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庭の番人は魔導士の卵


 綺麗なベランダに安心しつつ、私は何度も何度も窓に張り付いていた蔦がちょっとでも侵食していないかを見える範囲で確認する。

 良かった。どこにも侵食は見られないようだ。

 私はとりあえずちょっとだけ外に出てみることにした。

 きぃ…と、小さな音が上がり隔てられた空間がつながる。

 ちょっとだけ外に顔を出してみる。

 何もない。

 こわごわと一歩、ベランダに出てみる。

 やはり何もない。


 なんだ。考え過ぎかとへらりと笑ったら、やたらと冷たい風が突然私に向かって吹き付けてきた。


 それは本当に唐突で。しかし、タイミングはばっちり。


 私を狙って放たれたとしか思えない。


 やばい。やばいよ。

 またしてもこれイベントじゃないかな。

 冷たい強風で、ベランダに出たら突然吹いてきたって言われたら、魔導士長のお弟子さんしか犯人は居ないじゃん。

 彼に会う予定などなかったよ!心の中で思わず吠える。

 会わずに過ごせばイベントは起こらないだろうとタカをくくっていた。

 それはどうやら甘い考えだったらしい。悔しい。


 このイベントは話の終盤でやってくる分岐だぞ。

 なのになんで。なんでなの。

 私はこの世界に来たばっかりなのに、攻略対象キャラのイベントがことごとく後半や終盤の行動ばかりだ。

 一体何のバグですか?

 神様はなんでそんなハードモードで私をこの世界に放り込んだんですか。


 言いたいことはいっぱいあるけど、私は意を決してベランダの手すりに近づいた。下を見れば、思ったより高さはない。

 手すりを乗り越え、なるべくけがをしないようによいしょっと下に降りれば、ふかふかとした芝生が私の足を受け止めてくれた。

 馬に乗った時も思ったけど、私ってばもしかして身体能力、初期値よりずっと高いんじゃない?

 このイベントで何が物を言うかって、まずは身体能力だ。

 このステータスを上げていないと、ちゃんと魔導士長のお弟子さん…名前はトマスくんの所にはたどり着けないのである。

 まぁ、ベランダを乗り越えて庭に降りないといけないんだからそれもお察しだよね。

 私は、なんでトマスくんルートなのに身体能力あげないといけないんだよ。っていつも突っ込み入れてたけど、ごめんなさい。私が間違ってました。

 これは身体能力が必要ですね。


 そして、ふかふかの芝生の上を私は走り出す。

 行くべき行先は知っている。ゲームマップで覚えてるからおおよその方向でしかないけど、風が吹いてくる場所を探せばいいんだからきっと大丈夫だと思う。


 因みに行くべき先はこの王宮にある植物園だ。

 トマスくんはいつも植物園や薬草園、ガラス張りの温室のどこかにいる。

 お薬関係も魔導士のお仕事だからだ。


 走れば走るほど風が強くなって気温も下がる。

 寒すぎて死ぬ!って思ってる私の服装は初期装備のペラッペラの真っ白ドレス。何も守りがない。辛い。

 神様のばか!


 でも、ここでこのイベントを放置できない理由がある。


 このイベント、放置すると国ごと魔王に侵食されてジ・エンド。

 助けに行っても中途半端なステータスだと殺されてジ・エンド。

 誰かに助けを求めても、今度は恋愛的な意味でトマスくんの嫉妬が爆発して自分も周りも殺されてジ・エンド。


 死亡フラグてんこ盛りの一本道。

 見知らぬ私が行って果たしてうまくいくのかわからないけど、一個だけ勝算があるのだ。それは、伝説の乙女イベント。

 ステータス内の、信仰マックス値になっている可能性だ。


 にわかには信じられないけど、さっき早々に起こした伝説の乙女イベントは信仰マックスの証明ともいえる。

 やたらと身体能力も高いし、各種イベントを軒並み起こしつつあることから考えて、実は信仰以外にも全てのステータスがマックスなのでは?と、疑い始めている。

 こっちに引っ張られる直前の私のゲームの成果が反映されているとすればハイパーチートモードの可能性は高い。


 でも、聖なる力をどうやって使うか全然知らないんだけどね。

 殴っておけばいいかな。


 信じられないくらい息も切らさず走り続けている私。やっぱり身体機能マックスみたいだ。今100mを何秒で走っているんだろう。

 それにしても、植物園のエリアに入ったから道の左右に木々が増えてきて、その植物が風にあおられてベチベチ当たってくる。痛い。痛い。

 私涙目だよ。

 トマスくん。好きなキャラでも、私こんな地味に辛いダッシュしたくないんですけど!


 バチリッと木の枝がほっぺたにかすっていった。痛い。

 手足に葉っぱとかちぎれた草とかが当たっていく。痛い。


 それでも何とか枝にも風にも葉っぱにも負けずに走り切ると、目の前には地面にうずくまる黒い斑がそこここに見える灰色の髪の少年。

 一段と風が強くなって、息が苦しいし、すごく寒い。

 寒さでガチガチと歯の根が合わなくなる。

 けれど負けるわけにはいかない。というか、このままいくと家に帰れない。家に帰りたい。


「トマス…ッ」


 ステータスマックスの可能性にかけて、私はトマスくんの肩に手を伸ばす。


 今このイベントで何が起きているのかと言えば、何を隠そうトマスくんは魔王につながるキーマンなのだ。

 数年前、トマスくんは双子の兄弟が魔王に乗っ取られてしまい、トマスくんも目と髪の色が変わってしまった。悲しい話である。

 そうした縁の関係で、トマスくんの歌は魔王を一時的に鎮められるという特殊技能なんだよね。

 でも、トマスくんから魔王に影響を与えられるという事はその逆もしかりという事で、今トマスくんは魔王の影響に侵食されすぎて二人目の魔王の器になりかけてるのだ。

 物語終盤でトマスくんが魔王の影響に抗いきれなくなりかける理由の一つが、主人公との恋愛だ。私、今回全然関係ないんだけどね。

 ずっと人目を避けてきたトマスくん。

 人との関係も希薄なトマスくん。

 兄弟を助けたい。魔導士長の役に立ちたい。それだけだった彼が、主人公に恋をして自分なんかじゃ…と惑い始めた結果がこれだ。

 私、本当に一度もトマスくんにあった事ないはずなんですけどね。


 全力で私じゃないけどね!と何度も考えつつも、それでも、帰るためには放っておけないのでどうしようもないじゃないの。


 風圧が強すぎてうまく前に進めない。息が苦しい。目が乾く。

 なんでこんな大変な目に合ってるんだろう。

 必死になってつかんだ肩は細くて、ちゃんとご飯食べなさいって言いたくなった。


「もう、何でそこまで自分を追いつめてるのよ。ばか」


 ゲームをやってて感じてた感想を八つ当たり半分に口から吐き出して、トマスくんの上半身を無理やり起こしてぎゅっと抱きしめた。

 ゲームだと聖なる力と、愛で何とかなるシーンだけど、生憎とどっちも持ち合わせがない。

 なので、ここは一発やるしかない。調子の悪い家電製品の要領で。


 抱きしめていた両の肩をそっと押して体を離すと、びっくり顔の少年がいた。

 風はまだびゅうびゅうと吹いている。


「いい加減に、しなさい!」


 パチィンッといい音がした。

 両手のひらがじぃんと痛む。

 挟んだほっぺたはもしかしたら赤くなってるかもしれない。

 手の間にはかわいいびっくり顔。

 風はぴたりと止んでいた。昭和の家電製品対策ってすごい。殴ればなんとかなるもんだ。

 ぱちくりと私を見上げるトマスくんの目は赤く、零れ落ちそうなくらい大きく見開かれている。


「今、何をしたんだ?」

「必殺家電直し。」

「かで…?」

「ごめん。たたいただけ」

「たたいただけで魔が霧散するはず…」


 困惑顔だけど、ほんとに私はたたいただけでなにもしていない。

 特別手が熱くなって…とかそういうことは一切ない。

 魔力も聖なるなんちゃらも一切感じたりしてない。

 ただの必殺家電殴りなだけだ。それも、昔懐かしの対ブラウン管テレビ対応だ。

 今の若い子にはわからないやつだな。


「霧散してよかったね。」


 トマスくんの言葉に私は嬉しくてにぱっと笑った。死亡フラグは文字通りぶったたけたらしい。よかった。


「あ、やばい。明日まで部屋から出ないように言われてたんだった。魔導士長様に殺される!!」


 一難去ってまた一難。

 私は瞬時に恐怖で顔を青くし、立ち上がった。

 そして…


「あ、部屋までの道がわからない。」


 困ってトマスくんを思わず見た。まだ死にたくないよ…って気持ちを込めて。




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