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紅茶の香りと魔導士長


 王子様がいなくなると、コンコンとノックの音がし、私は後ろを振り返った。


「お待たせ致しました。」

「失礼いたします。」


 入室してきたのはエルネストさんと王宮魔導士長様だ。

 王宮魔導士長様は柔らかな中年男性で、もちろん、攻略対象キャラです。

 名前はアルフレドさん。

 赤みがかった黄色の髪は彩度低めなため控えめな印象を与えるけれど、後ろは借り上げ前髪がちょっと長めという、なんか、こう、ちょっとした性癖に突き刺さるんだよなぁ。

 しかも、丸眼鏡に糸目というオプションですよ。

 目の色が分かるイベントスチルに大層萌えた記憶があります。紫がかった灰色が、落ち着いた雰囲気にマッチしてる上、どことなく神秘的なものを感じさせてとても良きでした。

 しかし、このキャラも気を付けないと私の命が危ない。危険。

 他のキャラに比べたらまだ安全だから、できれば討伐メンバーは今ここにいる三人でお願いしたい所だ。

 アッシュさんよりエルネストさん。

 お弟子さんより魔導士長様。

 神殿にはノータッチ!これ絶対!

 王子様は討伐には出れないからいいとして、とにかくこのメンバーでファイナルアンサー!である。


「お初にお目にかかります。この国の王宮魔導士を束ねております、アルフレドです。」

「は、初めまして。」


 あ、この世界に来て初めてちゃんと名乗っていただいた。

 魔導士長様やっぱすごくいい人だなあ。


「どうぞ、こちらへおかけください。」


 優しく笑む眼鏡の向こうの糸目。

 さぁさぁと手招かれ、私はゆっくりと窓際から離れた。

 ちょうど私の立ち位置と、出入り口の間にはローテーブルとソファーがある。

 アルフレドさんとエルネストさんもそのソファーの方へと歩み寄り、アルフレドさんだけがテーブルとソファーの間に立って私を待ってくれている。

 エルネストさんはソファーの後ろだ。


「色々と大変であったと伺いました。お疲れでございましょう。」


 私がソファーの所へたどり着くと、座るように示し、ご自身も座られるアルフレドさん。

 そして、私も同様に座る。それと同時にどこからともなくメイドさんが現れた。

 メイドさんはしずしずと私たちの間にお茶とつまめるものを置くと、一礼し、またしずしずと去っていった。

 まさか、メイドさんが現れると思わなくて、すごくドキドキしてしまった。


「どうぞお飲みください。お話はそれからに致しましょう。」


 素朴な話し口調に素直にうなづき、お礼を言うと、私はまっすぐカップに手を伸ばした。

 けれど、途中ではっとしてその手を止めてしまった。


「どうか、致しましたか?」


 心底不思議そうなアルフレドさんの声。

 それはそうだろう。お茶へ伸ばした手を不自然に止められたら普通は疑問に思うだろう。とても普通の事だと思うし、アルフレドさんの声はごくごく普通だ。

 それが、とても怖い。


 ティーソーサーに描かれた花。

 私には、その花の絵に覚えがある。

 もしかしたら違うかもしれない。

 けど、そうかもしれない。

 ドッドッドッドッド 心臓が早鐘を打つ。

 再度、カップに手を伸ばし、持ち上げる。

 飲む目的じゃない。カップを確かめるためだ。

 そっと持ち上げたカップ。その側面には、ソーサーと同じ種類のお花が描かれている。

 とてもきれいでかわいいカップ。

 ファンの間で通称毒殺カップと呼ばれるカップは、特定班がほぼ一緒!というくらいそっくりなものを見つけ、愛の深すぎるファンがうん万するそのカップセットを買ったりという流れがあった。

 それらの中でよく目にしてきたこのカップの形状、柄は、記憶にしっかり染みついている。


 そう、今私は、毒殺イベントに放り込まれているのだ。

 なぜどうしてこんな初日に…という叫びはもう言い飽きた。

 アッシュさん、ブニファシオさん、グリエルムス様、ときて、アルフレドさんだ。

 これはいよいよ私のステータスを早く確認する必要があるのではないだろうか。どう確認したらいいかわからないけど。


 震える手で、私はカップをソーサーに置いた。

 こわごわ見上げたアルフレドさんの顔からは、何を考えているか読み取れない。

 あまりにもいつも通りの顔。

 そして、エルネストさんを見上げると、少しだけ片眉を上げて怪訝そうにしている。


 少しだけほっとした。

 エルネストさんもわかっていて毒が出たわけじゃないんだ。


「申し訳ありませんが、これは私には飲むことができません。」


 さすがにはっきりと毒だと口にするのは怖くて、そんなあいまいな言葉しか口にできなかった。

 魔導士長様に言いがかりをと言われてしまえば、立場が弱いのは私の方だと思うのだ。


「そうですか。」


 エルネストさんはますます謎。という顔をしつつも、無言でそこに立っている。

 そして、アルフレドさんは…


「異界の方にこのお茶は合わなかったですかね。」


 と、申し訳なさそうにされた。

 毒殺しようとしておいて、こんな普通の顔をしていられるものだろうか。

 私は心底ぞっとした。

 アルフレドさんってこんなにヤバイ人だったっけ。


「わ、私の事は何でもいいんです。それより、はやく魔王を祓って自分の世界に帰りたい。ただそれだけなんです。」

「おや、今代の聖女様は、ご自覚があられるのですね。」

「自分の役割はわかっています。帰るためには神様から課せられた役割を果たすことだけだって事も。私は全力で役割を果たします。」


 だからどうか殺さないで欲しいと、必死に目で訴える。それが通じてるかわからないけど。


「そうですか。私からの説明は必要ないようだ。では、聖女様、あなたには戦い方を学んでいただき、魔王のいる黒の森へ行っていただきます。」

「はい。」

「同行するのは、第3騎士団。補佐として王宮魔導士で隊の編成を致します。よろしいですか?」

「問題ありません。武器を持ったことも、魔法を扱ったこともないので、ご指導いただければと思います。」


 とにかく死にたくない。殺されたくない。いう事ちゃんと聞くので、もうこういうのはやめて欲しい。

 その一心で私は頷き、二人に頭を下げた。


「では、王宮内に聖女様のお部屋をご用意いたします。明日からの鍛錬については、また明日、お話しに伺いますので、それまではお部屋でお待ちください。」


 うぐぅ…これは、部屋から出たら殺す。って言われてる。

 絶対言われてる。


「わかりました。」


 魔導士長様が、それではまた明日。と言って優しい笑みで出ていくまで、私はこの超が付く緊張を解くことはできなかった。

 パタリを閉まる扉を数秒凝視した後、どさりっと、ソファーに座りこんだ。

 今日、何度死を身近に感じただろう。

 顔を抑えうめき声が上がる。


「もう家に帰らせて…」


 神様、これはどんな嫌がらせなのでしょうか。




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