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23.勇者は思ってより身近にいる 後編

 

 ポカンと思わず開いた口が閉じない。イアンは目の前に座る子供が"勇者"という事に頭が追いつかない。


「勇者って…勇者⁉︎ご主人どういう事ですにゃ⁉︎」


 神よりはまだ身近だったせいでタマは慌てふためき具合が酷く、隣に座っているイアンの腕を掴んで揺する。


 勇者はこの世にいる魔王に対抗する力を持つ者であり、自身を鍛えたことにより後天性で発現する場合が常だ。

 勇者は何人もいるが職業と同時に授かる事は数百年振りだった。


 イアンはアイゼが勇者だと飲み込むと、警戒を顕にする。


「お前…コイツら倒しに来たのか」


 魔王を倒す存在が勇者であると言うならば魔王の配下とされる魔物を狩る存在でもある。まさかという事もあると思い皆んなを下がらせようとするイアンに、アイゼは手を振って否定する。


「ち、違いますよ!もしそうだったらここに逃げて来るなんて言いません!」

「…そう言えば逃げて来たとか言ってな」


 話の続きを促すと、どうやら勇者と分かった瞬間あれよあれよと言う間も無く奥の部屋に連れて行かれ、親代わりの町長夫妻も呼ばれた。

 そこで、アイゼの職業を知った夫妻は手の平を返したかのように優しくアイゼに接し始めた。


 それに困惑している間にいつの間にかアイゼが王都へ行く話になっていた。

 勇者となった者は王へと謁見を経て、魔王討伐のメンバーに加えられると言う。これは名誉な事だと夫妻は喜ぶ。


 ただ、アイゼは怖くなった。

 まるで今までの事が無かったかのように喜ぶ夫妻にも、自分は話に参加していないのに事を進める大人達にも。


 勝手に決められる自分の未来。

 アイゼは、その場から逃げ出した。


「俺が逃げられるところ、ここしか無くて…」


 怖さが振り返して来たのか、カタカタと肩を震わせるアイゼの肩にタナカさん(夫妻)は落ち着かせるように撫でる。


「にゃ…ご主人匿ってあげましょうにゃ」

「…そんなの無理に決まってんだろ」


 タマは心配そうに見ながら、イアンに助けようと提案するがそれを眉を顰めながら却下する。


「考えてみろ。勇者なんて逸材、そいつら逃すわけないだろ?絶対ここを見つけ出してお前らは魔物だから発見次第討伐されて、こいつを隠匿して魔物といる俺は死罪がオチだ」

「にゃ!私達魔物でしたにゃぁ」


 イアンの内容を想像してタマは顔を青くさせる。ワタワタするタマを尻目に重たい腰を上げて立ち上がるとアイゼの側に立つ。

 側に来たイアンに自分のせいで迷惑がかかる可能性に気付いて、こちらも顔色を悪くさせたアイゼが恐る恐る見る。


「お前はどうしたいんだ。このまま逃げられると思ってんのか」

「俺、は…」


 悩むようにキョロキョロ視線を彷徨わせ、何か言おうとして、止めてしまう。

 その姿と前の姿が重なり、イアンはアイゼの胸倉を掴み上げる。


「あのな!前も言っただろうがっ、言いたい事があるならちゃんと言葉にしろ!」


 その言葉にハッとした。町長夫妻の手のひら返しや自分が勇者と言われたことに混乱して何も言えない前に戻ってしまっていたらしい。

 でも、イアンならちゃんと自分の意思を聞いてくれると思い出す。


「お、王都になんて…行きたくない。勇者になんて、なりたくない。普通に暮らしたいっ」


 ただの剣士だったら、いつも通りサントと遊び、一緒にイアンの元へ行く日々をきっと送れた。"勇者"というだけで自分の意思とは関係なく全て変わろうとする事がアイゼは嫌だった。


「イアンさん、俺…どうしたら良いのかなぁ」

「知らん」

「クゥーン」

「えぇ…それは無いんじゃにゃいですか?」


 説教紛い言う為に何か気の利いた事が続くのかと思いきや、思わずの台詞にポチとタマは肩を落とす。

 アイゼもまさか知らないと言われるとは思っていなかったのかポカンとイアンを見つめる。


「だってそうだろ?ほぼ無理な転職しない限り、変えるなんて無理だ」

「まぁそうにゃんですけど」

「けどな…」


 少し言葉を切り、この間兄に会ったせいだと恨む。

 いつもだったら関わろうともしないイアンが言葉を発したのは、目の前で職業に悩んでいるイアンの姿が昔の自分に重なってしまったからだ。


 あの頃悩んでいたイアンに父親は何も言ってはくれなかった。

 上辺だけの言葉でも良いからただ、否定して欲しかった。肯定して欲しかった。


「お前はそいつらの言いなりにならず逃げる事が出来たんだ。なら、お前ならどうにか出来る」


 そして、出来ると言って欲しかった。

 アイゼがイアンと同じ事を望んでいる訳では無いと思っているが、あの時言って欲しかった言葉がつい口から出る。


 それに大勢の大人の中で子供一人の意見は言ったところで簡単に潰されてしまう。

 逃げる事は恥とされているがそれは時には勇気のいる事だった。


 思ったよりまともな事を言うイアンにおーとポチは感心し、タマは小さく拍手する。それが見えてしまったイアンは自分の言動に急に恥ずかしくなったのか顔を赤くさせ、プイッと視線を逸らす。


 アイゼは肩の力が抜けた。

 これからどうするか考えなくちゃいけなが、それでも背中を支えてくれる人がいると分かって安心出来た。


「…うん。俺、出来る事やってみます」


 安心すると欠伸が出て急に眠気が襲って来た。ふらふら頭が揺れだすアイゼを見たイアンは不味い事態に気付く。


「ベッド一つしかない…っ」


 こんな遅い時間に追い出す事は流石のイアンもしないが、かと言ってタナカさん(夫婦)はベッドを使わず、ポチとタマはイアンのベッドで一緒に寝てる為ベッドがない。

 イアンはアイゼを床に寝かせるなんて問題無いと思っているが、それをすると全員が怒る未来しか想像しか出来ない。

 だが、代わってイアンが床では寝るという事は絶対したく無かった。


 唸るイアンにタマは膝をポンどう叩く。


「そんなの簡単に解決できますにゃ」




「くそっ、タマを信じた俺が馬鹿だった」


 ベッドにはいつも通りイアンとポチ、タマ。そこに無理矢理アイゼを横たわらせ、ぎゅうぎゅうに寝る羽目になった。

 夜も遅い為、ポチとタマはベッドに着いた途端に眠ってしまった。


「…タナカさん(夫婦)、別に音立てても気にしないから」

「カタカタ」


 音を立てないように静かに側の椅子に座りお茶を飲むタナカさん(夫婦)。アイゼが気になっているのか珍しくイアンの部屋に来ているのだ。


「ふぁ…」


 ベッドに入った事により流石にイアンも眠くなり、目を閉じた。

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