夫ですにゃね」
「そんなに人間が大切か?魔物くせに」
安心しているポチ達に意味が分からないと男は眉を顰めながら言う。
「別に人間が大切じゃ無いですにゃ。ご主人が大切なんですにゃ」
「ワン」
「「カタカタ」」
男はそんなポチ達に呆れつつ、そんな魔物に慕われているイアンを見て溜息を吐く。
本来なら相容れぬ存在同士がどんな偶然があってこうなったのか男は興味がない。
ただ、怯えつつも料理をくれたイアンに悪い感情を抱けなかった。
「我の卵は無かった。もうここに用は無い」
男は卵を諦める選択をして魔法で空に浮かび、開いた空間から外へ出る。
「…貴様らとは再び会う事はしたくはないな」
自分を見ていたポチ達を最後に確認して男はその場から離れる。
きっと、次会えば殺し合う事になると知っているから。
少し気に入ってしまったイアン達と戦う事は今の男には避けれるのなら避けたい事だったから。
「見つけましたよ!我が君」
「ペル?」
「勝手に抜け出して、共をつけず卵を獲りに行くとか何考えているのですか!」
一人の女、ペルが男に近付く。ペルは説教しながら男の周りを一通り飛んで見て周り、背中の焦げたような服に慌てふためく。
「我が君⁉︎怪我をされたのですか⁉︎何処の虫ケラですか⁉︎」
「こんなの怪我のうちに入らん。それより戻るぞ」
制裁を食らわせようと飛んで行こうとするペルを男は捕まえる。不服そうにしながら、ペルは渋々男に従う。
「…はい、仰せのままに。魔王が一人、冥界王ハーデス様」




