ステータス確認:聖女は脳筋
「おはようございます。聖女様」
にこやかな顔でやってきたのは魔導士長様。
その後ろにはまじめな顔のエルネストさん。
心底疲れて寝落ちた次の日の朝は、全然すがすがしくないんだけど…。異世界転移って心労しかない。
「本日は聖女様のお力を確認し、それから魔王討伐までの日程を詰める予定ですので、真剣にお願いいたしますね。」
柔らかな朝日によく似合う笑顔だが、私は騙されないぞと心の底から思う。毒殺カップの怖さを私は忘れない。
さて、まず連れていかれたのは魔導士達のよく使っている練習場。
魔法のあるこの世界。対魔王兵器としてはこれが主力となるからすっごい大事な力なんだよね。ゲームでも魔法が無いと絶対魔王に勝てないって思ったもんな。
魔法の扱い方を聞きながら、魔力っぽい物があるのは私にもわかった。けれど、それを自分の体の外へ放って的へ当てることができない。
物はあるんだ。あるのはわかるんだ。それを放出するというか、自分と切り離すことができないんだ。
どんなに考えても無理だったから、ちょっとだけシンキングタイムを貰ってからすっぱり諦めて次の確認に移った。
魔法の次はもっと直接的な武器の話。
剣・弓・槍エトセトラ…
その中から自分が使いたい物を選んでくださいと言われて、当たり前だけどめっちゃ戸惑った。当たり前だよね。武器なんて持ったことないし。
わからないなりきに、ファンタジーな知識とか転生系の失敗とかを参考に、私は長すぎず短すぎない剣を最初に手に取ってみた。
短すぎると間合いがちょっと怖いし、長いと調整が難しそうだから。無理は良くないよね。いつ死亡フラグが来るかもわからないんだし。
選んだ剣を手に取って、エルネストさんを見上げる。
「武器は振ったことがないんですが、どうしたらいいか見本を見せてもらえませんか?」
「かしこまりました。」
エルネストさんはひとつ頷いて、私が選んだのと似たような武器を手に取り、まずは静かに構える。新規スチルありがとうございます。心の中で合掌しておく。
私はとりあえずそれに習って同じように構える。
そこからエルネストさんはまずは右へと払い、流れる様に左上へ切り上げると自然な動作で真上へと刃を持ち上げ、両の手で振り下ろした。
早い。
とても早い動きだ。
それで、とてもきれいだ。
私はまずはゆっくりと動きを確かめながら右へと払う。これでいいのかわからなくて、ブレブレな動きをしてる。きれいじゃない。
それから、構えた角度のままじゃ刃が敵を切ることはできない。手首の動きを意識して次に左上、左手を添えて上へ振り上げ、下ろす。
エルネストさんを見るとこくりと首肯がかえる。とりあえずはいいらしい。
その動きを何度もトレースし、少しずつ早くしていく。
「剣の覚えはよさそうですね。」
「やったー。」
褒められた!と、手放しではしゃいでからやばって思ってエルネストさんをとっさに見た。
剣を握りしめて生唾をゴクリと飲み込む。
これでも気を付けて大人しく聖女っぽくと思っていたのに、聖女っぽくない雑なことしちゃった。
けど、エルネストさんは別に変な顔はしてなかった。
「…剣を持っているのではしゃぐとあぶないですよ。」
って、冷静に注意をされただけだった。優しい。
そういえば、エルネストさんの死亡フラグって発動するんだろうか。ここまで全然そんな雰囲気はなかったけど。
まずは言われた通り剣を慎重に持ち直して、気を付けますって頭を下げた。
それから真剣に練習をしばらくしてから休憩をした。
休憩しながら考える。魔法はからっきしダメだったな。
魔法、自分から切り離すのが難しいって思ったんだよな。
じっと剣を見つめる。
剣に乗せられないんだろうか。
ゲーム脳なので、魔法剣ってかっこいいよねと連想したのだ。
自分の中に魔力があるっぽいとはなんかわかる。それを剣に乗せて、それから剣より先へ伸ばす。みたいな。
私は剣をまた構え、まっすぐ上へ振り上げ、思いっきり正面へ振り切った。
ブォンッ
と、聞いたことがないくらいすごい風を切る音がして、正面の練習場の壁がすっぱりときれいに切れた。大きな石を組み上げた分厚い壁が。
「…」
「…」
「…」
三人分の沈黙が私に突き刺さる。
「今のは…魔法ですかね。」
「聖女様、勝手に魔法は使わないでください。」
「ごめんなさい」
魔導士長様の苦情に私は素直に平謝りをした。
魔法が使えることはわかった。わかったけど、使い道に困る魔法なので使わなくていいですと言われた。先行して探索している兵が死ぬからと言われ、私ははた迷惑ですと言われている事に気が付いて内心泣いた。せっかく魔法使えたのに。
「次は魔を祓う方法ですが…」
「王宮の被害が心配ですね。」
剣も魔法もとりあえずおっけーって事らしく、聖女らしく祈りの力を確認したいという事だが、二人とも確認を心の底から渋っている。
私も同じ心配をしている。
多分、私の祈りの力って、あの必殺家電直しなんだよね。
つまり、拳で一発殴る方式だ。
試しでやるにしても、的になる対象を壊す可能性は否めない。
トマスくんが無事でよかったねとここにきて心の底から思う次第だ。
「あの、祈りに関しては昨日神殿で証明してるのでいいのでは…」
「そうですね。」
「昨日の報告は聞いています。良いという事にしましょう。」
三人、現実から目をそらした感があるが、頷き合った。
王宮大事に。一旦据え置きとなった。また後で考えようね。
そこからは色んな事があっという間だった。
とにかく剣に慣れる事が私の課題。私はそれをひたすら行った。
型のおさらいから人との打ち合いに移った頃、魔王のいる魔の森に行く人員について話し合った。トマスくんを入れてもらえないかと言ってみると二人分の怪訝な顔を向けられたので、私はたまたまテラス越しに話をして知り合ったのだと話をした。
事実、何度かテラス越しに会話をしている。
そのたびに窓の蔦がちょっとずつテラスへ伸びつつある気がするけど無視している。怖いから。
魔導士長の胡乱な目は怖いけれど約束は約束だ。けど、ダメですって言われたら諦めて貰うしかない。私は魔導士長様には完全服従の構えなのだ。死にたくない。
「まぁ、いいでしょう。彼には鎮めの力があります。魔を祓うには必要な戦力でしょう。」
断られる可能性を考えていたんだけど、思ったよりもあっさりとオーケーをもらえてびっくりする。
「え、本当にいいんですか?」
「王宮魔導士と第3騎士団で隊を組むのは予定通りです。聖女様に着くメンバーを私も考えていたところでした。」
「さすがに魔導士長様が付くわけにはいきませんから、お弟子様が付くのはちょうどいいでしょうね。」
魔導士長様に続くエルネストさん。
あぁそうか。ここはゲームと違うから、たくさんの人が動くんだ。指先が冷たくなってく。
「という事は、騎士団の方もエルネストさん以外が私に着きますか?」
「いいえ。騎士団からは私と数人の腹心の部下で聖女様をお守りします。」
「私は全体の指揮を執る必要があるので、つけないのですよ。申し訳ありません。」
2人は多分ちゃんと説明をしてくれているのだと思うが、私にはよくわからなかった。
全体の指揮を執る魔導士長様は私に着けなくて、第3騎士団を率いるエルネストさんは私の護衛につくってなんで?
全然当日の動きがわからず首をひねっていると、エルネストさんが私に懇切丁寧に説明を始めてくれた。
曰く
魔導士長様は本陣に残り、魔道を駆使して全体の戦列確認や命令伝達などを行うらしい。
騎士団と魔導士の連合部隊は斥候を出した後、第1陣、第2陣を放ち、第3陣と私が動く運びとしているため、騎士団長のエルネストさんも一緒に出陣するから私と一緒に行動することになるらしい。
そこまで懇切丁寧に教わってやっと私にもどういう事なのかが分かった。
どうやっても魔王の所には私が行かなくちゃいけないのだ。ゲームの最終章で一緒に切り込んでいく仲間は、こうやって一緒に最後の地へ行ったのだろう。
「わかりました。当日はよろしくお願いします。」
二人へ頷いて話し合いを終了すると、私はまた剣の練習に戻った。
ステータスマックスの体はすごくて、まず、体力マックスで何をやっても疲れない。ずっと剣を振ってても筋肉痛一つ起こさなかった。これがチートの肉体。すごいぞ。
身体能力マックスだから重い物もサクサク持てるし、馬にもすいすい乗れた。ヒロインとしてどうかと思うんだけど、私は恋愛を切り捨てて世界攻略を目指しているんで、ぜんぜん問題ないね。
魔法と祈りはもう、切る、殴るで何とかするしかない。なんていうゴリラ。私は霊長類最強を目標に置くしかないらしい。
魔王に会ったら腹パンする。それだけを考える。
切ったりしたら、彼の兄弟も死んじゃいそうだもん。魔法を乗せた剣だとなおさらだよね。
石を組んで作ってある壁がすっぱり切れたのはちょっと気持ちよかったけど、人間の胴体をすっぱり割ったりはしたくない。うっえぐい。とか考えてたんだけど、トマス君が来るようになって祈りの練習はいいの?って言われた私はそのつぶらな瞳にやらないとは言い難くて…剣に乗せてみた。
結果、重みはないけどやたらと長い鈍器が出来上がったのだった。
魔法を乗せると何でも切れて、祈りを乗せると生き物だけを殴りつける。どんな基準?って自分の手を見つめるけど答えは出なかった。
もちろん、周りの人もなんで?って顔を私に向けてきた。そんなの私が聞きたいよ。
そうして、準備が整った。
私が王宮に滞在したのはほんの3週間程。
まともに戦えるか謎だけど、頑張ります。全ての死亡フラグをぶん投げるために!