24.人の家の玄関なんですけど
フワリと香る食事の匂いに何時ものように目を覚ます。
変な時間に起こされてしまったので睡眠不足だが、習慣のせいか再び眠りにつけないなと大きな欠伸をしながらイアンはベッドから降りる。
ポチとタマ、ついでにアイゼはまだ夢の中。隣の人の温もりが無くなって、アイゼは探すように手を動かし、触れたタマを自分の方に引き寄せた。
「うにゃ…ぁ」
キツく抱きしめられているのか、もがくタマを助ける事もなくイアンは部屋を出て行った。
「おはようタナカさん(夫婦)」
「カタカタ」
「カタカタ」
朝の挨拶もそこそこに準備が出来る間に畑に水をやりをしようと裏庭から外に出る。
良い朝だと身体を伸ばしながら歩き、ふと玄関の方を見て驚愕に目を見開いた。
「は…はぁぁあ⁉︎」
バタバタと家に戻って来たイアンにタナカさん(夫婦)がなんだと目を向けるがそれに反応する余裕もないのか勢い良く階段を駆け上がる。
そして先程までいた自室の扉を思いっきり開く。
「このクソガキ‼︎俺のスキルになにした⁉︎」
イアンの大声に目を擦りながらアイゼはのろのろ起き上がる。
「ふぁ…なんれ、すかぁ…」
「いいから来い!」
「わっ⁉︎」
腕を掴まれ、足を絡れさせながら階段を降りて外へ出た。裸足で外を歩かされ、小石が足の裏について不愉快に顔を歪める。
イアンはそんなアイゼの頭を問答無用に掴むと玄関の方へ向ける。
そこには玄関の方から斜め上に向かってイアンの固有スキル『不可侵の領域』の空間がバッサリ切られていた。そのせいで中から外が、外から中が丸見えだった。
「これはどう言う事だ。直そうにも空間が歪んでるのか直らない。お前、昨日俺のスキルに干渉した時何した⁉︎」
イアンに詰められ、昨日ここに来た時の状況を思い出し、ダラダラ冷や汗を流すアイゼ。
昨日イアンの元に逃げて来た時の事だ。
逃げて来たはいいが夜も遅い為にイアンのスキルが閉じており、中に入る事が出来なかった。どうしようと困っていると急に解決方法が浮かんだ。
「固有スキル『絶対斬撃』」
側にあった木の枝で入口がありそうな場所の空間だけを切りたいと思いながらスキルを使い薙ぎ払うと、綺麗に空間だけ切れた。
固有スキル『絶対斬撃』、回数制限はあるがどんなものでも必ず切ることの出来るスキル。
今日の職業で一緒に授かった固有スキルだったが、使い方を知る前に逃げ出してしまった。
本来なら、知らないスキルを使う事は難しいが勇者としての資質だったのか、アイゼは使いこなせた。
切った事による代償なんて知らないアイゼは開いた空間から中へと入り、後ろを振り返る事なくそのまま家の中に入ってしまった。
イアンに言われた時は意味が分からなかったが、この光景を見て分かった。
これ…俺のせいだ、と。
「聞いてんのか?あ?」
凄んでくるイアンに目線が合わせられずサッと外す。
そんな二人の元に外から声がかけられた。
「あれ?なんで丸見え?…あ、アイゼ!イアンさん!」
「サント?」
サントは駆け寄るとアイゼに抱きつく。倒れそうになるところで慌てて足に力を込めて耐える。
「アイゼ、良かった…無事だったのね」
アイゼの姿を見て、安心したようにポロポロ涙が溢れ出る。
目の前で連れ去られるように奥の部屋に連れられて行ってしまったアイゼ。サントは追いかけようとしたが、入り口で止められてしまった。
だったら待っていようと教会の椅子で座っていたが、日が暮れ帰ろうと親が言う頃になっても出て来なかった。
ならせめて、アイゼがどこに行ったか聞こうと立ち話をしていた教会の人に声をかけようと近付いた時、ちょうどアイゼの話をしていて思わず物陰に隠れて立ち聴きをした。
アイゼは"勇者"として王都に行く事が決定事項になった話をしていた。
あの時、あの部屋に居た人間には刻まれた石板が見れた為、サントもアイゼが"勇者"と見た。
でも、見間違いかもしれないと思っていたサントはその話に驚いていると、話している所に一人駆けて来て緊急事態が発生したと言った。
その人が言うにアイゼが居なくなってしまったとの事。
不安になるサントだったが、アイゼが行く所と言えば住んでいる町長の家かサントの家、そしてイアンの家だと思った。
それなら早く帰って確認するべきだと思い、サントは急いで親の元に戻り帰ろうとした。
しかし、アイゼを待っている間に馬車が全て行ってしまい、両親と共に泊まる羽目になってしまった。
早朝便の馬車に乗り込み、家に着いてアイゼがどちらの家にも居ないことを確認するとすぐさまイアンの元に訪れたという訳だ。
「ごめん…心配かけて」
サントに申し訳なさそうに、でも自分を心配してくれた嬉しさに抱きしめる腕に力が入った。
「…チッ」
自分の家の玄関先で一体何を見せられているのか…。
イアンはこめかみに青筋を立て、大きな舌打ちを打つ。
そんなイアンの元に、急に戻って再び出て行ったイアンを追いかけて来たポチが側に来る。
流石にあの大きな声で目が覚め、凄い形相でアイゼを引きずって行ったので慌てて心配で来た訳だ。
「…ポチ、アイツらに噛みつけ」
「ワン⁉︎」
まるで二人を殺しそうな目付きで命令するイアンにポチは驚いて見る。
そもそもイアンのスキルに何をしたか問い質している最中だった。それなのに、解決しないまま頭の片隅に追いやって、二人の世界に入ってしまった。
ポチはまぁまぁと抑えるがイアンのイライラは治らない。そんな時、事態を知らないタマがのんびりやってきた。
「いい朝ですにゃ」
ポチ同様で先程の騒ぎで目を覚まし、イアンの顔を見ていなかったタマはポチが慌てて出て行った事に疑問を浮かべながらベッドから降りた。
下にイアンがいなかったので日課の水やりをしていると思ったタマは手伝おうと裏庭から出ると、話し声が聞こえた玄関に向かったのだ。
タマはイアンの形相に自分が何かしてしまったのかと一瞬顔を青褪めさせたが、奥の方にいた二人に気付き、悟ったタマはニヤつきながら近付く。
「にゃはは、お二方は朝から熱々ですにゃ〜」
「え?」
「あつ、あつ?」
タマに言われ、自分達の状況を認識した途端、慌てて二人は離れた。しかしタマは更に、特にアイゼを揶揄いに絡みに行った。
そんなぐだぐだになった状況を終わらせるべく、苛立ちの解消を含め、イアンはタマとアイゼに平手を打つのだった。