ヒロインの部屋
攻略対象から殺される可能性を考慮して魔王と戦う運命なんてとんでも四面楚歌に震えが止まらない。私の知ってるゲームと違う。
こんな甘さのかけらもないゲームでしたっけ?これ。
何もできず何も考えられず、そうしてしばらくうずくまっていた私だが、ふと、部屋に移動しなくてはいけないのでは?と思い出した。
ここはただの客間のはず。
顔を上げると、ソファーの向こう、白に近い水色の制服が。
さらに上を見ると、困った表情の美しいかんばせがあった。
「…」
「…」
お互い、言葉が出ずに見つめあってしまう。
お堅くて不器用なエルネストさんと、みごとな引きこもりゲーマーの私である。
どちらも言葉を探すのが不得意というダメな組み合わせ。私はかっちかちに固まって喉に何かつっかえたみたいになってしまった。
今殺されそうになってもきっと声も出ない。
というか、今の私、挙動不審すぎる。
殺される?
もしかして、殺されるのか?
せっかく神殿から逃げ出せたのに。
魔導士長様の毒殺カップも回避したのに。
ここにきて起きるのはどんなイベントですか?
第3騎士団長様の死亡イベントは他のキャラに比べてずっと少ないはずなのに、こんな風に起きてしまったらやりきれないよ。
泣いちゃいそうだ。
私は怖い想像で目頭が熱くなるのを感じつつ、必死にエルネストさんの目を見上げた。
今首を切られるのだとしても、目をそらすことも怖かった。
「…」
「…」
続く沈黙。
相手が口を開くころには私は死んでいるかもしれない。
そんな考えがよぎる中、その唇がゆっくりと開いた。
どくりと心臓が跳ね上がる。
「…お部屋へ、ご案内しても?」
「…」
緊張の瞬間、それは、私の心情からは程遠い言葉を投げかけた。
パチパチと瞬きをして涙を散らし、じっとエルネストさんに目を凝らすと、やっとといった様子で言葉を探したことが見て取れた。不器用な彼に、私はこくりとうなづいた。
広い広い王宮の廊下を二人無言で歩いていく。
殺されなかった。
殺されそうなイベントは起きなかった。
よく考えれば、エルネストさん関係のイベントは騎士団の敷地内か遠征先で起きてるものばかりだ。
王宮内のイベントも、ヒロインの私室でラッキースケベ的な事故イベントがあった程度だ。
良かった。安心と安全のエルネストさんがいてくれれば私は無事に帰れるかもしれない。
進む廊下はどこまでも続くし何度も何度も角を曲がって何部屋も何部屋も過ぎ去っていく。
王宮は広すぎて早々に道順を覚えるのは諦めている。
殺されそうになっても誰にも助けを求められないという事は頭から追い出しておく。
じゃないと怖すぎて夜寝る前に布団の中で泣いてしまいそうだ。
「こちらです。」
と、ご案内された部屋は、私のよく知る王宮内のヒロインのお部屋だ。
ちなみに、拠点が変わるとお部屋の内装も変わる。
当たり前だけど、それぞれの拠点に準じたお部屋のランクになる。
その中で二番目にランクの高いお部屋がこちらです。
なぜか一番ランクの高い部屋は神殿なんだよね。
まぁ、神殿長様の様子から考えればお察しというやつである。どこまで行っても異常性の高い人だよ。関わりたくない。
私は静かに部屋に入ると、振り返ってエルネストさんの顔を見上げた。
「案内してくれてありがとうございます。」
ペコリと頭を下げると、えぇ。とも、はい。ともつかないあやふやな返事が返ってきた。
頭を上げると、戸惑われていた。
あぁ、そういえばこの世界設定は西洋の文化と似たようなあれだったっけ。
昔の西洋の人は、日本人のお辞儀を気味悪がっていたみたいだし、騎士団長さんもそうかもしれない。
「すみません。頭を下げるのは私の世界の挨拶の仕方で。ここではあまりしないですか?」
「そ、そうですね。そのように首をさらすのは…ないですね。」
どことなく、言葉を頑張って選んでるようだとは感じられた。
それにしても首をさらすって…。
「じゃあ、なるべくしないように気を付けます。」
「そうしてください。」
かなり違和感のある事をしたようだ。全力でお辞儀を断られたよ。酷い話である。
「では、明日また参りますので、それまではお部屋でお休みください。」
と、エルネストさんが退室していく。
パタリと扉が閉まってから数秒後、私は深く重い溜息をついた。
「なんでこんなことになっちゃってるの~?」
思わず足を抱えてうずくまる。
困る。
困るよ。
怖いし。
嫌だし。
毒殺カップ出てきたよ。
王子様も私を試すのが早いよ。
ゲームの中なら、ゲーム通りの進行をお願いしたいよ。
足元をうじうじと見つめていたけど、そんなことしていても何も始まらない。
私は気合を入れて顔を上げた。
まずは部屋の中を検分だ。
自分の位置からまずはぐるりと部屋を眺める。
ゲームの立ち絵やスチルで見た事のある情報と、画面には映らない場所ってこうなっているんだ?という新鮮な情報が重なり合う。
何となく、閉まっているカーテンから外を眺めてみようと思って私は早速後悔した。
一回開いたカーテンを静かに閉じ、深呼吸。
もう一回開く。
「怖すぎるんだけど」
部屋の窓にはなぜか執拗に絡む植物の蔦。
こんなに蔦がからんでいたら、窓なんて絶対開けれない。
私はまた静かにカーテンを閉じた。
きっと二度とカーテンには触らない。
こうなると、部屋にあるはずのベランダ箇所もやばいかもしれない。あれ、お城の場合ってベランダって言わないんだっけ。
怖すぎて頭がうまく働かない。もうどうでもいいや、ベランダでいいや。
心臓の音がうるさいけど確認しておく必要がありそうだ。
今いるのはソファーとか、テーブルとかがあって、人が来たら会うためのお部屋。
その奥にもう一部屋、寝室がある。
寝室には大きな窓がはめ込まれていて、そこからベランダに出られるのだ。
扉一枚隔てた寝室へと入ると、なんだか冷え切っているような気がした。鳥肌の立つ二の腕をさすりながらも私はカーテンを開く。
しかしそこはなんの異変もなく、私は拍子抜けしてしまった。
「なんだ…」
白い床も、曲線を描く手すりも、きれいなままだった。