ストロベリーブロンドの王子様
所で、現代日本でつつましく暮らしていたOLの私は、当たり前だけど馬に乗るのは人生においてはじめてだった。
もしかしたら途中でグロッキーになるのではと思ったが、意外や意外、そんな事もなくたどり着く王宮。
真っ白い壁に、美しいコバルトブルーのラインが走る王宮は、生で見ても荘厳で美しい。映像が出る時、キラキラエフェクトがかかるのも納得のお城だ。
無駄な口は叩かず、私が連れていかれたのは王宮の一室。
そこはお客さんが来たら留め置くための部屋かな?と、私は考える。スチルと合致する背景がうまく脳内から探し出せないけれど。
ここでおとなしく待ってれば、多分王宮魔導士長様が来て、魔王を倒してくれという話になるのだ。
一緒に魔王討伐に向かう相手を決めて、ステータスを上げ、この世界の闇を払う。その目標を定めてくれる役割の魔導士長様。
もう何でもいい。その話を早くしてくれ。他のイベントをぶっちぎりですっ飛ばさせて。
そして、私を無事に家に帰らせて。
王宮魔導士長様を待つ間、ソファーにいるのも落ち着かず、私は窓際でお庭を眺めることにした。
さすがの王宮は、お庭もきれいですごいなぁ。確かこの王宮、不思議なつくりをしていて、二階部分が広く庭というか、林レベルになっている箇所があって、その一角に温室があるんだよね。この庭も、そこに続いていたりするんだろうか。
きょろりと周りを見渡して、誰もいないなと確認して、私は出窓を開けてみた。
温室には、王宮魔導士長様の弟子がいる。もちろん、攻略対象キャラである。
その子はちょっと暗くておどおどしてるんだけど、毒舌できついところもある子だ。人の顔を見れないから、黒い斑が混じるなんとなく緑っぽいトーンの灰色の前髪を少し長くしている。
ビジュアルというか、全体のカラーリングが私的にすごく好きなキャラだ。
まぁ、攻略対象キャラだから、近づかないようにするんですけどね。
ただちょっと、彼の透き通る歌声が好きで、あれだけは一度生で聞けたらいいのにとは思う。
会いたくはないから、聞くとしてもこっそりとだけど。
それにしても、遅いなぁ。いつ来るんだろうか。そして私は帰れるんだろうか。
はぁぁ…
長い長い溜息だって出る。
柔らかな風に吹かれて、私はへなへなと出窓に突っ伏した。
「家に、帰りたい」
ぽつりと吐き出した言葉は、心の底からのもので、とたん、不安に見舞われる。
さっきまでの怒涛の状況変化から一変し、こんな静かなところで一人にされたら、不安が胸に忍び寄るのも当然で、私は肺にぐっと力を入れて泣かないように堪えた。
ここからがイベントなんだから、泣いてたら話が進まないじゃない。と、それだけを考える。
早く家に帰りたいのだから。と
「大丈夫?」
そこに、予想だにしない優しくも甘やかな声が突然かけられた。
私は驚いて勢いよく顔を上げる。と、庭から私のいる出窓を覗き込むとてもきれいな人がいた。
白いかんばせに、美しいストロベリーブロンド、やはりピンクがかった瞳の王子様。
はい、攻略対象キャラです。
「よかった、泣いていたわけじゃないんだね。」
王子様然とした声音はさすがなんだけど、なんでまたイベントが起きているのか、私には全然わからない。
王子様も、ある程度ステータスが上がらないと出会えないお方だから、まず序盤でこのイベントが起きる事なんて絶対ないのに。
そう、今まさに起きている、この、王子様との出会いイベントの事ですよ!
なんで序盤で発生してるの!?
目の前の心配そうな顔と、優しい声に騙されてはいけない。
この王子さまはしっかり計算した上で、国の事とヒロインの事を見据えている人なのだ。
知り合った当初は王子様という事を知らず交流していくことになるが、その何気ない会話の中で聖女の考えや行動の指針を意図的に操作するような人物で、相手に気付かれないようにそういう事ができる頭の切れる人だ。
名前はグリエルムス様。
甘やかな言葉でこちらを油断させてくるけれど、そんな上っ面に騙されないぞ。
あぁ、誰もいないと思って気を抜いたらダメだった。後悔してもし足りないとはこの事か。
出会うとしても、もっと後が良かったよ。
心の準備なんてできてるはずがない。
私はここからどうしたらいいのかわからなくて、その人をじっと見つめた。
「どうかしたの?やっぱりどこか痛い?」
きれいな瞳が私を見る。私はとりあえず質問に答えるために首を振った。
「そう、良かった。ねえ、君は、何をするためにここに来たのか、君自身わかっているのかな?」
楽しそうに聞いてくる王子様の台詞に、私は目を見開いた。
え、なに、その会話。そんなシナリオ聞いたことないんだけど。
またしてもだ。
またしても、こんな風に聞かれることになるなんて思ってなくて、選択ウィンドウが欲しい!と、心底思う。
欲しいと思っても現れないから、自力で言葉を考えるしかない。
考えるといっても、ただ設定を思い出すことしか私にはできないけど。
だから、パッケージの裏面にある文字を思い出しながら私はそれを言葉にした。
「黒の森に行き、魔王を倒して、自分の生活に帰る。」
言葉にすればそれはとても簡単な事。だけど、言うは易く行うは難しというもので、口にしたものの、気が遠くなる話だった。
けれども、目の前の王子様は満足そうにうなづいている。
「そうかそうか。君は自分の事を知っているんだね。なら、大丈夫だ。しっかりと果たして来ると良いよ。」
晴れやかな笑顔は、スチルで見たような気がしないでもない。
確かあれは、聖女を試すイベントだった気がするが…。
ぽかんとした後、はっとする。
出窓に突っ伏して泣くのをこらえるイベント。
スチルは出窓を横から見たような角度で王子様の全身を初めて見せてくれるものだった。
まさに、今の光景そのものではないか。
まさか、今、私は自分の命が危なかったりしたのだろうか!?え、うそ。怖いんだけど。
よかった。泣くのを堪えて良かった。
聖女を試すイベントは、選択肢を間違えば王子様から暗殺者が派遣されてしまうという、まさに綱渡り状態、一歩間違うだけで真っ逆さまの絶体絶命イベントなのだ。
なんで来たばかりの日なのにこんなにイベント頻発しているの?
やめて欲しい。
まだこの世界に降り立ったばかりで、ゲームの目的も定まっていない所なのに。
唖然とする私をよそに、王子様は、じゃあ僕は行かないと。と、言ってひらりと庭の立木へ消えていった。
もうこれ以上やめて欲しい!
お願いだから、フラグは立てずに家に帰して!!