世界を救ったらしいです
「なんだと?」
「だってそうじゃん。ていうか、ラーテムってホントはべつに世界を守るとかそういう明確な意思じゃないんじゃないの?魂に還りたいだけじゃん。」
「破壊の意思を壊すのだから、そなたらにとっては味方だろう。」
「知らないよ。っていうか、今のヴェーグはちゃんと私と会話で来てるじゃん。何でも壊すって感じじゃないし、破壊の意思とか言われても全然そんな感じしないんですけど?」
むしろ、ラーテムの方が乱暴だ。私はラーテムを避けるように、ヴェーグの腕にしがみついた。
「…我は温かなものを知らぬ故、会話はなかなかに心楽しい。」
「ほらー、ヴェーグの方が温厚。」
「愚かな。それがそういっていられるのは今だけ。癒すものが最後まで破壊の意思を散らし切れねば、すぐさま元に戻るのだぞ。」
「そうなの?」
「おそらくは。」
ほらみろというように、ラーテムが鼻で笑った。
「あれ、でも…」
はたと気が付く。
「このゲームってヴェーグを倒して、ラーテムに私って元の世界に返してもらうはずだよね?今、二人はそれぞれ個別に存在してて、こうやってしゃべってるけど、誰に私は自分の場所に戻してもらえばいいの?」
真っ青になる。
「しらぬ。」
「そのような決まりがあったのか?」
ラーテムはそっぽ向くし、ヴェーグはこてりと首を傾げるし、どういうこっちゃ。お前らが神様じゃないんかい。
いやでも待って。ゲームだと、必ずしもラーテムに神様の名前を付けるわけじゃない。伝説の乙女にならないと、ヴェーグ ラーテムの名前を呼ぶこともないし、最終戦の後で神様エンドにもならない。
それでもちゃんと家に帰れているんだから、絶対なにがしかの方法があるはずなのだ。
「っていうか、この靄の中何とかならないの?最初黒っぽかったけど、ラーテムが出てきてから白いんだか黒いんだかって感じでずっとぐるぐるしてて、私いったい今どこにいるわけ?」
「ここはどこでもありどこでもない。」
「破壊の意思に取り込まれたのだ、元の次元であるはずが無かろう。」
「じゃあ、元の場所で私って消えちゃってるの?」
「人の子の感覚など知らぬ。」
「ラーテムに聞いてないよ。」
「元の場所に戻そう。」
「さすがヴェーグ!」
「態度が違う。」
「ラーテムが優しくないからだよ。」
「引っ張るなと言っているんだがな…」
ラーテムとにらみ合っている間にパチンとヴェーグが指を鳴らしてぱっと靄が消えうせた。
ぱっと空間が広くなる。
空は青くて、地面には植物が無くて、木々がなくなっている広場は、最後に魔王と対峙してた場所だとわかる。なぜなら、ハエ叩き跡があるから…。
そして、周囲に広がる緊迫した空気。
「わぁ…」
何人もの騎士の皆さんがいて、せわしなく働いていた雰囲気がする。今は、私たちに注目して、目を丸くしている状況だ。
「ぶしつけな視線。不敬であるぞ。」
ラーテムって何様だ。あ、神様なんだっけ?でも、実際は神様じゃないんだけど。
ざわめきが広がっていく。大変なところに出ちゃったと、私はぎゅっとヴェーグの袖をつかんだ。
「また引っ張るのか…」
はぁ、とため息が聞こえる。
どうしたらいいのか、途方に暮れていたら、騎士さん達の向こうから誰かがやってきて、皆さんがその道を開けていく。
「エルネストさん…!」
慌てた顔でやってきたのは、さっきまで一緒に行動していたエルネストさん。
「ご無事でいらしたのですね!」
そして、後ろからゆったりとした歩調でやってきたのは、初日以来お久しぶりな神殿長様。ひー!怖い!!
「引っ張るな。」
「無理。」
なんでこんなところにいるんだとぎゅぎゅぎゅっとヴェーグの腕を握りしめる。
神殿長様は私たちから約1メートルくらいの距離で、なんと、片膝をついて頭を下げてきた。どうしちゃったの!?私死ぬの??
「さすがは聖なる乙女たるお方。世界をお守り下さり、心より感謝申し上げます。」
「あのー、全然私は解決してるように思えないんですけど…」
いつ世界を守ったか記憶がない。
顔を上げてにこりと笑う神殿長様が怖い。ぎゅー
「ここでは落ち着いて話すことも叶いますまい。貴方様の帰還のお手伝いも必要でございましょう。神殿へ、今度こそお越し頂けますよね?」
今度こそって言われた。
怖かったけど、ヴェーグの腕をつかんだまま私はラーテムと三人で神殿についていく。エルネストさんと、どこにいたのか、トマス君もいつの間にかやってきてついてきてくれたのでちょっと安心できた。
二度目に踏み込む神殿。
最初に目が覚めた場所じゃなくて、本殿へと案内されて歩いていく。
どうぞ。と案内された部屋のソファーに座ると、正面に神殿長様が座ってまたにこりと笑顔が向けられた。怖い。
「まずは、世界の罪を漱いでくださった事、深くお礼とお詫びを申し上げます。」
「世界の罪?」
何のことか全然わからなくて首をひねる。
「魔王が現れるのは、この世界の罪が降り積もった証。そして、この世界のほとんどの者が知らぬことではございますが、魔王以外にもこの世界にはそのような濁りが出現するのです。」
「はぁ」
突然の話に私はあやふやな反応しかできないんだけど、一緒についてきてくれたトマス君がはっとしたように息を吸い込む音が聞こえた。どうやら思い当たる節があるらしい。さすが魔王の核の兄弟。感覚か何かがつながっていたのかもしれない。
「この世界に生きとし生けるもの全ての罪、その贖いを全て貴方様に預けてしまった我らを、どうかお許しください。」
そういえば、ゲームの名前は贖いの聖女だった。今更の感想。
「私は神の託宣により、貴方様によりこれまで誰もが無しえなかった本当の救いが為されることを伝えられておりました。」
「託宣?」
また知らない話が来た。
「そして、貴方様は託宣の通り、この世界へ救いをもたらしてくださいました。世界の濁りは二つの姿を手に入れた。」
一緒に部屋に入ったけど我関せずという顔で窓際に立っているラーテムと、私に腕をつかまれたままむむ…という顔をしているヴェーグを順番に見る神殿長様の動きで、言ってる意味を考える。
「つまり、破壊の意思とか、それ以外の意思とかにこうやって形を与えたのが正解だった?」
「はい。ただの力の集合体でしかないため、存在が安定せず近づくものへ影響を与えてしまう状態であった神の欠片は、確固たる形を得たことで現在力が安定しております。濁った力は今後欠片を中心に集まることでしょう。」
「…それって、ヴェーグはずっと破壊の気持ちを集めるって事?いつかパンクしちゃわないの?」
「そうならない様、心癒せるよう、全力を注ぐのが我らの務めでございます。本来であれば濁りが生まれない様祈るのが我らの仕事なのですが…」
神殿って、そういう場所だったんだ。ゲームでもそんな話聞いたことないから知らなかったよ。
「えーっと、とりあえず、ヴェーグとラーテムが生まれたことでめでたしめでたし?」
「端的に言えばさようでございます。」
「じゃあ、私は帰れる?」
「え?」
「は?」
「ん?何?」
神殿長様が答える前に、隣と窓際から低い疑問形の声がした。
顔を向けると、おんなじ顔がおんなじ表情してた。
「なに、その顔。」
「帰るってどこに?」
「勝手に名付けてどこに行くと?」
「え、帰るよ?私、別の世界から勝手に連れてこられただけだし。」
「へぇ」
「ふーん」
おんなじ顔でおんなじ表情、いい加減やめてくれ。
「お帰りにはなれます。」
にらみ合う私たち三人に、するっと爆弾を投げる神殿長様。
「神の御力でいつでも可能でございます。」
ぱっと笑顔になった私が肩を落とすまでほんの数秒。嘘やん。神殿長様の視線の先は、ヴェーグとラーテム。
神って二人だよ。帰るの反対って感じの二人。
それって帰れないって言われてるのと一緒だよね。
「こちらへお呼びしたのも神の御力でございますので。」
「なるほど。」
私はすっくと立ちあがった。
「二人とも、話し合おう。」
生ける神にされてしまう二人に対してさすがにちょっとは心が痛むので、ちゃんと話し合って納得して帰らせてもらおう。うん。だって私、帰るために頑張ったんだし。