親友同士の騎士団長様
硬くてごつごつしていて寝心地最悪の床に転がりながら私は真っ青になっている。
まって…
これ…
私の記憶違いでなければなんだけどね…
さっきまでやっていた「贖いの聖女」の冒頭をスキップした場合のスタート場所な気がするんですけど。
まさか、私、え、ゲームの中にいるとかそういう事!?
ありえない。
けど、こんな場所、現実にあるはずないんだから、それしかないって事だよね?
え…ぜ、絶対いやだ!
恐ろしい現状に気づくや否や、私は急いで起きる。
花に囲まれて寝てる場合じゃない。
ここで少しでも間違えば、何が起きるかわからない。
このゲームは、冒頭から、攻略のためのフラグ分岐が始まる恐るべきゲームなのだから!
そして、この冒頭で真っ先にフラグが来るキャラは、周回しないと絶対に落とせないキャラであり、私が生身であったなら、絶対に絶対に絶対に関わりあいたくないキャラなのだ。
ゲームだから彼とのイベントは楽しいんだよ。
それはさておき、再度周りを見渡して確信する。知っているゲームスチルの神殿だと。
足元にめっちゃたくさん敷き詰められているどこから来たのかマジで謎の花も、主人公の一枚目のスチルで描かれていたぽってり大きなお花である。花の種類など知らぬ。
とにかく今後の流れを考えないと。
何が起きてるかとかそういうことはこの際後回しだ。
あのキャラとかかわるのだけは勘弁なのだから。
そしたらもう、見つかる前に逃げるのが先ではなかろうか!
だって、知ってるゲームに入っちゃったっぽいとか、もしかしたら自分ってばヒロイン?とか、そんなことにこだわる必要なんてないじゃない。ストーリーに忠実に進めるのなんて無視だよ。
私は、こんなところで死にたくないよ!
とにかくここは、逃げ出そう。
と、急ぎ、神殿の扉をぐっと開ける。
確か祈りの間は、入り口がここしかなくて、そしてこのまま外に出れる作りのはず。神殿の敷地全体は広い作りになっているけれど、祈りの間は単独の建物になっていて、目の前の石畳を道なり左にたどると噴水のある場所に出て、そこから左が本殿のでっかい建物で、右が正面の門で神殿の出口だ。よし、覚えてる。
べらぼうに背が高い入口の扉は重くて、私は変な声を出しながら何とか自分の通れる通路を確保して、やたぁ!と、外へ出ようとしたが…
「ひゃ!?」
出ようとした扉から見えていた外の風景に、男性の姿が突然飛び込んできた。
なんで?どうして?こんな至近距離に人が!?飛び上がる心臓が、更に私を混乱に落とす。
その人は、さっきまで私が悪戦苦闘していた扉を、苦も無く大きく開け放ち、私の前にその全身をさらした。
「何者だ!?」
はっきりとしたよく通る声が、厳しい色を乗せて誰何する。
赤い髪。短いその髪は癖があり波を作る。
オレンジの瞳。大きな釣り目が今は怖い。
暗い赤色を基調とした騎士の制服を着こなすその人は、私のよく知る人物だ。ただし、画面越しにだけど。
名前はアッシュ。見た通りこの国の騎士様で、騎士団長をされている有能な人。
腕がたち、気性は荒めだが、情に厚く、市井にも気軽に出かける人。
という立ち絵での前情報。
今ここでこの人に会うもの痛すぎる!と、私は恐慌状態に陥りかける。
そもそも冒頭で、この人に会うはずがないのになぜ!?
このアッシュ団長。情報通り気安い人ではあるが、一度警戒するとそれを解くまでが果てしなく大変な人なのだ。
つまり、今、ここで、既に怪しい者認定が入ってしまったかもしれない私は、それが解けない限り、どんな話も疑ってかかられ、下手すると何もかも聞き流され、投獄の末、獄死…なんてことも考えられる。
な、なんて恐ろしい。
ゲームストーリーになくても、可能性として考えられるくらい、そのくらい苛烈なのだ。この人は。
そんな団長様の後ろから、新たな声が聞こえ、更に追いつめられる私。
「何かありましたか!?」
と、目の前には暗い赤を基調とした制服の騎士様が数名詰めかけ、誰もが私をにらみつけている。
こわい。視線だけで死んでしまう。
2歩3歩と、私は後ろへ下がり、彼から距離をとるが、きっと無駄なんだろう。
だって私は運動不足の現代OL。
対する相手は、十分に鍛錬を積んできている騎士様だ。
ぎゅっと胸の前で手を握り、更に後ろへと下がるが、入り口は完全に包囲されている。
万事休すか…と、思ったところに、新しい声が飛び込む。
「第2騎士団、何をしている。」
落ち着きと威厳が同居する声が、この場の空気を塗り替える。
今にも騎士がなだれ込み、私を包囲しそうだったのに、声が強く彼らを止める。
そして、祈りの間の前にある5段の段差を数人の足音がのぼってくる。
た、助かったかもしれない…。と、私は思いつつもまた数歩後ろに下がる。
本当に助かるまでは、少しでも距離を持っておきたい。
だって、どう転ぶかなんてわからない。
既にこの場はゲームとは違う流れになっているんだから。
赤い制服をかき分けて、白に近い水色の制服の人がやってくる。
金の髪を高い位置で一つに束ねた、これまた騎士団の団長様であり、攻略対象キャラであるお方。名前はエルネスト。
厳しいお顔だが、公平、公正を何よりも尊ばれる方だ。
この人なら、もし捕まっても獄死ルートは避けられるはず!ただし、本当の事をただ率直に話しても頭がおかしい病人扱いの可能性はある。
この際病人でもいい。私は無事に家に帰りたい!
死ぬ確率の低いほうに行きたい!
「何をって、警備していた祈りの間から、突然人が出てきたのでまずはその身柄を預かろうかと。」
今、私という怪しい人物に警戒しているために、アッシュの口調は好戦的だ。
怖いよ。帰りたいよ。
「まずは冷静になりなさい。今、このタイミングで祈りの間から出てきた者です。先に王宮魔導士長に話をするべきでしょう。」
「では、先に見つけた我々が、その任を請け負いましょう。」
「一度頭に血の上ったあなたに、それを預けるとお思いですか?」
にらみ合う団長二人。
こんな冷たい言葉をぶつけあっているが、この二人、無二の親友である。
ただ、とことん性質が違いすぎるだけで…。
こんな空気だが、普段は仲が良く、お互いに長所と短所を認め合い、自分にないものを持っていると語るイベントなんかもしっかり入っている二人である。
うぅ…こんな怖い空気で話していても、この二人は親友。
そして、冷静な仕事ぶりから、こういう時は、確実にエルネストが勝っている。いつものゲームの流れと同様であればね。
今日もその流れでお願いします。頼みます。
私は震える自身の肩を抱きしめ、祈ることしかできない。私の幸運ステータスよお願いだ。私を無事に帰らせて。
あぁもう、家に帰りたい。帰りたいよ。
帰るためには多分、ゲームをクリアしないといけないのだと思う。このゲームのヒロインの事を考えると、自動的に私もそういう事なんだと思うのだ。
なんたってこのゲーム、ヒロイン自身が異世界からやってきた設定なのだから。
ヒロインが異世界から呼ばれた理由はただ一つ。数百年に一度目覚める魔王を倒すため。世界で一番聖女としての資質の高いものが選ばれ、ここに呼ばれるのだ。
だから、その目的を果たせば、この世界の神様が、ご褒美としてなんでも一つ願いを叶えてくれるのだ。
そこで帰ることを望めば、ヒロインは自分の世界へ帰るが、もしも、攻略対象キャラとの恋愛エンドを望んでしまえば、彼女はこの世界に残ってしまう。
それはごめんだ。
家に帰りたい。
だから私は、誰にも絶対ほだされずに、そして、誰にも絶対殺されずに、魔王を倒しに行かなければならない。
一番大事なことは、誰にも絶対殺されない。これである。
変にフラグを立てると殺されるルートに入る可能性があるのだ。このゲーム。
フラグさえ立てなければ、それはない。
だから、だから…私は絶対、フラグを立てたらダメなんだ!
恋愛フラグを立てず、誰ともくっつかないノーマルエンドを目指さねば。
「第2騎士団、あの女を確保しろ!」
団長二人はその後もまだ言い合っていたが頭に血が上ったアッシュは止まることを知らず、カッとなって部下に命令を下す。
だが、その声が全てを言い終わる前に、ひらりと水色の布が踊り、いち早く私の元へ駆けつける。
私の肩をぐっと抱き寄せ、振り返るエルネスト。
その後ろには部下たちが続いており、一気に赤をすり抜けた青が私の周囲を固め、赤い制服とにらみ会う。
ナニコレ怖いと、思うも、ふと、何かが頭をよぎる。
あれ?これって、どこかで見たような光景ではなかろうか?
もっと俯瞰から見ていたはずだが、知っている。
そう、これは…アッシュイベントの一部では?
まってまって。私の脳みそ。
これってもしかして、警戒心の強いアッシュの信頼または信仰心イベントではないの?
ゲームの流れを思い出す。
確か、この世界に聖女降臨が告げられて、ヒロインはパラメーターを上げながら前半は一緒に戦う相棒探しをするのよね。それで、フラグを立て、イベントスチルを見る。
そして、後半で一緒に行くメンバーを選び、その仲間と共に魔法や剣の練度を上げることで相手のステータスも上げ、魔王へ挑むのだ。
その流れの中、前半で起きるイベント。
出会って間もないヒロインを聖女などと信じられない!と、アッシュがヒロインの元へこんな感じで部下を連れてやってきて、その動きを察知したエルネストが駆けつけ、同様にヒロインをかばい、睨み合っていた。
…い、いやいやいやいや?
さすがに、さすがに考え過ぎだよね。そうだよね。
だってその話、前半の仲間探しでアッシュを追って存在をアピールして、何回かアッシュの噂も取得した上で、他の攻略キャラから第3騎士団の団長は腕の立つ人物だから、候補に入れてはどうかな?みたいな会話が発生してからイベント発生だよ?
どう考えても一足飛びじゃない?
ぐっとつかまれた肩がちょっと痛い。
見上げれば厳しい顔のエルネスト…さん。さすがに生身で目の前にいるから敬称を付けておこう。なんだか心苦しい。
そして、目の前には怖い顔のアッシュさん。
訳が分からずぐるぐるする。
ぐるぐるしながら考える。
あのイベントはどうやって切り抜けるんだっけ。なんだっけ。なんだっけ。
生きて帰りたい。私は、生きていたい。
頼むよ神様。きっと魔王を倒すから。
こんなところに連れてきたなら、ちゃんと私を生かしてよ。
お願いですから。ねえ!こたえてよ!