12.釣ります
ゆっくり海岸ギリギリのところに罠を下ろし、罠についていた紐を流されないように大きい石を重しにして設置を完了させ、イアンはタナカさん(夫)の近くで釣りを始めた。
針に餌をつけ、海に投げ込む。浮が波で浮いたり沈んだり繰り返す様子をただぼーっと見つめる。
視界の片隅でたまにタナカさん(夫)が釣り上げる様子を見つつ、あたりを待つ。
「お」
何度か餌を付け直し、海に向かって竿を振り続け早数十分、ようやく魚が食いつく。バシャバシャ動く魚を見極め、一瞬力が弱まった瞬間を狙い一気に引き上げた。
釣れたのは、さっきタマが釣っていたヨワシ。
「あー…やっぱり型も小さいし、品質が悪いな」
自分の釣り上げた持ち上げ、溜息混じりで肩を落とす。イアンはこれくらいの魚しか釣ることが出来ない。
何故ならこの世界は神から与えられた職業が絶対だからだ。
例えば、神から漁業系の職業を与えられた人間は初めて釣りをしても品質が全十段階のうち三段階目にあたる品質を最低でも釣り上げる事が可能だ。何度も経験を重ねていくと量も最低品質も上がっていく。
イアンのようにテイマーが釣りをしても釣れるには釣れる。だが、ごく稀に良いものが釣れる可能性はあったとしても基本は一、二段階目しか釣れず、釣れる確率も低い。
自分の分を食べて暮らすだけならそれでもいいかもしれない。だが、それを売ろうとすると話は別だ。
この国では品質四以上の物しか売買する権利がないからだ。個人で勝手に売買している事が発覚すると罰金で済むか、牢獄行き又は国外追放を言い渡されてしまう。
ただ、職業が漁業系では無くてもスキルや固有スキルによって品質が高い物が取れる事があったり、品質を問わなければ職業者並に数を多く取ることが出来たりする。
そして、タマはスキル『猫の招きVer.魚』を持っている。このスキルは左手で魚のいそうな所に向かって手招きすると魚が寄ってくるというものだった。
このスキルが無ければ、台所は常に火の車、最悪タマは飢え死になっていたところだ。
イアンは昼時まで釣り続けたがたった十五匹しか釣れなかった。お腹も空いた事で一旦釣りは止め、タナカさん(夫)に声をかけて一緒に野営地に戻る。
野営地に着くと既にタマも戻っており、タナカさん(妻)は焚き火の周りに魚を串に刺して焼いており、それを見てタマはヨダレを垂らしている。
魚にかかるなよと思いながらイアンは側の川で手を洗う。
「ポチ〜」
「クーン」
イアンはポチを抱きしめると数時間ぶりの再会を喜ぶようにペロペロとイアンの顔を舐め回す。
「ご主人!焼けたから!早く!」
騒いでるイアン達を急いで呼びつけるタマ。いつも敬語、語尾に『にゃ』と着くタマがそれすら崩れるほど我慢が出来ないのかバシバシと尻尾を地面に叩きつけ急かしている。
「タマ、食べてなかったのか?」
「カタカタ」
タナカさん(妻)曰く、どうやら戻って来た時焼こうとした。しかし、タマは自分の所為で急に来る羽目になった負い目が無いとは言えず、それに昼まで我慢してイアンと一緒に食べたいと言っていたらしい。
それを聞いてなんとも言えない気分になるイアンは頭を掻きながらタマの横に座り込む。
タナカさん(妻)はサンドウィッチをイアンにタマには焼けた魚を渡す。タマは渡された瞬間ガツガツと魚に齧り付く。干し物のように処理してないので骨がいっぱい付いているが綺麗に食べ切る。
「うまにゃ〜!」
幸せそうに叫ぶタマの頭を撫でながらイアンもサンドウィッチを口にする。
食べながら頭の中でこれからの作業を考える。思ったよりタマが奮闘して、タナカさん(夫)も結構な量を取ってくれたおかげで中々な量になっていた。
だからイアンとタナカさん(夫)はもう釣りを切り上げても良さそうだった。
「そう言えばタナカさん(妻)、骨と頭残してあるよな?」
「カタ」
「じゃあそれでタナカさん(夫)と一緒に料理作ってくれるか?」
「カタカタ」
「タマはこのまま釣りを続けてもう少し取ってくれ」
「にゃ!」
「俺とポチは…貝でも取りに行くか」
「ワフ」
これからの予定を決めてサンドウィッチを食べ切り、昼食を終えるとそれぞれ作業を開始する。
イアンもバケツと小さな熊手を持って砂浜に向かう。時間があれば貝取りをしようと思って持って来た熊手が役に立つ時が来た。
砂浜に熊手を砂に差し入れ手前に引きながら貝を探す。ここの入り江の砂浜にいる貝は魔物のマサリのみ。アサリのような見た目だが、中身は真っ赤。
多くの魔物の食用可能部分は一般的に食べられる物より見た目や色が不気味で食べる気が失せる。
ただ、一般の味に飽きた人は魔物を珍味として食べたりする。一番の珍味と言われるのは龍の肉と言われている。
「マサリー、マサリー」
マサリを探しながらあちこちに熊手を移動彷徨い歩く。ポチはイアン周りをぐるぐる走り回って遊んでいる。
地味に夢中になっているといつの間にか辺りが暗くなっている事に気が付いたイアンは痛い腰を上げる。
地平線を見るともう少しで日が沈みそうになっており、イアンは慌ててバケツを掴み、ポチに声をかけ走り出す。草地まで走り切ると同時に日が沈み、波が一気に押し寄せた。
「あっ、ぶねぇ…」
ここの入り江は日が沈んだ直後に波が押し寄せ、一気に満潮になるのだ。暗くなるのに気付きにくく、波に攫われる事故が多発している。
危うくその事例の一人になりそうだったイアンは急に走ったせいで息も切れ切れ。心配そうに見るポチを撫でながら野営地に戻って行く。




