一周回ってめでたしめでたし
と、思ったこともありました。
「もういいから帰らせてくれ。」
私は机に突っ伏した。結論から言うと、全然家に帰れずに毎日毎日ヴェーグかラーテムの世話をしている。
二人はどっちも元は人じゃなかったから、人のすることがわからないし、気を付けてないとすぐ死ぬ子供みたいなところがあって気が気じゃない。人の体は脆いんだと何度言えば良いのか。
子供もいないのに、子育てで死にかけてる母親の気分だよ。二人いっぺんに面倒は見れないからどっちか片方は神殿でちゃんと面倒見る人を付けてくれと頼んでるけど、神様に物申す人間なんているわけなかった。
私は、日々、必殺家電直し(物理)を繰り出してる。
「望むなら帰らせてやれるが。」
「いや、だめだ。今帰ったら心配だ。」
「そうか。」
「せめて何でもかんでも口にするのはやめてくれ。」
「そうだな。」
ヴェーグは聞き分けが良い…ように見えて、そうでもない。顔を上げるとすぐ頭の上に実ってるものに手を伸ばそうとしている。どう見てもまだ熟してない実だ。放っておいたら口にする。絶対する。
「ヴェーグ、ステイ」
「…だめか?」
「まだ熟してないから。おいしくないだろうし、お腹壊すよ。」
「そうか。」
「本当に、心の底から心配だよ。頼むから、普通に生活できる程度にはなってくれ。」
そして心置きなく帰らせてくれ。
「わかった。」
大人しく頷くその返答を信じられるようになるのはいつになるだろう。
できれば早めにそうなってほしい。
いつか帰るその日まで、このでっかい子供たちを何とか育てて上げなくては。
「さて、ラーテムは大人しくしてるのかな。」
「部屋に戻るのか?」
「ヴェーグも戻ろ?」
「わかった。」
恋愛フラグと死亡フラグ、目標通り回避したのになぜ私は家に帰れないのか。ゲームと違うなんて聞いてないよ。
でも、これはこれでめでたしめでたし…だと思う。多分。
トマス君の兄弟は今では元気になって一緒に魔導士長様のところにいるらしい。
それに、あの後私は、私の前の『聖女』様の話を魔導士長様の口から聞いた。
私の前の人は、自殺を図ったらしい。
私はすっかり人間不信でいろんな人に相対していたけど、王子様も魔導士長様も、『聖女』様が自殺した事を知っていて、私とその人の見た目が一緒だった事から同じ結末を迎えないかと心配してくれていたらしい。
紛らわしい。殺害イベントだと思ったじゃん。
どうやら毒殺カップは特別な来客にいつも出している特別なカップだったらしい。なるほどなとちょっと頷いた。毒殺カップはちゃんと親密度を上げておかないと出てこないイベントだったもんね。愛情と殺意を合わせた結果があの毒殺カップだったというわけだ。
魔導士長様の歓迎の意を私は勘違いしてしまったのだけど、一概に私だけのせいじゃないよねと思ってしまう。
『聖女』様の部屋にあった危ないあれこれは本人の仕込みらしい事も判明して別の意味でぞっとした。まじの自殺部屋だったのか…と。
最初にトマス君に手伝ってもらってよかったよ。そういう意味ではちゃんと気を付けておいてよかった。
全部が済んだ後もエルネストさんは私の様子を見に来てくれている。不足はないかとか、たまに町で流行ってるものとかを持ってきてくれる。アッシュさんはほとんど私とかかわりを持たなかったけど、様子を聞いたらこれまでと変わりなく過ごしてますよ。と教えてもらえた。
暗殺者のドミニクさんは、この間神殿に出入りしているのを見かけたので、無事神殿長様に助けられたようだ。もう私を殺しには来ないでね。と、心の中で合掌しておく。
家に帰るのはあきらめてないけど、とりあえずは、わけがわからないまま突っ走った割には、ちゃんとみんな何とかなったのはすごいよねと、自画自賛する日々である。
贖いの聖女は、この世界の集まった罪の贖いを無事果たして、いつかきっと家に帰るのだ。
このおっきい子供みたいな神様達が幸せになれると確信が持てたら。
「おい…」
「ん?なに?」
「またあれが来てるぞ。」
「?」
さっきまでいた中庭から神殿内へ入ると、ヴェーグが神殿のホール方向を指さした。
ヴェーグの指差す方を見れば、珍しくラーテムが地面に足をつけてるのが見えた。そして、何故かエルネストさんと睨み合ってる。いや、正確には、ラーテムが一方的に睨んでる。
「ラーテムは…いったい何をしてるのよ…」
思わす額を押さえた。
「ラーテム、ステイ!」
最近口癖になってきたステイを繰り返し、小走りに向かっていくと、ラーテムはムッとした顔でこっちを見た。
「何でさ」
「来客に対して態度が悪すぎなの。」
「知らないよ。こいつがしつこく来るのが悪い」
何でいつもエルネストさんに喧嘩腰なの?って小言をする間に、ヴェーグはエルネストさんの手元を指差して
「今日は何を持ってきたの?」
と、おやつの催促を始めるし、まてまて。今私はラーテムで手一杯だ。
「ヴェーグも、ステイ」
首根っこを押さえてエルネストさんから引き離すと、エルネストさんが声をあげて笑った。
「いつも賑やかですね。」
「ごめんなさい。いつもいつも」
「構いません。ヴェーグ様、こちらお持ちください。」
と、ヴェーグにいつもの手土産を手渡してくれるエルネストさん。懐の深さはさすが騎士団長様だよね。
「先に食べてていいから、部屋で大人しく食べてて…」
周囲をぐるりと見まわすと、一定の距離を保って控えている神殿の巫女さんと目が合う。見守っていないで一緒に面倒見て欲しい…って思うけど、皆さん神様がにぎやかなのはいいことだって、温かい視線でこっちを見てるんだよね。困るんだよね。
目が合った巫女さんにお茶を入れてあげてとヴェーグを預けて、私はラーテムに集中する。
「ほら、ラーテム、睨むのはやめよう?エルネストさんに喧嘩売っても何にもならないでしょ。」
「ふん。」
ラーテムはぷいっとそっぽを向くとふわりと宙に浮かび、ヴェーグの後を追って行ってしまった。
「もう、困った子だな。」
私は眉を寄せて唇を尖らせるのに、なぜかエルネストさんは楽しそうだ。
「エルネストさんも、相手が神様だからって遠慮しなくていいんですよ?ちゃんと怒っていいんですからね?」
「怒るべき時にはそうしましょう。」
「いや、さっきみたいなのは良くないと私は思うんだけど。ラーテムも、ヴェーグも、ちゃんと注意してあげて欲しいんだけど。」
と、エルネストさんを見上げると、なぜか、うーん…と困った顔をされた。
「すみません。お三方が楽しそうなのでつい。」
「いやいや、楽しそうって…私は大変なんですけど。」
私はため息をついてるのに、エルネストさんはにこにこしている。っていうか、エルネストさんってにこにこするキャラだったっけ?
「駄目ですね私は。ずっと張りつめているご様子だった貴女が色々な表情を見せてくださるので嬉しくて。」
「???」
突然何がどうしたんだろう。
「まだ家に帰りたいですか?」
と、とても自然な動きでいつの間にか手を取られた。
「このまま留まっていただきたいと言ったら、どう思われるのでしょう。」
ちゅ…と、指先に柔らかな感触がかすめた。
「は?え??えぇ??」
私はぼっと頭に血が上るのを感じながら、頭の中がぶわーっとなってわけがわからなくなった。
今何が起きているの!?
「わ、私は家に帰りますよ!二人が生活できるようになったら帰るんです!!」
「はい。存じております。」
包み込むように笑いかけないで。気持ちが揺らぎそうになる。
ゲームの最後のシーンが頭をよぎるよ。
恋愛イベント全部クリアした末に帰る選択をすると、エルネストさんは誰よりもあっさりとヒロインの手を離して笑うのだ。他の皆は何かしら引き留めようとしたり、気持ちを伝えてくるというのに、彼だけは『どうか幸せに』と、つないでいた手を優しく離すのだ。
苦しい。
そういうところだぞ。
私はぐっとのどが詰まって言葉が出なくなってしまった。
ぐぎぎ…となってとっさに踵を返して駆け出した。
私は帰る。帰るんだもん。
恋愛フラグも死亡フラグも、全部振り切って帰るつもりでゲーム本編をやり切ったはずなのに、どこでフラグが立っていたんだ。
祈り(物理)はカンストしても、恋愛耐性ゼロの私は、ヴェーグとラーテムのいる部屋に逃げ込んだ。
これから折るべきフラグとの闘いのハードルの高さに戦慄しつつも、いっそ全部ぶったたく!と心の中でファイティングポーズをとるのであった。
これにて終幕。
読んでいただきありがとうございました。
この次も更新されていますが、話に関係ないゲームの設定等をもりもり書いているだけのものなので、読まなくても大丈夫な奴です。
元のゲームの設定を考えてとても楽しかったです。
ではでは、また別の作品も読んでいただけたら幸いです。