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番外編『未織と柚月のほんの日常』

 未織は、木々や地面を打つ雨の音を聴いていた。

 校舎裏を覗く、雨宿りの出来るベンチにて、雨雲が降り注ぐ調べに心地良くなっていた。

 昼休みはいつもの屋上で食べているが、今日はそういう訳にもいかなかった。あの雨水を避けられるような大きな軒下は、屋上には存在しない。

 毎日一緒に昼食をとる柚月の紹介で、この裏出口付近のベンチに行くことになった。

 ――この季節だから、屋上で食べられる日が少なくなるなあ。

 嫌な季節の幕開けのように、ウンザリするほど降り注ぐ雨。

 未織は、屋上で食べる食事が好きだった。好きな友達と、笑いながら話し合えるあの場所が。

 白いほどに冴え返る太陽光も、空が抜けるような青に澄み切った晴天も、大好きだった。


「憂鬱になった?」


 未織の横に座る柚月が、弁当を広げながら聞いていた。


「うん、雨だと元気出ないよ」


 しょぼくれながら、柚月の弁当を見やる。

 彩り豊かな弁当、まさしく健康的な、見本に取り上げられるような献立だった。

 その中にある、こんがりと揚がったカツのような物に、目を奪われる。


「欲しい?」

「えっ?」

「ハムカツ、じっと見ているから」

「ハムカツ……?」


 未織が頭を傾げていると、柚月は箸でハムカツを挟んで、未織の口元へ持っていく。

 少し柚月の方を見て、そのままパクッと頬張った。


「美味しい……!」


 ハムは薄っぺらい物を想像しがちだが、この厚めに切られたハムは噛み応えがあって満足感を得られる。

 ――こんなに美味しい物があるなんて。

 未織は感動的になりながら、最後まで味の余韻を楽しんだ。

 そしてすぐに、ただで貰ってしまった事に気がついた。


「ゆ、柚月ちゃん! ツナマヨのおにぎりで良かったら――」

「いいよ別に。未織ちゃんの食べる分がなくなっちゃうじゃん」

「……いいの?」


 柚月は未織の膝元に置いているレジ袋を見て、こくんと頷いた。

 元々、おにぎりと紙パックの野菜ジュースが入っていただけの小さな袋。

 未織はいつも元気で活発だが、それとは裏腹に小食だった。

 昼食として持ってくるのは、コンビニか食堂で買ったサンドイッチやおにぎり、そしてバランス調整に欠かせない野菜ジュース。それが未織のルーティンだった。


「細い身体なんだから、もっと食べないと成長しないよ。はい、あーん」

「えっ? あー……」


 そうして続けざまに、もう一つあったハムカツを口の中に入れられる。

 細やかに顎を動かして、ゴクンと飲み込んだ。


「柚月ちゃんの分なくなっちゃった……いいの?」

「昨日散々食べたし、気にしないで」

「そうなんだ、柚月ちゃんが作ったお弁当、いつも美味しいね!」


 柚月は銀鏡高校へ通うために、親元を離れ妹と二人で暮らしている。

 妹も同じ高校に通っており、食費を浮かせるために毎日柚月が手作りしている。

 自分は勿論、妹のために作っている弁当からは、どれだけ妹の事を大切に思っているかが窺えるほどの手の込みようだ。

 アルバイトも、毎日の家事も、妹と手分けして遣り繰りしている姿は、知っている人の殆どが敬意すら払ってしまう程だった。


「ね、未織ちゃん」

「んー?」

「京夜君の事、好きでしょ」

「えっ!?」


 突然の恋愛的で具体的な質問。それも京夜の名前が聞こえた時に、不自然に背筋が伸びた。

 柚月が顔を覗き込む。それを避けるように、そっぽを向いた。


「ゆ、柚月ちゃん! 突然なに言い出すの!?」


 振り絞るような声で言う美織の顔は、高熱を出したかのように紅潮していた。

 ――今見られたら、凄く恥ずかしいよ。

 手で頬に籠もる熱を感じながら、そのまま俯いた。

 柚月がいなくなった後の保健室で起きた出来事は、朝一緒に登校した際に全部知られていた。彼女の策士的尋問により、早くに折れてすぐ問いただされる事になった。

 その後の学校で、京夜にその出来事でからかおうとしたときには、必死で誤魔化そうとしていた。

 未織にとっての柚月は、いつも話を聞いてくれて、色々な事や物を教えてくれるお姉さんのような存在。しかし策略に飲まれることになるのが玉に瑕だった。


「だって、怒った京夜君を抱き締めただなんてすごく大胆じゃない?」

「うー……」


 こうして、いとも簡単に思い出させる辺りが、柚月に敵わない点だろう。


「それに、もしお腹鳴ってなかったらキス――」

「あーっ!!!」


 涼しい顔で語る柚月を慌てて制止する。未織が張り裂けるような大声で叫んでいた。

 その時の未織は、自分でも分かるほどにどうかしていた。逃げたお詫びに抱き締めたり、あまつさえ口づけしようとしていたのだから。

 お腹が鳴っていなかったら、きっと一線を越えてしまっていただろう。

 ――お腹空いていてくれて、本当に良かったなあ。

 サンドイッチをあげたのは好アシストだった。付き合ってもいないのに、そういう行為に及ぶ事は不純異性交遊だ。

 きっと、今までの関係性だって変わってしまったことだろう。


「嘘々。でも、ずっと前から思っていたけどさ」

「……?」

「未織ちゃんと京夜君、凄い似ているよね」




「うん、凄く似てる」


 遠い目をしながら言って、残り一欠片になったおにぎりを頬張った。


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