nineth
一年前も、こんな曇り空だったことを覚えている。
暗雲立ちこめる空気の中、ひたすら目の前の問題に立ち向かった。しかし強敵ばかりで、とても敵う相手ではなかった。
他は順風満帆に進んでいるというのに。
これだから、京夜は嫌いだった。輝かしい同級生が、どんどん前へ進んでいくから――
「こういう前振りがあって、お前は補習が決定したと言うことか」
「いや、それで嫌いにはならねえ!」
テストが開けた翌日、休日の部室で、零が作り出した前書きに京夜は強く反発していた。
なんと傲慢なあらすじだろうか。零の方が文才ありと思わせるぐらい、良く出来ている。
この作文において、虚構の部分は京夜の感情部分。後は概ね当たっている、だからこそタチが悪い。
結局、毎年二回ある学力テストにて、赤点を避けられなかった為に補習を受ける羽目になった。
「それにしても、銀鏡高校は普通高校よりも範囲が半分以上少ないテストなのにね」
「あのテストで、赤点を半分以上取る奴、それも三連続起こる奴がいるとはな」
「……お前等なあ!」
雪音と零がそれぞれ呆れ笑いしているが、京夜はただ言葉に腹を立たせるだけで反論の余地がなかった。
銀鏡高校は、三学年制。しかし一年半ずつ区切りが入っている。
最初の一年は、受験したコースの区別がなく、まばらにクラス分けされる。次の一年はクラス分けされて、半年は今まで通り。しかし十月からは、コースごとに授業が分かれていて、より専門的な科目を今までよりも重点的に、普通科目を学ぶ時間の殆どをそれに費やすことになる。最後の一年は志望コースに合流する形だ。
それだけ芸術に時間を取るわけだから、学校の偏差値自体もかなり低い。少なくとも、普通受験で難関国公私立を受けようと考えてはならない。授業は基礎問題が殆どで、普通高校に通っている者なら余りにスラスラ解けてしまう物ばかりだ。
にも関わらず、京夜は現代文以外の科目が壊滅的だった。
「……ってか、未織は休んだのになんで対象外なんだよ」
彼女はテスト当日、学校にいなかった。風邪を拗らせたらしく、全教科受験不可となってしまった。
だが、未織は補習対象外だった。それについて不満を漏らした。
「普段の授業態度がしっかりしてて、九割以上出席して、芸術科目が上出来なら留年もしないからな」
どっかの誰かさんと違ってな、と、零が嫌味っぽく付け加えて答えられたのが、またイライラさせられる。
あくまで学力テストは、芸術高校では付加要素でしかない。余程悪い点じゃない限りは指摘されない。
寧ろ芸術科目と出席日数が重要だった。期末試験と呼ばれる作品製作で結果を出すことが最も重視されている。
とは言え、成人したとき余りにも常識がないと生徒が未来で困るから、よっぽど点が悪い生徒に補習授業を展開していた。
そして、京夜はその補習に毎回強制参加となっている。授業をよくサボり、それで授業について行けなくなる負の連鎖で、自業自得だった。
「このままだと、留年もあり得るんじゃない? 部活の作品も進んでいないのに」
雪音が心配そうに見つめる。
期末試験では出されたテーマに沿って作品を作らなければいけないが、自由に作れる今ですら進んでいないのだから憂慮されて当然だった。
「でも、最近結構書けているんだ」
「えー嘘だ」
疑り深い二人にパソコンを向ける。
小説投稿サイトの合計投稿数を二人に見せると、どちらも驚いた顔をしていた。
二人が最後に確認した数字から、四十も数字が増えていた。
「これお前……どうしたんだよ……」
「すごく伸びてる……」
食い入るように、パソコンを見ている。
どのページも、一個一個確認されていく。自分の小説を読まれていることに気恥ずかしさを感じながらも、面食らった二人を見て心の中でガッツポーズをした。
あの日未織と別れてから、時間も忘れるほど執筆に没頭していた。学校の授業以外は全て小説作成に時間を当てていた。
それに噛み合うように、表現や話の構成の方法も頭に浮かんできて、止まることを知らなかった。
結果、一週間程度で去年の文字入力数を上回った。去年の文字入力数も八万字程度でたかが知れているが、それでも京夜のペースを考えれば異常なほど早い。
「しかも、内容もまあ面白い……」
「まあは余計だろ」
そう指摘するが、そこそこ面白い作品が書けていることが分かって内心ほっとしていた。
いくら文字を打てても、面白くなければ何の意味もない。
「なんか京夜って、未織と会ってから変わったよねえ」
一通り見終えた後、雪音が京夜を見て悪そうに笑みを浮かばせていてそう言った。
名前にドキッとしながらも、冷静を装ってみせる。
「……なんであいつの名前が出てくるんだよ」
「えー、でも京夜って、未織とデートしたんでしょー?」
「はぁ!?」
デートなんて縁のない言葉に、心臓がひっくり返りそうになる。
零も、いつの間にそんな仲になったのか、と呟いて興味ありげに聞いていた。
「ご飯一緒に行ったんでしょ? この前未織が嬉しそうに話してたよー」
「あの馬鹿……」
情報が伝わっていて、思わずよろめきそうになる。
保健室での出来事があってわざわざ人には言わないだろうと考えて口止めしなかったら、この有様だ。
食事した話は当たり障りのない普通の事だから、口にするのは普通だと言うことを失念していた。
そのせいで、幼馴染達にネタを提供することとなってしまった。
「で、京夜は未織のことどう思ってるの!?」
「なんで雪音に言わなきゃいけないんだよ!」
「そう言う返事って事は、少なからず何かしらの感情を抱いているってことだねー!」
「ああもう、黙ってろ!」
そう吐き捨てても、追撃は止まることがなかった。
普段こういう雑音を気にする零ですら、興味深そうに話を聞いていた。
結局この日は、活動時間の半分を未織との話に持って行かれた。折角良いペースで書ける時期というのもあって、京夜は恨めしく思っていた。
******
ようやく外が闇に染まった頃、寮の食事を取り終えた京夜は早速執筆活動に取り組んでいた。
執筆しながら、ネットでアニメを見る二窓をしていた。
作業効率はかなり落ちるが、表現の参考に出来る物を見つけられる。ある程度書き上げてからは、色々なジャンルのアニメを見るようにしていた。
今書いている小説ではバトルと恋愛を掛け合わせた物。だから純粋な恋愛アニメを適当に選んで視聴した。
物語も佳境に入り、主人公が好きな人に告白する、ありきたりのシーン。でも、今までなんとも思っていなかった部分で、心が揺らいでいるのを感じた。
あの時のことを思い出して、頬杖をついて俯いた。
もし、未織が腹を空かせていなかったら、腹を鳴らさなかったらどうなっていただろう。
顔の距離が、少しずつ迫っていた。呼吸する音だけしかなかったら――
「って、俺は何考えてんだ……」
頬から腕を外して、そのまま頭を打ち付ける。鈍い音と共に痛みが走った。
――集中しろ、集中。
赤面するような記憶を吹き飛ばす様にして、エンディングが流れるアニメを消し、キーボードを打ち付けた。
エンターキーを強く打って、椅子に大きくもたれた。
構想上では重要な戦闘シーンに四苦八苦しながら、丁度日付が変わる頃に書き終えた。
時間を見て、キリもついたことで作業を終える。
電源を消すを押した後、そのままベッドに飛び込んで、雪音に指摘された事を思い出す。
美織と出会ってから、小説の進行が早まったことは言われるまでもなかった事だ。
今更、未織が嫌いな存在だと言う事は出来ない。違うのであれば、雪音に気持ちを聞かれたときちゃんと否定しているはずだ。
もう既に、手遅れである程に、彼女に毒されていた。
恋愛のことが分かるかも知れないと思って、創作小説に恋愛ジャンルを組み込んでみたり、積極的に恋愛をするアニメを見たりした。
しかし分からなかった。結局、作られた恋愛と実際の恋愛は、全然違っていることが分かっただけだった。
「はあ……」
最近は溜息をつく回数も増えてきたのを感じていた。
未織のことを、どう思っているのか。自問自答しても出てこなかった。
鈍感だから分からないと、そう言って逃げるつもりもなかった。そもそも、鈍感なキャラクターが出てくる作品は数多のように存在するが、実際そんなことは起こり得ない。
少しでも自分のことを肯定するような言葉があれば、少なからず好印象を持っていることに気がつく。だからそんな物は存在しない。
だから、これが恋をしているという解釈になるというのは、認めざるを得ない。
しかし、彼女のことを好きだと仮定したとして、一体何に惹かれているのか分からなかった。彼女の何が好きなのか、皆目見当がつかなかった。
抱き締める前、小指を絡めた辺りから薄々とこの気持ちには気が付いていた。だが、身体に触れたからと言う理由で好きになるのなら、それこそ誰だって良いし、ただの最低人間である。
少なくとも、第一印象は全て苦手だったのだ。今更実は好きでしたなんて、嘘をつけるわけがない。
せめて、彼女を好意に思う理由を見つけないとならない。でないと、これ以上前には進めない。
「それにしても……」
そう零して、暗闇になった部屋で目を瞑る。
嘘が、つけなくなった。
虚構することができなくなった。人生を嘘で塗ったような人間であったのに。
嘘がつけないから、逃避行為も難しくなっていた。惰性で授業を受けるようになってしまった。
――全然、似ていない。
柚月に言われたことを思い出していた。
最初からありのままの自分を出す未織と、嘘を塗れなくなった京夜。
何一つ、重なってはいない。可笑しくなるぐらい、似つかわしくない。
******
思わず下敷きで扇いでしまう快晴日和。
学力テストで一区切りを終え、いよいよ夏の入り口を迎えることになる。
むさ苦しいほどの湿気が、汗の流れに拍車をかける。
ネクタイを緩ませて、シャツの中を換気するようにして風を送った。
「京夜君、おはよー!」
じめっぽい空気に負けないような声が、耳で響いた。
未織と柚月が一緒に登校したのか、二人で教室に入ってきていた。
「おはよ、二人とも」
「あれ、京夜君にしては珍しく素直だね。もしかして保健――」
「ゆ、柚月ちゃん!」
普通に挨拶を返しても、からかわれるようでは何を言えば正解なのだろうか。
そして、案の定出してくる話題。流石の未織もあの時のことは隠しておきたいのだろう、柚月の口止めに入る。
「もう風邪、大丈夫なのか?」
俺が誤魔化すように美織に尋ねる。嘘はつけなくなったが、話題を変える手段はまだ染みついているようだ。
「え、えっと。うん」
「そっか、次はテスト受けろよ」
「……うん、頑張る」
いつものようなテンションで、もう元気過ぎて色々余裕だよー! とか言うのかと思っていた。
が、大人しめの反応で拍子抜けした。
「京夜君に会えて緊張しているんでしょ」
「も、もー、柚月ちゃん……」
柚月にからかわれているから、仕方ないことなのだろう。
と、考えながら、余り見られない違う未織の反応を見ていて、心をくすぐられた。




